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*言葉遣いが悪い主人公です。すみません。乱暴な口調が苦手な方はご注意下さい<m(__)m>
*あとヒーローは脳筋です(#^^#)
その夜、テッドに導かれてジョシュア・サイクスはひっそりとアリシアの部屋にやってきた。
ミリーとテッドは一礼して部屋から退出するが、去り際にミリーは心配そうな視線をアリシアに投げかける。
(大丈夫!)
安心させるようにアリシアが頷くと、ようやく少し微笑んで扉をそっと閉じた。
ジョシュアは、身長二メートル以上ありそうな美丈夫だ。貴族の男は軟弱なイメージがあったが、服の上からでも分かる盛り上がる肩や腕の筋肉は、鍛え抜かれた鋼のような身体の証明である。
顔立ちは端整なのに目つきが異常に鋭く、常に眉間に皺を寄せているせいか、強面で不機嫌そうに見える。灰色がかったプラチナブロンドは美しいが、瞳の赤い虹彩は魔物のようで恐ろしいという令嬢がいるのも納得だ。吊り上がった目尻が緊張のせいか少し引きつって若干赤くなっている。
ジョシュアの表情は硬い。
「アリシア、大切な話とはなんだ? こんな夜中に男を呼び出すなんて淑女として恥ずかしいとは思わないのか? 俺だったから良かったようなものの、まさか同じように他の男にも文なんて出していないだろうな?」
超絶不機嫌なのは顔つきだけでなく声にも態度にも表れている。
普通の令嬢だったら恐怖で足が竦んでしまうだろう。
でも、今のアリシアは違う。
「は!? なに言ってんの? あんたのせいでアリシアは身投げしたんだよ? エッラそうに、恥ずかしいのはあんただろう!?」
アリシアの言葉を聞いてジョシュアは目を剥いた。化物でも見るような彼の鋭い眼光に怯むことなく、真っ直ぐ彼を睨んだまま言葉を続けた。
「なんでアリシアとの婚約を破棄したんだよ!? 彼女の気持ちを考えなかったのかよ!? ざけんな!!! くそがっ!!!」
「……身投げ? ……婚約解消のせいで? …………くそ?」
ジョシュアは明らかにパニックになった。
しかし次の瞬間、彼は驚くほどの速さで音もなくアリシアに近づくと、そのまま彼女を床に組み伏した。しかし、女性に対してだからなのか痛みを感じさせない絶妙な力加減だ。
(やるな。本当に強くないと加減ってできないもんだ)
感心しながらジョシュアの顔を見上げると、彼の表情に一瞬だが恐怖が走った。
「お前は……誰だ?」
*****
アリシアは信じてもらえないかもしれないと思いながらも正直にこれまでのことを打ち明けた。
ジョシュアは頭も良いのだろう。黙って聞きながらも、時折的確な質問をして話を整理してくれるのでアリシアも話しやすい。
「……なるほど」
片手で顔を拭うような仕草の後、ジョシュアは深く溜息をついた。
「お前の名前はアイ。ニホンという国で生まれ育った。池で溺れそうになって目が覚めるとアリシアとしてここにいた。そして、夕べ……満月の夜にアリシアは森の中にある古井戸に身を投げた」
「そうだ」
「この国には満月の伝説があるんだ。井戸が異世界への通路になっていて、満月の夜になるとその通路が開く。だから、井戸に入ると別な世界に行けるというおとぎ話だ。現実にあるのかどうか……王宮の魔術師にでも聞けば詳しいことが分かるかもしれないが」
「へぇ、マジか。それで……なんか繋がっちまったってことか?」
「お前……仮にも天上の女神アリシアの体に居候するなら彼女の品位を落とすような言葉遣いは改めろ!」
「大丈夫です。アリシアが身体で覚えていることは、その気になればわたくしも自由に操ることができますわ」
アリシアの身体に意識を任せるようにしながら、ニッコリと微笑むとジョシュアの目がまん丸くなり、無愛想な顔が真っ赤に染まる。
慌ててアリシアから目を逸らして「そ、そうか、それならいい……」と呟いた。
「ぷぷっ、それにしても天上の女神ってなに? あんたポエマー?」
「う、うるさい!!! お前じゃない本物のアリシアは子供の頃から天使のような愛らしさだったんだぞ! あの可愛らしさはほぼ犯罪だ。放っておいたら道を踏み外す男が後を断たないだろう。だが!」
ジョシュアはアリシアにビシッと人差し指を向けると、完熟トマトのように顔を真っ赤にして叫んだ。
「お前からは彼女のような気品も可憐さも感じられない!」
そんなジョシュアを見てアリシアは爆笑した。
「やべー、マジか……。なんだ、アリシアの杞憂だったんじゃん」
「何の話だ?」
「アリシアはお前に捨てられて絶望したんだ。嫌われたと思ったんだよ。……いや、だから何でそんなに好きな子との婚約を破棄したんだよ? 女神過ぎて自分にはもったいないとか? まさかね」
「……アリシアには他に好きな男ができたから婚約を解消して欲しいとスウィフト伯爵家から手紙がきた。それに……」
ジョシュアは肩を落として俯いた。
「その男の心当たりもある。俺にはとても敵わない素晴らしい方だ……。あの方なら彼女を幸せにしてくれるだろう。だから、身を引こうと思った。俺みたいな武骨で女性を喜ばせる言葉一つ言えない男なんて、今まで婚約者でいてもらえたことだけでも奇跡なんだ」
アリシアは口をポカンと開けてジョシュアを見つめると、自分の頭を掻きむしった。
「おい! アリシアもお前のことがずっと好きだったんだよ! お前に婚約破棄されて、人生に絶望して死のうと思うくらいに好きだったんだよ!」
「は!?」
頭の中が真っ白になったようなジョシュアをアリシアは憐れむように見る。
「ここに! 彼女の日記があるんだよ! 読んでみろ!」
「か、かのじょの日記!? そんな大切なものを勝手に読む訳にはいかない!」
「あたしが許す! 読め! いたいけな若い女性を傷つけて多少でも悪いと思ってんなら読め!」
アリシアの剣幕にビクビクしながらジョシュアは彼女の日記を読み始めた。
流し読みだが、驚くほどスピードが速い。
最後のページを読み終わって、ほぉぉぉぉーっと長い溜息を吐くとジョシュアは頭を抱えた。
「なんだコレなんだコレなんだコレなんだコレ……」
彼の瞳が潤んでくる。
「これは本物のアリシアの日記なんだろうな?」
「当り前だ!」
「そうか……彼女は俺のことを好いてくれていたんだな」
そう呟くと顔を紅潮させたジョシュアは両手の握りこぶしを震わせた。そして、そのまま拳を上に突き上げる。
勝利のポーズだ。そして、滂沱のごとく涙が頬を伝う。
(マジで?! 何の勝利?!)
色々ツッコミたいアリシアだったが、面白そうなので黙って様子を観察することにした。
ジョシュアは片手を突き上げたまま、もう片方の手で頬の涙を拭う。最高にドラマチックだ。
そして、片膝を折って何もいない空間に跪いた。
「……君に永遠の愛を誓う」
それだけではない。
すっと立ち上がると、歓喜の涙を浮かべてゴリラがドラミングをするように胸を叩き出した。
その後、真剣な顔でアリシアに尋ねる。
「雄叫びは……してもいいか?」
「いいわけあるか! バカ! 脳筋! お前、お忍びでここに来てんの忘れんな」
さすがにアリシアが叱りつけた。
「そ、そうか……そうだな。どうしよう。この喜びをどうしたらいい? アリシアは俺のことが好きなんだよ」
「あんたさ……自分に都合のいいとこばっかり読んでないで、アリシアの境遇とか、なんで婚約破棄にされたのかをちゃんと考えて……」
「分かっている」
ジョシュアの表情が途端に引き締まる。
「事情は分かった。それで俺は何をしたらいい?」