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話を聞いたスカーレットはすぐにウィローと連絡を取り、面会の約束を取り付けてくれた。
その上、あっという間に馬車の手配などもしてくれて、アリシアは彼女の手際の良さに感心した。
ギルモア侯爵令嬢スカーレットが友達を誘って領地に遊びに行くという体なので、アリシアとジョシュアは早朝からギルモア侯爵邸を訪ねた。
スカーレットの両親だけでなく彼女の兄までもが歓迎してくれて、アリシアはひたすら恐縮する。
「スカーレットは人が変わったかのように、真面目で礼節を弁えた人間になりました。ひとえにアリシアさんのおかげです。どうかこれからも仲良くしてやってくださいね」
涙ながらにギルモア夫人からも感謝され、家族だけでなく使用人も含めたその場の全員がうんうんと頷いた。
(……感謝されるべきは私じゃなくてアイさんなんだけど)
罪悪感を覚えつつ、笑顔で手を振って出発した。
ギルモア侯爵領は王都から日帰りできる距離にあり、豊かな領地だと評判が高い。
温暖な気候で自然災害も少なく、肥沃な土地では様々な作物が豊富に収穫できるそうだ。
***
王都から領地までの道路は平坦で馬車の旅も実に快適だった。
ジョシュアは護衛の騎士らに混じって馬を走らせ、馬車に乗っているのはスカーレットとアリシアの二人だけである。
馬車の中でスカーレットとお喋りをしていると、あっという間にギルモア領に到着した。
『壮麗』という言葉がピッタリの美しい城に迎え入れられ、アリシアは興味深そうにキョロキョロと辺りを見回した。
(なんて立派なお城なのかしら……。やはりギルモア侯爵家はとても裕福なのだわ)
「アリシア、ウィローおば様とすぐにお会いになるわよね? ブレイク殿下から急ぎの用件だと伺っているわ」
スカーレットの声にアリシアはハッと我に返る。
(そうだ。アーロン様の奥さまと息子さんを助けなきゃ!)
アリシアは自分の任務を思い出して拳を握りしめた。
***
アリシアとジョシュアは静かな応接室に案内された。
「じゃ! しっかり頑張ってね!」
スカーレットは笑顔で手を振ると、部屋から立ち去っていった。
その後、侍女がお茶を準備している最中に扉が開き、三十代半ばくらいの女性が入ってきた。派手さはないが、しっとりと淑やかな魅力を持つ素敵な女性だ。
「初めまして。ウィローです」
頭を下げる女性の目尻は柔らかく下がり、穏やかな笑みを浮かべている。
「は、はじめまして。アリシア・スウィフトと申します」
丁寧にお辞儀をして、ジョシュアと一緒に自己紹介と挨拶を済ませた。
お茶を淹れ終わった侍女が退室すると、ウィローはお茶を一口飲んで口を開いた。
「それで、ギャレット侯爵家についてお聞きになりたいこととは何でしょう?」
ジョシュアが簡潔にこれまでの事情を説明すると、端整なウィローの表情が曇った。
「ジョージがそんなことを……。状況は理解しました。ただ、一つ腑に落ちないことがあります」
「腑に落ちない、というと?」
ジョシュアの問いにウィローは頬に手を当てて、慎重に言葉を選んでいるようだ。
「ジョージは野心家で……とても利己的な人です。人のために何かをするような人間ではありません。お話だと妹のグレースがしでかしたことを隠すために、アーロンという騎士の家族を攫ったというように聞こえるのですが……」
「そうですね。俺たちはそのように考えています」
「ジョージとグレースは元々仲が良かった訳ではありません。ジョージはグレースをとことんバカにしていました。彼女を利用して、例えば、スウィフト伯爵家を手に入れようとするのは、とても納得ができます。いかにも彼がやりそうなことです」
アリシアとジョシュアは黙って頷いた。
「でも、グレースは失敗しました。スウィフト伯爵家を乗っ取るのは難しいでしょう。アリシア様はまだ生きていらっしゃいますし、今後はもっと用心されるでしょうから。ジョージは失敗した人間にとても冷たいのです。彼がグレースを庇うというのが腑に落ちません」
「グレース夫人が捕まったら、ギャレット侯爵家にも累が及ぶからじゃないですか? 保身というか……」
ジョシュアの言葉にウィローは首を振った。
「いいえ。そうなったら、あの人は徹底的にグレースを切り捨てるでしょう。グレースが逮捕されたとしても、自分は関係ない。あくまでグレースが単独でしでかしたことで、ギャレット侯爵家は全く関知していない、と。グレースは既に結婚して外に出た身ですから、そんな理屈も通じるのではないですか」
「なるほど……では、ギャレット侯爵の意図は何だと思いますか?」
「……これはあくまで私の個人的な見解ですが、ジョージ自身がアリシア様に死んでもらいたいのではないかと思います」
アリシアとジョシュアはぎょっとして顔を見合わせた。




