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アーロンによるとアリシア殺害を依頼したのはグレース・スウィフト伯爵夫人だという。


予想通りでまったく意外性がない。


前スウィフト伯爵の遺言により、アリシアは十八歳になった時にジョシュアと結婚して家督を相続することが定められている。


アリシアに爵位を継がせたくないグレースがアーロンに殺害を依頼したようだ。


アーロンには妻と幼い息子がいるが、息子は生まれた時から先天性の病に侵されていて、高額の薬代の支払いに困窮していた。


何度も何度も恥を忍んで給与の前借りを頼んでいたアーロンは、主家の令嬢であったグレースの頼みを断ることができなかった。さらに彼女が提示した報酬に目が眩まなかったと言ったら嘘になる。


アーロンに何度も謝罪されながら、アリシアは『憎い』とか『許せない』という気持ちが湧いてこない自分に驚いていた。


グレースは人の弱みを握って脅すのが巧みだ。愛する息子のために、してはいけないことだけど命を天秤にかけてしまったアーロンの親心は理解できなくもない。


彼女は井戸でアリシアを殺し損なったアーロンを口汚く罵ったらしい。


そして、今回のブレイクの視察にアリシアが身分を偽って同行することを何故かグレースは知っていた。


その時に事故を装ってアリシアを殺せとグレースに命令された。もしやらなかったら、前回の殺人未遂の罪を告発し侯爵家から解雇するだけでなく、妻と息子の命はないと脅されたのだ。


アーロンは当たらないで欲しいと願いながら、手から剣がすっぽ抜けた振りをして、アリシア目がけて剣を投げつけた。


「……こんなこと言える立場ではないですが……ご無事で本当に良かった……」


アーロンは人目もはばからず号泣した。


「おかしいな……」


ブレイクが首を傾げながら呟いた。


「アリシアが文官のふりをしてギャレット侯爵邸に来ることをグレースが知るはずないんだが……」

「……ひくっ、わ、わたしには分かりませんが……確かにグレース様からの命令でした」

「お継母さまが密偵に探らせたとか……?」


解せないという表情のブレイクにアリシアが思わず口を挟んだ。


「スウィフト伯爵家に密偵はいない。少なくとも僕の調べでは……密偵は金がかかる。そんな余裕はないはずなんだ……もしくは兄のギャレット侯爵が援助しているのか?」

「あの……」


アーロンが必死の形相で話し出した。


ジョシュアが怪我を負い大騒ぎになっている最中に、ギャレット侯爵がアーロンに近づいて耳打ちしたそうだ。


『もし、お前がグレースのことを一言でも漏らしたら……お前の家族の命はない。妻と子供は既に捕えているからな』


アーロンはその場で崩れ落ちそうなほどの衝撃を受けた。


『いいか、あくまでも事故だったで押し通せ。後は私が上手くやる』


しかし、ギャレット侯爵の意に反して思いがけなく王宮で取り調べを受けることになり、どうしていいか分からなくなった。


とにかくグレースのことを喋ったら家族の命がない、ということだけで頭が一杯だった。


「どうか! どうか! 妻と子供を助けて下さい! お願いします! 俺はどうなってもいいです。死刑でも、一生牢獄に入っても構いません。ただ、あの二人が危険に晒されないように……どうか、どうか守ってやって下さい!」


テーブルに額を擦り付けてアーロンはブレイクとアリシアに懇願した。


*****


「どう思う?」


ブレイクに聞かれてアリシアは、うーんと考え込んだ。


「ギャレット侯爵はお継母さまを庇っているのでしょうか? それほど仲が良い兄妹という印象はなかったのですが……」

「グレースがスウィフト伯爵家を手に入れれば、ギャレット侯爵にも利はあるだろう。もしくは、グレースのせいで自分たちに累が及ぶのを避けたいのかもしれない」

「人質はギャレット侯爵邸に囚われているということでしょうか?」


躊躇いがちにブレイクは答えた。


「そうだな。アーロンの証言によるとその可能性が高い……か?」


「人質を救出できるでしょうか?」


「ギャレット侯爵邸のことは外部の人間にはほとんど分からない。昨日の合同演習の時も、僕達は邸内には通されなかっただろう? 庭を通って直接演習場に案内された。邸内を探られないように中に入れる人間はごく限られているらしい」


難しい顔でブレイクが言った。


「何か探られたら困るものでもあるんでしょうか?」

「分からない。これから王家の諜報と会ってくるよ。彼らに探ってもらおう。アリシアは?」

「あの、私は今日、法務の講義の予定があって……」

「そうか。頑張ってるんだな」


ブレイクが柔らかく微笑んだ。黒曜石の瞳が優しい弧を描く。


「ジョシュアとはうまくいったのかい?」


ブレイクに尋ねられて、アリシアの顔は真っ赤に染まった。


それがもう答えのようなものだ。


「はい……ジョシュア様に想いが通じました」

「そうか……。良かったな。僕は君の幸せを願っているから」


少し寂しそうに笑うとブレイクは手を振りながら去っていった。

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