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(……夢みたい)
その日、湯浴みをした後、就寝の支度をしながらアリシアはジョシュアの顔を思い浮かべていた。
ずっと片思いだと思っていた婚約者が、実は一途に自分を想ってくれていたと知り、幸せすぎて現実とは思えない。
ミリーに報告すると、彼女も目に涙を浮かべて喜んでくれた。
***
ジョシュアは王宮の侍医の診察を受けたが怪我は綺麗に治癒しており、安静にして水分と滋養のある食べ物を摂るように指示されたくらいで解放された。
アリシアの部屋の前まで送ってくれたジョシュアは、名残惜しそうに彼女の髪を一房掴むとそこにゆっくりと唇を落とす。
そんな彼の仕草に心臓が破裂するんじゃないかと思うくらいドキドキした。
紅い虹彩が自分を熱く見つめるのを感じてついアリシアは俯いてしまうが、彼女の顎を指で持ち上げると、ジョシュアは甘く微笑んだ。
「おやすみ。また明日」
今夜はジョシュアも王宮に泊まる予定だ。また明日会えると思うだけで嬉しくて堪らない。
「おやすみなさい。お大事にね」
彼は何度も振り返りながら去っていった。
***
(……そういえば、アーロン・スミスという騎士はどうなったのかしら?)
すっかり忘れていたが、ブレイクが直々に事情聴取をすると言っていた。
(私も一緒に話を聞きたい。明日ブレイク殿下に頼んでみよう)
恋愛のことばかり考えてふわふわしていてはいけない。自分を戒めつつアリシアは眠りについた。
翌朝、早起きしたアリシアが身支度を整えていると、扉の向こうから言い争う声が聞こえる。
ジョシュアの声が聞こえた気がして、思わず自分で扉を開けてしまった。
案の定、そこにはジョシュアが立っている。
警備の騎士と言い争っていたようだ。
「なにがあったの?」
アリシアが尋ねると騎士がビシッと敬礼をしながら説明した。
「いや、淑女の部屋に事前の連絡もなく、こんな朝早くにやってきた者がいたので、止めていたのです!」
「俺は彼女の婚約者だ!」
「……と言われても明らかに不審者です」
ムッと頬を膨らませたジョシュアにアリシアはぷっと噴き出した。
「いつも私を守るために警備してくださってありがとうございます。でも、この方は本当に私の婚約者ですので、いつでも通してくださって構いませんよ」
「え!? そうなんですか? 可憐な花びらのようなアリシア様の婚約者が、こんなむくつけき……いえ、何でもありません」
ジョシュアに鬼の形相で睨まれて、騎士が黙り込んだ。
「ジョシュア・サイクス様は近衛騎士団の副団長でもいらっしゃるのよ」
アリシアが言葉を添えると騎士は慌てて頭を下げた。
「え!? あの有名な!? ……大変失礼いたしました。入団して日が浅く、ご尊顔を把握しておりませんでした。大変申し訳ありませんっ!」
ジョシュアは鷹揚に「気にするな」と言いながらも、ずっと熱い眼差しをアリシアを向けている。
「ジョシュア様、お入りになって」
頬が熱くなってアリシアが中に案内すると、彼は遠慮がちに部屋に入ってきた。
ミリーも嬉しそうにジョシュアを迎える。
「まぁ、ジョシュア様。ご無沙汰致しております。今お茶を淹れますので、どうかお掛けになってお待ちください」
「いや、こんな朝早くに面倒を掛けるつもりはない。俺はただ、アリシアにこれを渡したくて……」
大切そうに差し出したのは一輪の紅い薔薇だ。ちょうど蕾が膨らみ始めた状態で、棘は丁寧に取り除かれている。
「綺麗に咲くかもしれないと思って……。良かったら受け取って欲しい」
「え! 私のために?」
「ああ、赤いバラを見て、俺のことを思い出して欲しい。その……俺の目の色に似てるから。ああ、くそっ。恥ずかしいな」
アリシアは片手で花を受け取り、もう片方の手で口元を押さえた。
武骨な彼が花をくれるのは初めてだ。この不器用な人がゴツゴツした大きな手で棘を一つ一つ取り除いているのを想像すると、どうしても顔がにやけてしまう。
部屋の隅にいるミリーも『あらまぁ!』という表情だ。
「……それは口実で、本当はただ……愛しい君の顔が見たかったんだ。昨日のことが夢だったら、俺はこの世界を破壊してしまうかもしれない。俺はこれから騎士団に報告に行かないといけないので、これで失礼する。朝から可愛らしい君の顔が見られて、嬉しかった。愛してるっ!」
赤い顔で早口で捲し立てると、ジョシュアは一礼して疾風のように部屋から出て行った。
「あれは…………本当にジョシュア様ですか?」
ミリーが呆然と呟いた。




