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「お嬢様! アリシアお嬢さま! どうかしっかりして下さい!」


遠くから微かに声が聞こえる。


(……ありしあ? 誰だ? あたしは小山愛だよ)


「アリシアお嬢さま! アリシアお嬢さま! 目を開けて下さい!」


その声が次第に近くなり、頭がガンガン痛いという事実にようやく気がついた。


薄く目を開けると中年の女性が縋りついて泣いている。


(わんわん泣いている、おばさん? 誰? なんだこれ……? 時代遅れっつーか、古い外国映画で出てくるみたいな服着てる。ここどこ……?)


「うっうっ、人影が森に入っていくのが見えて……。ぐすっ、お嬢さまの様子がおかしかったから念のためお嬢さまのお部屋に行ったら、そこにいらっしゃらないし……。テッドと一緒に探しに行って良かった。まさか身投げされるほど辛い思いをされていたなんて……」


(身投げ? 何言ってんの? あたしは池に落ちただけで……。お嬢様? テッド? あたし、外国に来たの? いや、でも言葉は分かる。夢だ。きっと夢だ。頭がガンガン痛むけど、きっとこれは痛みを感じる夢なんだ)


薄目を開けて周囲を見回すと外国映画のセットのような洋館のベッドの上に寝かされていた。


清潔ではあるが質素でガランとした部屋だ。


(お嬢様って言われてる割にボロい部屋だな。ま、夢なんてそんなもんか)


彼女が目を開けているのに気づいたのだろう。


「お嬢様! お嬢さま! 良かった! 目を覚まされたのですね!」


強く手を握られて、その感触のリアルさにアイは恐怖を感じた。



そう。彼女はアイである。



真夜中に月詠池で喧嘩をしている最中に池に落ちた、ところまでは覚えている。


意識を取り戻したら外国にいた、それも結構古い時代の外国だ。


(生まれ変わり? 輪廻転生?)


アイの頭の中をそんな言葉がグルグルと巡った。


痛む頭を押さえて質問してみる。


「えっと……ここはどこ?」


『私は誰?』も言いたかったが、妙に芝居じみている気がして止めた。


幸い言葉は普通に通じるようだ。


頭がズキッと痛み「くそっ、頭いてー」と手で押さえると中年女性の目が丸くなった。


「お嬢様のお部屋でございます。大丈夫ですか? その……お言葉遣いも……」


不安そうな表情を見て、アイは覚悟を決めた。


「あたしは記憶喪失になったみたい……でございます。だから、自分が誰か分からないの……ざーます。えっと、ここはどこであたしは誰なの……ざーます?」


お嬢様らしい言葉遣いを心がけるが全然成功している気がしない。


「え、と、え!? お嬢様が!? 記憶喪失!? なんてこと! な、なんて不憫な!? お、おおおおお」


新しい涙が女性の瞳に盛り上がり号泣が続く。


おかげでちゃんと会話ができるようになるまでには相当の時間がかかった。


ようやく聞き出した情報によると、彼女の名前はミリーと言って侍女頭らしい。


『先代からお仕えしている』ことを非常に誇りに思っていることは理解した。


そして、あたしの名前はアリシア・スウィフト伯爵令嬢。


だが、両親に死に別れ、意地悪な継母と継姉に虐げられているそうだ。


(まるでシンデレラじゃん!?)


夜中に誰かが森に入って行くのが見えて、アリシアの部屋を確認したら誰もいなかった。


寝る前の彼女の様子は明らかにおかしかったし、部屋に遺書のような手紙が置いてあったので、アリシアが死ぬつもりなのだと思った。


慌ててミリーの息子テッドと一緒に森に探しに行ったところ、彼女が古い井戸の中で溺れそうになっているのを見つけたそうだ。


慌ててテッドと一緒にアリシアを助けてコッソリと部屋に連れ帰ったのだという。


「まさかお嬢さまがそこまで思い詰めていらっしゃるとは気がつきませんでした。きっと奥様とイザベラお嬢様の仕打ちに耐えかねて……」


ミリーは酷く憤った様子で拳を強く握りしめた。


(なるほど、いじめられて辛くなって井戸に飛び込んだのかな? せっかく、こんな絶世の美少女なのにもったいない。なんであたしがシンデレラの身体の中に入っているのかは分からないけど……)


アイは先ほど鏡を見て、自分のあまりの美しさに目が点になったのだ。


本当に鏡なのかどうか何度も確認したくらいだ。


ミリーはアリシアの様子がおかしいのは記憶を失くしたせいだと再び目に涙を一杯溜めながら彼女を見つめている。


アイが疲れたから休ませてくれるように頼むとミリーは渋々と部屋から出て行った。


それでも「もし、体調が悪くなったりしたらすぐに知らせてくださいね」と何度も心配そうに振り返りながら去っていく。


(いい人だな~。アリシア、こんなにいい人に愛されていたのに、なんでまた身投げなんて……)


色んな疑問が次から次へと湧いてくるが、取りあえずはここで生きていくしかないようだ。


アリシアは律儀な性格らしく遺書をベッドサイドテーブルに置いて身投げしに行ったらしい。


でも、遺書には『生きていくのに絶望して独りで逝く私をお許し下さい。今までありがとうございました』のような当たり障りのない文言しか書かれていない。


彼女が何故死のうとしたのかという理由は全く分からない。


(何かないかな? 日記とか……?)


色々と探し回ったところ、羽目板の一つが緩くなっていることに気づいた。


その羽目板をずらしてみると中に小さな日記帳がある。



開いてみると当然日本語ではないが、ちゃんと読むことができた。


どうやらアリシアができていたことは自分にもできるらしいとアイは悟った。言葉とか読み書きとか。



(まさに体で覚えていることはできるってことね。だったら記憶も残しておいてくれればいいのに)


溜息をつきながら日記を読み進めて、アイの顔色が変わった。


(なんだコレ!?)


バタンと日記帳を閉じるとアイは立ち上がって窓の外の森を見つめた。

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