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「ジョシュア様。何故そんな不実な娘を庇うのですか? お聞きになったでしょう? アリシアはブレイク殿下も誘惑しているのです。まったくいかがわしい! 多情な浮気女ですよ! どうせ未来の公爵夫人の座でも狙っているんでしょうけどね!」
悔しそうに顔を歪めるイザベラの言葉にジョシュアの顔が怒りに紅潮した。
「……アリシアの名前に傷がつくようなデマは止めてもらおう」
ジョシュアは内心の怒りを表に出さないように、できるだけ声を抑えて告げる。
「ジョシュアさま! だってその子は!」
なおも言い募るイザベラをジョシュアは睨みつけた。
「俺は彼女の潔白を知っている。それ以上何が必要だ!?」
凄むジョシュアの剣幕にイザベラとグレースは一歩退いた。
口を挟む余地がなく困惑していたアリシアの手を引いて、ジョシュアは大広間の外に出た。
***
はぁっと深く溜息を吐くとジョシュアは頭を下げた。
「悪かった。ついカッとなった」
「いいよ。でも、ジョシュアは心からアリシアのことを信じているんだね。なんか、羨ましいな。あたしは元の世界でそんな風に信じてくれる人は誰もいなかったから」
「そうか? お前が気づいてないだけじゃないか? だって、アリシアだって、この世界には誰も頼れる人がいないって……そう日記に書いてあったぜ」
それを聞いてアリシアは考え込んだ。確かにここには彼女の味方が沢山いたのに、アリシアは気づかなかったようだ。助けを求めた形跡もない。
(あたしも味方がいるのに気づかなかっただけなんだろうか? ……あたしにも助けてって言ったら、助けてくれる人がいたんだろうか?)
アリシアが考え込んでいると誰かが息せききって駆けてきた。
「ジョシュア。悪い。騎士団長が緊急にお前に来てほしいそうなんだ」
「え? いや、今はちょっと無理だ。忙しい」
ぶっきらぼうに言うジョシュアにアリシアは貴族らしい笑顔を向けた。
「ジョシュアさま。私はここで待っておりますから、大丈夫ですよ」
彼を安心させるように目配せもする。
それでもジョシュアは躊躇っていたが同僚は焦っているらしい。
「ジョシュア、すぐに終わる。警備でトラブルがあったらしいんだ。頼む!」
「分かった。いいか。どこにも行くなよ」
彼はアリシアに念を押して、何度も振り返りながら走り去った。
*****
一人になったアリシアが所在なげに立っていると、背後から聞き覚えのある声がした。
「あら? お独りなの? お可哀想に……」
権高な声と嫌味な口調に聞き覚えがある。
振り返るとド派手なスカーレット・ギルモア侯爵令嬢がふんぞり返って立っていた。
スカーレットという名に恥じない真紅のドレスを身にまとい、ふふんという意地悪そうな笑みを浮かべている。
(えーっと……この子も懲りないわねぇ。折角綺麗な顔立ちなのにもったいない)
ある意味感心しながらスカーレット嬢を見つめると、彼女は苛立たしそうに持っていた扇を閉じた。
「あなたね、この間ちょっとブレイク殿下に声を掛けられたからって調子に乗らないで!」
「えっと、私のどの辺が調子に乗ってると思われますか? 私はただ、普通に招待されて舞踏会に出席しているだけですよね。何も調子に乗っていないですが……」
「それよ!!! そうやってわたくしに口答えするところが調子に乗っているというのよ!!!」
「へぇ、貴女はそんなにエラいんですね。どんな実績があって口答えを許さないほどの存在になったんですか?」
「…………っ」
絶句するスカーレット嬢にアリシアは追い打ちをかけるように畳みかけた。
「まさか何の実績もなくて、意味もなく威張ってる訳じゃないですよね? 私は存在自体が高貴だからエライのよ、なんて、そんな頭の悪そうなことを仰らないですよね? 何か根拠があるから、そんなにエラそうにされているんですよね?」
「な、な、な、なんて……」
言葉を失うスカーレットにアリシアはしんみりと語りかけた。
「……それにね。実績がある人間は絶対に苦労しているの。苦労を経験した人間は他人を見下したりしない。『実るほど頭を垂れる稲穂かな』って言葉を知ってる? 稲が実をつけると、その重みで実が下がってくるでしょ。立派に成長した人間ほど頭を低くして、謙虚になっていくのよ。あなたは全く正反対ね。頭が軽くて上がりっぱなし。調子に乗っているのはどちらかしら?」
「……くっ」
スカーレットは顔を真っ赤にして悔しそうに唇を噛んだ。目が充血してちょっと潤んでいる。
(言い過ぎたかな?)
若干不安になるが、出した言葉を撤回するつもりはないし謝る気もさらさらない。
「それはっ! ……その通りかもしれませんわっ! でも、次は負けないんだからっ! 覚えてなさいよっ!」
そう叫んだ後、スカーレットは踵を返すとそのままズンズンと歩いて立ち去った。
「ふぅ、嵐が過ぎたみたい……」
アリシアが大きく息を吐いて独り言ちると今度は別な方向から声がした。
「アリシア嬢、ちょっとよろしいですか?」




