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*異世界に戻ります(*^-^*)

近頃、意地悪な継母と継姉がジョシュアと話がしたいとしきりに連絡を寄こすので、アリシアとジョシュアはスウィフト伯爵邸にやってきた。


その屋敷は既に寂れた雰囲気を醸し出している。


「ようこそお越しくださいました。ジョシュア様」


グレース・スウィフト伯爵夫人とイザベラはジョシュアには愛想良く笑顔を振りまくが、隣にいるアリシアの方は相変わらず見ようともしない。


痛くも痒くもない、とアリシアは内心鼻で笑った。


ジョシュアとアリシアを出迎えたのはグレースとイザベラの他に数名の侍女と執事だが、並んで立っている彼らの姿を見ると、全員なんというか……とてもだらしない。


サイクス侯爵家の使用人のようなプロフェッショナルな雰囲気はまるで感じられない。


(そっか、みんな姿勢が悪いんだ。空手の道場で最初に注意されるのは姿勢だった。姿勢が悪いだけでその場の空気が緩んでだらしなく見えるから)


アリシアと一緒に古参の使用人が出て行った後、グレースは慌てて伯爵家としての体裁を整えるために新しい使用人を雇い入れたというが、その質は良くないようだ。屋敷もどこか薄汚れて埃があちこちに積もっている。


ピカピカな御屋敷というのは使用人のまめな努力のおかげなんだな、とアリシアは改めて実感した。


応接間に通された二人に侍女がティーワゴンでお茶を運んでくるが、動きに落ち着きがないため盛られている焼き菓子がグラグラと皿からこぼれ落ちそうになっている。


お茶もぬるくて風味に欠けるし、添えられている菓子も湿気ていてパサパサだ。はっきり言ってまずい。


屋敷自体がショボくなった雰囲気で、内心アリシアはザマーミロと思っていた。


(長い間仕えてくれる使用人を大切にしないからだ!)


しかし、グレースとイザベラはそんなことを気にする様子はない。ひたすら愛想笑いを浮かべながら、媚びた口調でジョシュアを褒めそやす。


「本当にジョシュア様はいつ拝見しても凛々しくて素敵ですわ~」

「近衛騎士団の中で最もお強いと伺っています~」

「貴族の令嬢方の憧れの的で~」


歯の浮くようなお世辞にジョシュアは無表情で「はぁ」としか受け答えしない。


彼女たちの話は次第にサイクス侯爵家のスウィフト伯爵家への財政支援の話になる。


アリシアがこの屋敷を離れて以来、財政支援はストップしているため彼女たちは余程困っているらしい。


しばらく一方的なおねだりリクエストを聞いた後、ジョシュアが口火を切った。


「サイクス侯爵家の支援はアリシアがこの屋敷に住んでいるからこそ行っていたものです。彼女がこの屋敷で酷い扱いを受けていたことが判明しているのに、何故それを続けるのが当然だと考えているんでしょうか?」


ジョシュアの言葉は明確で、グレースたちはグッと口ごもった。


「で、でも……アリシアはれっきとしたスウィフト伯爵家の娘なのですから……。私たちもきちんと彼女の世話をしておりました」


「ははっ、あなたたちの厚顔無恥ぶりには呆れますね。アリシアが母親から遺された大切な遺品である宝石やドレスも奪い取っておいて、よくそんなことが言える!」


「それはっ! 奪い取るだなんて人聞きの悪い。アリシアが何を吹き込んだか知りませんが、私たちはその娘から何かを奪い取ったことなどありませんよ」


「まぁ、お義母さま。そうなんですね! では、母の形見は全て返却していただけますね! あ~、良かった! まるで強盗のように問答無用で取り上げられたので、とても不安だったんです。まさか、良家の子女とも言うべきお二人がそんな下品な行為をするとは思っていませんでしたから。ほほほっ。リストを作って参りましたので、それらを今日、今すぐ! 返してください。返してくださらない限りここから動きません!」


明るいトーンのアリシアの声を聞いて、グレースとイザベラの顔が青くなった。


「え、今日、今すぐ……?」


「はい! 今すぐです! 大丈夫ですよね?! まさか人の大切な形見を売り払ったりするはずないですものね? だって、自分たちの所有物ではないものを勝手に売り払ったら、それはもう『窃盗』ですものね!」


無邪気を装い、グイグイ口撃の手を休めないアリシア。


「そりゃそうだ。スウィフト伯爵夫人ともあろうお方が窃盗罪なんてありませんよねぇ。ま・さ・か、人の物を、よりにもよって継子の所有物を無理矢理奪い取るなんて低劣な行為をしていたなんてことが公になったら国王陛下もさぞかしお怒りになるでしょう」


ジョシュアも援護射撃はバッチリだ。


グレースとイザベラの顔色はどんどん悪くなっていく。


「あ、あの、もちろん、全て返却いたしますが、ちょっと……一週間ほど待っていただけますか? 領地で管理人をしている家令のマシューから急ぎの手紙が来ていて、今はちょうど忙しい時期なんですの」


その話が本当かどうかは分からないが、土気色になったグレースのたどたどしい言葉にジョシュアは鷹揚に頷いた。


「いいでしょう。アリシアがお貸ししていたもののリストを置いていきますので、これら全てを一週間後に返却して下さるということで、よろしくお願いいたします」


アリシアとジョシュアはニッコリ微笑みながら、日記を基に書きだした形見のリストを置いて屋敷を退去した。しかし、見送る使用人は誰もいない。


この屋敷では貴族の正しい礼儀作法を弁える使用人はもういないのかもしれない。


*****


一週間後、やつれた顔のグレースとイザベラが大量のドレスやアクセサリーを携えてサイクス侯爵邸にやってきた。


ジョシュアの母親である侯爵夫人はグレースたちを快く思ってはいないが、それを表に出すほど子供ではない。


にこやかに挨拶をして退出したが『私の可愛いアリシアに無礼を働いたら許さないわよ』という牽制のために睨みつけるとグレースたちは小さくなった。


そのおかげかグレースたちはアリシアに対していつものような権高な態度を取ることもなく、大人しく形見を返却した。


宝石箱やネックレスの金具が壊れているとか、ドレスが薄汚れてほつれているなどの小さな問題はあるものの、形見が戻ってきたことでアリシアは安堵した。


ジョシュアもまぁいいだろう、という表情だが、グレースとイザベラは期待に顔を輝かせた。


「これでサイクス侯爵家からの財政支援は再開して頂けるんですよね?」


ずいっと身を乗り出してさっそくのおねだり開始にジョシュアは呆れたように溜息をついた。


「そんな約束をした覚えはない。貸したものを返してもらっただけだ。貴女のご実家はギャレット侯爵家だ。財政的に困っているならご実家に助けを求めたらいかがかな?」


ジョシュアが助言すると、グレースは不貞腐れたように目を逸らした。


娘に甘かった前ギャレット侯爵夫妻が引退し、グレースの兄ジョージが侯爵位を継いでから他家へ嫁いだ娘への態度が厳しくなったという噂は本当らしい。


「先日も言った通り、サイクス家からの支援はアリシアがあの屋敷に住んでいればこそだ。アリシアが家に帰りたいと言わない以上、支援を再開するわけにはいかない」


きっぱりとしたジョシュアの言葉に、二人はギリギリと歯ぎしりが聞こえるような憎悪丸出しの形相を見せる。アリシアはちょっとだけビビった。


彼女らから庇うようにジョシュアが前に立つ。


「あなたたちのそういう態度のせいでアリシアは家に帰りたくないんですよ」


彼が諫めると、さすがに二人とも押し黙った。


彼女たちが帰った後、ジョシュアはアリシアの頭をポンポンと撫でる。


「アリシアの大切な形見が戻ってきて良かった。ありがとう」


微笑む彼の顔が何故か眩しく見えて胸が疼いた。

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