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涼の部屋の本棚とにらめっこしながら、アイは考え込んでいた。


「スゲー真剣な顔。まだ次に読む本、決まらないの?」


おかしそうにクスクス笑いながら涼が麦茶を小さなテーブルに置く。


「うーん、だって、時間が限られているから慎重に決めないと」


アイは本の背表紙を見つめたまま答える。


その間に涼が立ち上がっていたことに気がつかなかった。


「この本は面白かったよ」


涼の声が思いがけなく至近距離から聞こえて、アイは慌てて振り返った。


アイのすぐ後ろで本に手を伸ばしていた涼とアイの顔が近づく。


「「あ……」」


お互いに赤面して下を向いた。


アイが気まずさを振り払うように涼が指を掛けていた本を取り出した。


「あ、この本ね。じゃあ、この本読んでみる。ありがとう!」


そして、慌ててペタンと腰を下ろすとテーブルに置かれていた麦茶を一気に飲み干した。


「あ、あの、ご馳走様! ありがとう!」


立ち上がろうとするアイの手首を、涼が咄嗟に握る。引っ張られた勢いでアイは再び腰を下ろした。


「アイ……さっき言ってた、時間が限られてるってどういうこと?」


涼の顔は若干緊張しているように見える。


「私はなんとか本物のアイさんが戻ってこられるようにしたいと思っています」


アイの言葉に涼は虚をつかれた。


本物のアイに戻ってきて欲しいという気持ちはある。だけど、アリシアが消えてしまうことを想像して胸がズキンと痛んだ。


「……多分ですが、アイさんが落ちたという池が重要なんだと思うんです。今度の満月の晩にまたそこに行ってみようと思っています」

「おい!? 一人でか? 危ないぞ!」

「十分に気をつけます」

「……俺も一緒に行くから」


無愛想に言う涼の口調に、またジョシュアの姿が重なった。


「ありがとうございます。涼はとても優しいですね」

「全然。別に俺は優しくないよ」


「いいえ」とアイは首を振る。


「涼が言ってくれたことが私の胸を軽くしてくれました。嫌なことは嫌だと言っていいって、今まで誰も言ってくれなかった。目から鱗が落ちました。とても嬉しかったです」


「そんな、たいしたことじゃない」


「私は……継母と継姉をどうしても好きになれなくて。そんな自分は心が狭いと、自分を責めていました。辛いことがあっても我慢しなくちゃいけないってずっと言い聞かせていたんです」


涼はポンポンとアイの頭を撫でた。


「前も言ったけど、理不尽を我慢して飲み込む必要はないんだ。戦ってもいい。逃げてもいい。助けを求めてもいい。全部悪いことじゃないんだ」

「うん。ありがとう」


アイは素直に頭を下げる。正直、正座という床に直接座るスタイルには不慣れなはずだったが、アイの体がそれに慣れているのだろう。いやに自然な所作ができた。


「……お前の礼はいつも最高に綺麗だ。それは変わってないんだな」


涼は寂しそうな笑みを浮かべた。


***


「アイ、学校はどう?」


夕食の支度をしながらマナミが声を掛けた。アイは赤ん坊のマイを抱っこしながら遊んでいる。


「はい。涼はとても優しくて、いつも助けてくれます」

「良かったわ。アイと涼くんは幼馴染でずっと仲が良かったのに、いつの間にか距離ができてしまったみたいで心配していたの」

「涼は先生と面談をする時も一緒に来てくれて……」

「先生と面談? どうして?」


アイがその日にあった出来事を話すとマナミの顔が翳った。


「ごめんね。変なことに巻き込んで。アイの問題であなたには関係ないはずなのに……。これからどうなるのか不安でしょう? 何とかあなたが元の世界に帰る方法を考えないとね。アイにも戻ってきてもらわないと……」


「マナミさんは優しいですね。私のような得体の知れない者が大切な娘さんの体を乗っ取ったと責められても仕方がないのに、私の行く末も心配してくださっている。それに、アイさんを愛しているのが伝わってきます。マナミさんは素敵なお母さんです」


それを聞いた途端、マナミの瞳が潤みボロボロと涙がこぼれた。


「ご、ごめんね。アイにはずっと嫌われていたから、アイの姿で言われると、なんか感動しちゃうというか……感極まっちゃうというか……」


「アイさんもマナミさんを好きだと思います。涼から聞いたんですが、空手を頑張っていたのはお母さんを守るためだって……。だから、再婚された時に自分はもう必要ないって勘違いしちゃったのかもしれないですね」


マナミの涙が更に溢れ、嗚咽しだした。


「……再婚する時に…これからはマコトさんがいるから…もうアイは頑張る必要ないからねって。これからはマコトさんに頼るから大丈夫よって……酷いこと…言っちゃったのかもしれない……アイに会いたい。無事に帰ってきて欲しいっ」


泣き続けるマナミの背中をアイは静かに擦り続けた。マイは気がついたらスヤスヤと眠っている。


時折、しゃくり上げるような声はするものの、不思議と穏やかな時間が流れていく。


泣き止んだ時、マナミは恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「ありがとう。あなたが来てくれて良かった。いつかアイが戻ってきたら……伝えたいことが山ほどあることに気がついたわ」


二人は優しく互いを見つめて微笑み合った。

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