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アイが登校すると、教師とクラスメートは妙に緊張して腫れ物を扱うように彼女に接してきた。怪我のせいで記憶障害があると周知されていたので当然のことかもしれない。


ただ、涼以外の全員が驚愕したのは、アイがこれまでとは人が変わったような優等生になっていたことだった。


毎日、遅刻も早退もせずに登校する。宿題だけでなく予習・復習も完璧にしているようで、テストをしても満点に近い成績だった。


勉強のサポートを引き受けてくれた涼もアイの優秀さに目を丸くした。


「君には映像記憶があるんじゃないかな? 一度見たものは全部覚えているだろ?」


涼は感心したように言う。


「映像記憶?」

「ああ、フォトジェニックメモリーとも言うんだが、見たものを写真を撮るようにそのまま記憶することができるんだ」

「私が? そうなんですか?」


アイの不得要領な表情に涼はぷっと噴き出した。


「自分で気づかなかったのか?」

「ええ、まったく……」

「羨ましいよ。俺もそんな記憶力があったら苦労せずにすんだのに!」


苦笑いしながらも要領よく勉強を教えてくれる。


学業だけではない。日直、当番や委員会などの活動にもアイは積極的に手を挙げ、周囲の人から学びながら立派に役割を成し遂げた。


そんなアイに涼はさりげなく手助けや助言をしてくれる。


普段は女子に素っ気ない涼がアイには優しい態度を取るので男子は涼を冷やかし、涼に憧れる女生徒はアイに嫉妬の目を向けた。


アイが日常生活を送るうちに気がついたことだが、涼はとても人気がある。涼の動きを常に視線で追っている女子も多い。


これだけ端整な顔立ちだからモテるのは当たり前だが、本人は女に興味ないと冷たい態度を貫きつつ、困った人には優しい。


そんなギャップにみんなやられてしまうのだ。単に憧れている女生徒が多いのではなく、ガチ恋勢が多いためアイは少々居心地の悪い思いを味わっている。


幸い、嫌がらせやいじめは発生していない。


アイは誰に対しても礼儀正しく控えめな態度を崩さないし、大怪我をして記憶障害まである生徒に嫌がらせをするほど悪質な人間はいないようだ。


涼は慣れない世界で頑張るアイをフォローするという約束を守り、気がつくと同じ委員会で活動したり、当番を手伝ってくれたりする。


事情を知っていて学校生活にも詳しい涼が近くにいてくれることはとても心強い。


*****


そんなある日、アイは知らない先輩から呼び出された。


アイを襲わせた犯人は同じ高校の上級生だった。その犯人の友達だという。


犯人の女が減刑されるように『怪我は大したことなかった』『恨んでいない』と言ってくれ、とヘラヘラ頼んでくる様子は、正直とても不快なものだった。


「あんたが許すって言ってくれたら、彼女が助かるのよ。ね、いいでしょ? だって、今は元気になったんだし~。傷害罪なんて大袈裟じゃない~?」


自分の体にまだ残っている傷痣を思い出して、アイは悔しくて奥歯を噛みしめた。


(事件の時の記憶はない。でも、アイさんがどれだけ痛くて苦しい思いをしたかは分かる!)


それに涼が言ってくれた言葉を思い出す。


(嫌なことは嫌だと言っていいんだ)


アイは勇気を持って叫んだ。


「お断りします! 私は犯人を絶対に許しません。下手したら死んでいたかもしれないんですよ! 深刻な犯罪です! 私は反省をしない犯罪者は許せません!」


相手は断られるとは思っていなかったのだろう、驚いた表情で掴みかかってきた。


「この! 下級生のくせに生意気なんだよ! 大人しく言うことをきけ!」


アイは勢いよく飛びかかってきた上級生の足を器用に引っかけて地面に転ばせると脱兎のごとく逃げ出した。


***


(ここまで来ればもう大丈夫だろう……)


ゼエゼエ息を切らしながら休んでいると、馴染みのある声が聞こえてきた。


「アイ、どうした!?」

「あ、涼。今ね、上級生から呼び出されて……」


説明すると、涼の顔が怒りで赤くなった。


「なんだそいつ!? アイは被害者だぞ!? なんで被害者が加害者を庇わないといけないんだ!?」


涼は怒り心頭だったが、アイの怯えた表情を見て固く握った拳を緩めた。そして労わるように彼女の頭をポンポンと撫でる。


「ごめん、怖かっただろう。君は大丈夫? 怪我はないか?」

「うん。ちょっと怖かったけど。でも、言いたいことははっきり言った。断ったよ。ちゃんと言えたの、涼のおかげだから……ありがとう」

「そっか、それは良かった。偉かったな」


涼が優しく笑いかけた。


「アイ。でも、学校には報告した方がいい」

「え!? そうなの? そういうもの? 担任の先生に言ったらいい?」

「うーん。正直、教師全員が信用できるわけじゃないからな。誰に報告するか選ばないとウヤムヤにされるかもしれないし……」


涼はしばらく考え込んでいたが、大きく息を吐いて顔を上げた。


「うん。やっぱり学年主任の小林がいいと思う」


その時、まさにその学年主任の小林教諭が通りかかった。


涼が「小林先生!」と声を掛けると小林教諭が振り返る。少し近寄りがたい威厳のある先生だ。


アイがおずおずと口を開いた。


「あの、実はご報告がありまして、ご都合の良い時にお時間を取って頂けますか?」

「ああ、小山か。ちょうど良かった。俺も小山と個人面談しようと思ってたんだ。せっかくだから今から聞こう。進路指導室に来い。高橋も来るか?」


不安を感じたアイは近くにいた涼の顔を見つめてしまった。


「はい。小山さんは記憶障害があるし、彼女の両親から面倒をみるよう言われているので、俺も同席します」


涼がそう言ってくれたのでアイは安堵で頬を緩める。


今までは一人で何でもしなくてはいけないと思い込んでいたが、周囲の人たちと協力しながら学校生活を送るうちに、人を頼ることに対する罪悪感が減ってきていた。


「ああ、分かった。じゃあ、十分後に二人で進路指導室に来い」


小林教諭はそう言って去っていった。


***


進路指導室に行くと、小林教諭はアイの怪我や記憶障害の具合や、学校生活で困ったことがないか、などを一つ一つ丁寧に確認していった。


「そうか。学校生活も順調そうで良かったな。成績も爆上がりだと聞いてる。家族とは仲直りしたのか?」


そんなことまで把握しているのか、とアイは驚いた。


「はい。家に戻りました」


厳しい顔つきをしていた小林教諭の顔がほころんだ。


「そうか。良かったな」


言葉は短いが、彼の思いやりを感じてアイの胸は温かくなった。


(アイさんを気にかけてくれる人は沢山いる)


「えーと、それで? 話ってなんだ?」


質問されて、一瞬迷ったが隣にいる涼を見ると励ますように頷いている。


アイは思い切って、上級生との出来事を報告した。


小林教諭の顔色が変わった。凍てつくような怒りがオーラとなって出現する。


「誰に言われた?」


名前は分からないが容姿などを説明すると教師には心当たりがあるようだ。


「小山。すまなかった。そんなことになっていたなんて。被害者を脅すなんてとんでもない。言語道断だ。君が安心して学校に来られるように学校側は最善を尽くす。二度と起こらないと約束しよう。本当にすまなかった」


彼は真摯に頭を下げてくれた。


***


その後、アイと涼は一緒に帰宅した。


「よく言った。頑張ったな」


涼から頭を撫でられて、バクバクと波打っていた心臓が少し落ち着いた。人からされて嫌だったことを報告するのは、告げ口みたいでとても緊張する。


「あんな言い方で良かったのかな……」

「ああ。黙っていたら学校にも守ってもらえない。自分の身を守ることは悪いことじゃない。理不尽を黙って受け入れる必要はないって言っただろう? 逃げてもいい、戦ってもいい、助けを求めてもいいんだ」


涼は初対面の時が信じられないほど優しくなった。


「ありがとう、涼のおかげで、目から鱗がいっぱい落ちたよ」

「いや、別に……」


涼は照れたように頭を掻きながら、話題を変えた。


「そういえば、俺が貸した本、読み終わったって言ってただろ? 新しい本、借りに来るか?」


勉強熱心なアイはこの世界のことをもっと理解できるように、涼から小説を借りて読んでいる。


「うん! 涼が勧めてくれた本、面白かった! ミステリーって言うの?  時々分からないこともあるけど、読んでてすごく楽しかった」

「そうか? 分からないことってなんだ?」

「うーん、例えば、指紋ってなぁに?」

「お前、スゲー勉強してるけど指紋は知らねーのか」


喜々として涼は指紋や犯罪捜査について詳しく話し出した。実はミステリーマニアである。


二人の笑い声が青い空に響いた。


***


その後、問題の上級生は犯人から頼まれてアイを脅したことが判明し、厳正な処罰を受けることになった。


そして、そのような行動を取った犯人が反省していないという事実も家庭裁判所の記録に追記された。

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