第八話 外界
静まり返った気まずい空気の中どれくらい歩いたか分からないが、結構歩くと、少し広まった空間に、梯子がかかっているのが見えた。
「………あ、出口ですかね、これ」
「その様じゃな。上が、見えないほど高いようじゃが」
サマディも見上げると、梯子が続く先は真っ暗闇で何も見えなかった。
「はぁ………これ登るんですか?」
と、サマディが鬱屈した気持ちで言うと。
「何言っとるんじゃ?ほれ、早く首元を差し出すんじゃ」
と、ルーシィがあっけらかんと返した。
「え?な、なんで?………あ、お腹空いたんですか?」
「まぁそうじゃが………お主、何か勘違いしておろう?」
「勘違い?今から梯子登るために、腹ごしらえするんじゃないんですか?」
「いや、違うぞ?お主は相当察しが悪いんじゃな……」
「サマディ君はそういうとこあるよね……」
と、2人が共謀してうんうんと頷いていた。
「まあ分からなくともよい。早く血を差し出すんじゃ」
「あ、はい」
とてとて、とサマディはルーシィに近づき、服の首元を引っ張る。
サマディは少し屈み、ルーシィは少し背伸びをする。
そして、ルーシィは首元を舐め、噛み付く。
血を吸われているサマディから艶かしい吐息が漏れ、頬は蒸気している。
その場にまるで部外者のように取り残されたローザンとしては、女子同士の花園のような光景をまじまじと見るわけにもいかず、なんだか居た堪れない気持ちになった。
数秒血を吸ったのち、ルーシィはサマディから口を離した。
「ぷはぁ。お主の血はいつでも美味いんじゃな」
「え?………あ、そー……ですかぁ……?」
明らかに、サマディはふらふらしていた。
瞳は虚で、足元もおぼつかない。
「っかしいのぉ……血はそんなに吸うてないはずなんじゃが……」
と、不思議そうに首を傾げるルーシィに、
「………なんとなく理由は分かるので、恐らく寝たら治ると思いますよ」
きっとアダルティな理由があるんだろうとアタリをつけて返答をするローザンだった。
「まあよい。早く地上へ出たいからのう」
ルーシィはサマディを小脇に抱える。
そして、ローザンの方を見る。
「ローザン、置いていくぞ?」
ルーシィは空いてる方の脇を開けて、ローザンに入る様に促した。
しかしローザンにしてみれば、年はも行かない薄着の女の子の脇に自ら入っていく中年男性という構図は、中々難しいものがあった。
が、すぐさまルーシィの剛腕で小脇に抱えられてしまうのだった。
「さぁ、行くぞ?」
ルーシィは空を見上げる。
そして膝を曲げ、両足を踏み込みーーーーー
ーーーー跳躍!
3人の体は、みるみるうちに暗闇に吸い込まれていく。
全員の体がどっぷり闇に浸かったころ。
ルーシィは空中で体を止めた。
「ん?ここが出口か?」
見上げると、入り口で見た様な蓋みたいなものがうっすら見えた。
そして体をひっくり返し、足でゆっくり押し開ける。
「うぉっ!?眩し!?」
蓋を開けると、いきなり外だった。
降りかかる様な光の刃が、暗闇に慣れた3人に突き刺さり、思わず目を瞑った。
が、だんだん慣れていったことによって、外が見えるようになっていく。
そして、3人の瞳に映ったのは。
見渡す限りの草原だった。
どうやら、草原の端に出たようだった。
すぐそばに、森も見える。
草原と、森。
その上、向こうに見えるのは。
「おい、なんじゃ、あれ………?」
ルーシィは地面に着地しながら、向こうに見える城を見て慄いた。
「あぁ、あれはソーサク城ですね。結構大きいですよね」
ローザンは冷静に返す。
しかしルーシィは、驚く表情を変えることはない。
「あれが、結構なのか……?というか、あれが王都じゃないのか………?」
「はい、王都はもっと大きいですよ?」
「ワシの時代よりもやはり発展しているのじゃな………」
ルーシィはしみじみと言った。
「ここからは目立たんように歩いていくぞ?ほら、さっさとサマディを背負うんじゃ」
「え、え?」
「そりゃあそうじゃろ。ワシはか弱い女の子じゃからな?」
はっはっは!と、高笑いしてルーシィは歩き出した。
(………人間2人を軽く抱えてた癖に)
不貞腐れながら、ローザンは仕方なくサマディを背負った。
☆☆☆☆☆
ソーサク城は巨大で、草原のどこからでも見えるが、そのためかどれだけ歩いても近づいてる気がしなかった。
なので、ソーサク城に着いたときにはすっかり辺りは暗くなっていた。
「はぁー!やっと着いた!」
途中から起きていたサマディが、膝に手を置きながら疲れ果てたように言った。
「………途中まで君を背負ってた身にもなってくれ給えよ?」
「ソノセツハドウモ」
「思ってないよね?サマディ君?」
そんな2人はさておき、ルーシィは考えるような素振りを見せていた。
「あ、ルーシィちゃん?どうしたんですか?」
「ん?いや、夜じゃから門が閉ざされておってな………どこから入ろうかと悩んでおったんじゃ」
「あ!確かに!」
「ならば、ルーシィ様の飛行魔法で入れば良いのではないですか?」
「それもいいんじゃが、まだワシはこの時代の警備の方法や形態を知らんのでな………変に目立つ可能性があるような事はしたくないんじゃよ……」
「確かにそうですね……塀の上にも兵士はいますし……」
ローザンとルーシィが2人して悩んでいると。
「じゃあ、貧民街の方から入ればいいんじゃないですか?あっちなら、夜でも開いてますし」
サマディそう言った。
「え?貧民街の方かい?………治安の方は大丈夫なのかい?」
「大丈夫ですよ!私達にはルーシィちゃんがいますし!」
そう言って、サマディはルーシィを見る。
と、ルーシィは少し考えるような素振りをした後、
「………確かにな。徒党を組んで大軍で来られなければ、数十人程度なら今残っている魔力でも軽く倒せよう。サマディの言う通り、貧民街の方から入るとするかの」
ルーシィはそう言って、サマディの案内に従って城の周りをぐるっと回ることにした。
そしてその道中。
「やっぱり、確定ですか?」
「まぁ、それが1番いいからのう」
「サマディ君はたまに逞しいよね?」
「はい!それに、先生が嫌がるほど悪い所じゃないと思いますよ?前に一回行ったことがあるんですよ、研究で!」
「だ、大丈夫なの……?」
「いざとなったらワシが守ってやるさ」
「し、しかし、そんな事したら目立っちゃうんじゃ……」
「大丈夫です!貧民街で起こった騒ぎに一々反応してくれるほど、この街は良い街じゃないですよ、きっと!」
「笑顔で言うことかい………?」
☆☆☆☆☆
城の周りを歩いてそれなりに時間が経った時、隠れ家の入り口の様な小さなドアがあった。
「ここが入り口か?どうもただのドアにしかみえないんじゃが」
「それくらい貧富の差があるってことですよ、この街には」
サマディはそう言って、ぎぃっと音がするドアをゆっくり開けた。
3人はそれぞれ順番に入っていった。
と、貧民街は思いのほか人はおらず、どうやらそれぞれ自分の家に入っている様だった。
「ふぅん………貧民街の様子は、割と変わらんのじゃな。今も昔も」
とルーシィは1人で言う。
「薄気味悪いですよ、ルーシィ様。早いところ、宿屋に行きましょう?」
「あぁ、そうじゃな。して、お主は銭など持っておるのか?」
「ええ、もちろん」
ローザンがカバンを見せびらかす様に見せた、その瞬間。
風をきる様な後が聞こえた。
そしてその直後、3人の視界に黒い人影が一瞬映り、消えた。
「なんじゃ!?」
その中でルーシィは機敏に反応し、辺りを見回す。
「おい、ローザン!お主、カバンは!?」
「……あ、あれ!?ない、ないです!まさか、盗人!?」
「間違いない………」
人影は暗がりに乗じて、貧民街へと消えていった。
が、そこで泣き寝入りするルーシィではない。
「あの速さ………おそらく!」
ルーシィは目を瞑って神経を研ぎ澄ます。
地面を伝い、風に乗じ、空気に溶け込む。
全身から微量の魔力を発して、街全体の地形を読み取り、その中から魔力を探知する。
と、その中を超速で移動する人間を感じた。
「見つけた!お主らは先に宿屋へ行っておれ!すぐに向かう!」
ルーシィはそう言いながら、体の中の魔力を足へ集中させる。
暗がりに、緑色の光が瞬いた。
そして、右足で踏み込んだと思うと、刹那で消えた。
その場に残されたのは足が掬われそうな程の強風。
さっきの人影が発した風とは比べ物にならなかった。
残されたローザンとサマディは、あまりの立て続けの事件に、ぽかんとしていた。
が、先に口を開いたのは、サマディだった。
「………先に、宿屋にいきましょうか」
「………うん、それしかないね」
よく分からないうちに、置いてけぼりにされた2人だった。