第四話 ドラゴン討伐
モサカからモサカ山道に3人が出ている最中。
「ルーシィ様。先程は、なぜ即座にご自分が立候補なさらなかったのですか?」
「なんじゃ?わからんのか?」
ローザンが聞くと、先を歩くルーシィは振り向いた。
「どうやら、ワシは封印から目覚めてもなお、王都の人間に狙われておる様な気がするんじゃ。じゃから、目立たない様にしておったんじゃが………」
「モサカの人々の為に立候補したと?」
「いや、そんな気持ちは全然ない。じゃが、このサマディとやが、どうしてもと言うのでな」
「だって、あの街の人々は、私達のせいで騎士団が来れなくなったって言うから………」
「多分じゃが、あれは嘘じゃと思うぞ?」
「へ?」
ルーシィは、割り込む様に言った。
「な、じゃ、じゃあ、モサカの人々は、私達やルーシィちゃんが祭壇から逃げてきた事を知ってるって事ですか!?」
「あーいや、それも違うと思うぞ」
「………どういうことなんですか?」
答えが見えてこないので、サマディは不貞腐れる。
「どういう方法かは知らんが、騎士団からの噂がワシらがモサカに着く前に流れてきたのは本当じゃと思うが、おそらくその噂を使って旅人達に同情させ、旅人達にドラゴン討伐させようという算段なんじゃろう」
「じゃあ、噂を使って騙そうとしたら、その本人たちが偶然来ちゃったと?」
「そういう事になるな」
その話を聞いて、サマディは少し悩む様な顔をした。
ルーシィの突拍子もない話が、どうしても信用出来なかったからだった。
「な、なんでそんなこと考えたんですか?」
「理由はどれも憶測に過ぎないが………まぁ、1番大きな事は、数日前からドラゴンが出没しているという婆さんの話じゃな」
「………というと?」
「おそらく、この世界にはワシの時代にもなかった様な情報の伝達手段があるんじゃろう?じゃなければ、ワシが目覚めた祭壇にあの速さで騎士団の者が来る事に説明がつかないし、モサカの街への噂の情報の届き方も分からなくなるからの」
「………はい、ルーシィちゃんの言う通りです。街と街には大きな情報伝達魔法装置があるので、街同士の連絡はタイムレスでできるんですよ」
「じゃろう?じゃから、数日程前に出没したドラゴンの討伐に対して、今日騎士団が来るというのはおかしな話じゃろう」
「………あ」
「騎士団はもっと前に来ていて、その上ドラゴンを討伐出来なかったのじゃろう。どころか、これまでモサカに訪れた旅人は、皆ドラゴンの餌にされてしまったかもしれんの」
「………で、でも!あのお婆さんの話が本当って可能性も……」
「じゃから、憶測なんじゃよ」
ふっ、とルーシィは笑って進行方向へ向き直った。
サマディとローザンは、ルーシィのその発言に対して、驚くと同時に恐怖した。
ルーシィが言った事は、憶測の域を超えている。
もちろん、彼女が言った事が全て合ってるとは限らないが、それにしたって、2500年の眠りから覚めたばかりとは思えない。
サマディとローザンは目を合わせて慄いた。
これが、大賢者。
ただ魔力量が多いだけじゃない。その魔力を上手く使う事の出来る頭の回転の速さを持った人間だけが大賢者になれるのだ。
「……ローザン先生、ちょっとヤバくないですか?」
「ああ……あれが大賢者たる所以なんだろうね」
前を行く少女の背中は、頼りなく小さい。
ただ、その魂に刻まれる圧倒的なまでの能力は、伝説に残る事が出来るほどの大きな物だった。
☆☆☆☆☆
少しばかり歩いて、不意にルーシィが止まる。
「………着いたようじゃぞ」
言われて、恐る恐る先の景色を見ると、少し広場のようになっている場所に、ドラゴンが寝そべっていた。
そして、3人の鼻腔を、つんざくような血生臭い異臭が、ドラゴンの住処の辺りに立ち込めていた。
「……まさか、あの辺に転がってるのって……」
サマディが指さす。
ドラゴンの周りには騎士団の物と思われる鎧や、騎士団の亡骸が真っ赤に染まって乱雑に捨てられていた。
その上、ドラゴンの口の周りは鮮血に染まっている。
「………やっぱり、騎士団の人たちは来てたんだ……」
「………ひどい有様じゃの。ここまで人を喰うドラゴンなぞ、なかなか珍しいぞ」
「騎士団でも倒せないドラゴンなど………」
遺体の数を見る限り、数十人程度の団が派遣され、壊滅したと思われた。
「………まあよい。ちょうど眠っておるようじゃし、奇襲を仕掛けてやろうじゃないか」
そう言ったルーシィ顔を見ると、さっきまでの飄々とした顔つきとは打って変わって、少し悲しそうな顔つきになっていた。
その顔が、ルーシィの両手の上に作り出された光の剣によってによって照らされ、瞳も赤く妖しく光った。
「あれ、剣も使えるんですか?」
「まぁの。といっても、これは魔力によって作られた剣じゃ。剣の心得のないワシにも、上手く扱えるように魔力が込めてある」
ルーシィはそう言うと、ドラゴンのいる広場に一歩躍り出た。
「………人を食い散らかす悪竜には、お仕置きをしてやらねばならんな」
サマディからは、ルーシィの顔は見えない。
だが、その背中は、勇ましいようで切ないように思えた。
「ふぅぅぅう………」
ルーシィは、右手に持っていた光の剣を両腕で持ち、左肩の上まで精神統一をしながら持ち上げる。
「ふぅぅぅうん!!!」
そしてそこから、袈裟斬り!
左肩の上から右下に振り下ろされた切先は、光の斬撃となってドラゴンの方へ飛んでいく。
光の斬撃がドラゴンの体へ吸い込まれ、その衝撃がドラゴンに伝わった時ーーーー
「グギャァァァア!!!」
ドラゴンは、けたたましい悲鳴と共に光に包まれる。
「倒せたのかな……」
サマディは祈るように待つ。
やがて、ドラゴンを包み込んでいた光が和らいでいき、その中身が現れると。
「グルルルル………」
「た、倒せてない!?」
中から現れたのは、左脇腹に大きな傷を負ったドラゴンだった。
口からは涎を垂らし、息も絶え絶えな様子が、少し離れてみているサマディにも伝わってくる。
「あ、でも!あともう一撃で倒せそうですよ!」
「さあ、ルーシィ様!とどめを!」
ドラゴンの正面で仁王立ちするルーシィに、2人は声をかける。
が、ルーシィは微動だにしない。
「る、ルーシィ様?」
「どうしたんですか!?早く、早くしないと………!」
「ああ、それはわかってあるんじゃがな………」
ようやく、ルーシィが重い口を開いた。
「久しぶりに、たくさん動いたからかのう。思うように体が動かんのじゃ」
「……………へ?」
「じゃから、この体はとんでもなく燃費が悪くてな………魔力は残っていても、今度は、血が……足りなく……て……」
へにゃん、と、ルーシィはその場に崩れ落ちる。
「る、ルーシィちゃん!」
ドラゴンは、地響きを鳴らしながら、その重い一歩を確実に踏みしめ、ルーシィの元へ近づいてくる。
一つ、地面が揺れるたび、サマディの額から汗が流れ落ちる。
ドラゴンなぞ、サマディとローザンの2人に勝てるわけがない。
ルーシィという絶大な力を持つ人間を前にして、忘れていた。
自分たちは、なんの力も持たない無力な人間なのだと。
「ちょ、ちょっと!起きてくださいよ!!」
呼びかけには、応じない。
だが、ドラゴンはその鼻先が触れるほどにルーシィの元に近づいてきていた。
どうやっても、サマディには勝てない。
ドラゴンは、完全に人間の上位種なのだから。
「グルルルル………」
ドラゴンの鋭い眼光が、ルーシィに突き刺さる。
獲物を捕らえた、捕食者の瞳。
その瞳にルーシィが晒され、ドラゴンの顔ルーシィを捕食する為に持ち上がった時ーーーーー
ーーーーサマディの体は、矢の如く発射された。
「うぉぉぉお!!!」
ドラゴンの動きは、決して速くなかった。
ルーシィの与えた傷よって、体力が奪われていたからだ。
だからか、サマディの勇気の飛び出しは。
「ルーシィちゃん、ルーシィちゃん!私の血を飲んでください!」
ルーシィを助ける事に成功していた。
ドラゴンは虚空を噛み砕き、初めて捕食に失敗した事に気づく。
そして、サマディとドラゴンは、真っ直ぐ正対する。
「ドラゴン!お前にルーシィちゃんは食べさせふにゃぁっ!?」
格好よく真っ直ぐドラゴンを睨み返したのに、サマディは最後の最後で力が抜けた。
そして、頭がぼんやりしてくる。
この感覚は………と、虚な瞳でルーシィの方を見ると、目を瞑った状態で、本能のままサマディの肩に噛み付いていた。
「ちょ……力が、抜け………る………」
ルーシィに押し倒されるようにサマディはその場に倒れ込む。
肩から全身に向けて、快楽にも似た刺激が伝えられ、脳の回転は強制的に止められそうになる。
天を仰ぐと、青い空と共に。
ドラゴンの頭。
この状況が不味いことが、虚な頭のサマディにもわかった。
「る、るーしー、ちゃん……は、はなし、て………あぶない、から、わたしを………」
「ガルル………!」
そして、ドラゴンはその足を持ち上げ、2人の事を潰そうと、それを振り下ろすーーーーー
バチバチバチィ!!
超絶的な稲光が、サマディの視界に走った。
そして、弾かれたドラゴンはひっくり返る。
「………あー、ったく。人様のお食事を邪魔するんじゃないぞ悪竜よ。お前には、お仕置きが足りなかったみたいじゃのう」
ルーシィはサマディの肩から口を外し、のそりと立ち上がる。
だが、サマディはまだ立ち上がれない。
「不味いな、飲み過ぎたかの……?後でちゃんと宿屋に連れて行ってやるからの」
虚な瞳で天を仰ぐサマディに、ルーシィは笑いかける。
「上手い血も飲んだし、さっさと討伐してやるかの」
ルーシィは、もう一度右手に剣を出す。
そして、腹を見せているドラゴンに。
光の剣を突き刺した。