第三話 モサカ
少女らは、目を開けるのすらもやっとなくらいの速さで上空を飛行していた。
「ひゃっほぉう!久しぶりに空を飛ぶと、気持ちいいのう!」
「ちょ、こ、怖!」
そして、サマディとローザンはがっちりホールドされて両脇に抱えられていた。
とはいえ、少女のか細い両腕では、たとえ力強く抱えられたとしても、いつ落ちるのではないかと気が気でなかった。
「しっかし、この辺りも相当変わったのう………一体何年寝てたんじゃワシは?」
少女は空を飛びながら眼下に広がる世界を見る。
かつて少女が生きていた時代にはあった様な遺跡のほとんどが、既に風化し森となっていた。
「あの、とりあえず街の近くに下ろしてもらってもいいですか!?」
サマディは堪らず、大声で叫んだ。
こんな状態で空を飛んでいては、心臓がいくつあっても足りない。
少女は、サマディに言われて、近くに見えた街から少し離れた所に降りた。
「あれ?街の中じゃないんですか?」
「ああ、どうやら、この時代ではこの程度の飛行魔法を使う事すらも珍しがられそうなのでな」
「え、すごい。なんで分かったんですか?」
「そりゃあ、大賢者様じゃからのう!」
えっへん!と、胸を張る。
サマディはそれを見て、
(とても伝説上の大賢者とは思えない………なんて言ったら怒られるかな………)
と、思うのだった。
「して、大賢者殿。貴女の事をなんと言う名前で呼べば良いのですか?」
と、ローザンが聞く。
「およ?とうとうワシの事を大賢者様と認めたか?お主、若造にしては中々頭の柔い奴じゃのう」
「………これでも結構歳はいってるんですけどね」
自分の4分の1も生きてない様に見える少女から若造と言われると、ローザンにも少し来るものがあった。
「そうじゃのう………アルラウス様でも、ルーシィ様でもどっちでも良いぞ?」
「それでは、ルーシィ様とお呼び致しますね」
「じゃあ、私はルーシィちゃんって呼んでも良いですか!?」
と、そこでサマディが割り込んできた。
「る、ルーシィちゃん?おい、少しはワシに対しての尊敬というものをじゃな……」
「尊敬はしてますよ?でも、それはそれ!やっぱりルーシィちゃんは今は可愛い女の子なんですから!」
「お、女の子………」
流石の大賢者ルーシィも、サマディのグイグイくる圧には屈してしまうようで、はぁ、と溜息をついた。
「………もう、なんでもいいわい」
そんな会話をしながら、街の中に入っていく。
☆☆☆☆☆
街の中は、辺境の街らしく、木で作られた家が立ち並び、中央にある噴水以外は特別めぼしい物はなかった。
「ここは………なんて言う街なんじゃ?」
「確か、モサカって名前だと思いますよ」
「モサカ?知らん名じゃな………じゃが、建物の構造はワシの生きていた頃とそこまで変わっておらんな」
「ええ、それはそうですよ。だって、ルーシィちゃんが封印された日を境に、大多数の魔法が禁止されたので、ルーシィちゃんの生きてた大魔法時代から文明があまり進歩してないんですよ」
「ふぅん、ちなみに今はその大魔法時代から何年経ったんじゃ?」
「えっと、大体2500年です」
「…………は?な、なんて?」
「だから、2500年です」
「…………に、2500年?」
驚きのあまり、ルーシィの顔が引き攣る。
ついさっきも見た様な表情だ。
「ちょ、うーん………にわかには信じ難いが………しかし、誰もワシの事を知らんとなると………うーん……」
と、ルーシィは、独り言をぶつぶつと言い出した。
「…………まぁ、別に良いか」
「あれ?なんか軽いですね」
「それはそうじゃ。この歳まで生きてると、大体の事に対して諦めがつくってもんじゃ」
そう言ってへらっと笑うルーシィの様子は、まだ関係の浅いサマディにすら、少しだけ寂しそうに見えた。
「…………大丈夫ですか?」
「なにがじゃ?」
サマディは、真っ直ぐ見つめ返される。
大丈夫ですか?という言葉の裏に秘められた言葉は、家族の事とか友達の事とか、そんな事だったが、ルーシィの瞳を見るとそれを言う事も野暮に思えた。
「………なんでもないです」
サマディは、そう言って笑い返すのだった。
と、そんな時。
「あれ?あそこ、何か人が集まってませんか?」
先を歩いていたローザンが、噴水の方を指差して言う。
言われて、サマディ達もそちらを向く。
「なんじゃ?あの様子じゃ、この街の住民達はみんなあそこに集まっておるのではないか?」
「なんだか不穏な様子ですね」
そう話しながら、3人は人の群れの方へ歩いていく。
「であるから、これは由々しき事態である!誰か勇気のある物は、このモサカの危機を救ってくれないだろうか!」
近づくと、人の群れの奥に1人、噴水の上に立って演説をしている初老くらいの男性がいた。
「何かあったんですか?」
サマディは近くにいたお婆さんに声をかけた。
「ありゃ、旅のもんかえ?これはこれは悪い所に来てしまいましたねぇ。ただでさえ何もない街ですのに、数日程前から、はモサカ山道にドラゴンが現れてしまいましてね」
「ドラゴン?」
「ドラゴンが出ると、何かあるのか?」
「ここから都へ続く道はモサカ山道しか無いので、交易の道が立たれてしまって、街は旅人さんを歓迎できる雰囲気では無いのです」
「なんじゃ?ドラゴンなぞ、お主らで討伐すれば良かろう?」
「ちょ、ちょっとルーシィちゃん!」
「なんじゃ?」
サマディはお婆さんから少し離れて、お婆さんに聞こえない様にルーシィに対して説明する。
「………ルーシィちゃんが生きていた時代とは違って、魔法なんて使えないんですよ。だから、私達はみんなドラゴンを討伐出来る力なんてないんですよ」
「………先程言っておった、魔法を禁じられたと言う話か?」
「そういうことです」
「じゃあなんじゃ?街には自警団もないのか?」
「騎士団は、主要な街にはありますよ?でも、こんな辺境の地にはないんですよ」
「その騎士団に頼めば良いではないか」
「………それは、確かにそうですね」
2人はお婆さんの方へ向き直る。
「おい婆さん。騎士団にドラゴン討伐を頼まなかったのか?」
「ええ、頼みましたとも。今日来る予定だったんですが、何かもっと重大な事件が起きたとかなんとか……」
「………重大な事件?」
「えぇ、なにやら、王家の方々が代々護っていらっしゃる墓に墓荒らしが入ったと言う話です」
「……………墓荒らし?」
「はい、ですので、本日来るはずだった騎士団の方々は、暫くそちらの方にかかりきりになるのでこちらには当分来れないと」
「…………おい」
サマディは顔が引き攣り、ルーシィはジト目でサマディの服の袖を引っ張る。
(おいサマディ!墓荒らしって、お主らじゃろ!?)
(……いや、そうですけど!そうじゃないかもしれないじゃないですか!?)
(お主らのせいで騎士団がここに来れないと言ってあるぞ!)
(いや、それはルーシィちゃんが騎士団長の人とかの前ですんごい魔法使うから!)
(うぐっ……それは、そうなんじゃが)
「はぁ、誰か勇気のある者はいないかねぇ………」
お婆さんは、心配そうな、残念そうな顔で噴水の演説している男性の方へ向き直った。
そしてそのお婆さんの後ろで、気まずい空気のサマディとルーシィが2人残された。
「………勇気ある若者って、言われてますよ」
「な、何を言う!ワシは老人で……」
「でも今は若者でしょう?」
「うぐ……じゃが、それを言えばサマディ、お主も若者じゃろう!?」
「私勇気のない若者ですもーん。あーあ、どっかにいた騎士団の長を圧倒できちゃう様な、大賢者様がいないかなぁ〜」
サマディわざとらしく言う。
その言葉に、大賢者たるルーシィは頭に怒りマークを浮かべながらも、言い返すことが逆に難しくなった。
「………わかった」
「はい?」
「わかった、わかったよもう!ワシがやれば良いんじゃろ!やれば!」
不満げに、ルーシィは怒鳴る様に言った。
そして、流れる様に、
「おい、この街の者どもよ!そのドラゴンとやら、ワシが討伐せしめよう!」
と、皆に対して宣言するのだった。
「な……まだ子供ではないか……」
噴水の上に立つ男性は狼狽える。
「なんじゃ?じゃあ、見てくれだけで判断し、自らを窮地に貶めることが、大人のやる事なのか?」
「そうは言ってもな………」
「まあ良い、お主らに止められようが、ワシは通りすがりの旅人じゃ。勝手にドラゴンを討伐してくるとしよう」
いくぞ、とルーシィはサマディとローザンに声をかけて歩き出した。
遅れて、サマディとローザンも、それについて行く。
そして、モサカの街の者達が取り残される形となる。
「大丈夫か、あの子?」「任せて良いのかしら」「でもあれだけ啖呵を切ってたしな……」「………最悪、ね?大丈夫じゃないの?旅の人なんだし……」「ああ……とりあえず、任せるしかないんじゃないか?」
という、モサカの人々の不穏な声を、ルーシィは意に返すことなくドラゴンの元へと向かっていくのだった。