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第十七話 潜入作戦:決着

 カサミカは大の字になって寝転ぶ。カサミカの体から大量の血が流れ、血溜まりが出来ていた。


「………なぜ」


「おや、カサミカよ。負けた理由が分からんという表情じゃな」


 形勢逆転とはまさにこの事というように、ルーシィは倒れたカサミカを上から見下ろした。


「………錬金魔法、ですよね?………まさかそんな眉唾みたいな魔法が存在して、銀の剣を作ることが出来るとは」


「おお、割と理解してあるではないか。まぁ、ワシが大賢者じゃから出来たことじゃな」


 久々にルーシィが歯をむき出しにして笑った。


「………ですが、いくら大賢者でも、貴方の今の体では、銀の剣という高度な代物を作るには、魔力が足りないのでは?」


「おお、そうじゃよ。分かっておるのう?」


 ルーシィは魔法の話ができて嬉しそうだ。

 機嫌良さそうに、カサミカの顔を覗き込む。


「ワシが、お主の攻撃の前に防壁を張ったのを覚えておるな?」


「………ええ」


「あれは実は防御のためでなく、お主の魔力を吸収するためのものじゃったんじゃよ」


「…………なるほど」


「お主に全力でかかってくるように言ったのはそのためじゃ。乗ってきてくれたのは、感謝しなくてはのう」


「………まんまと手のひらの上で踊らされたというわけですか」


 カサミカの表情もどこか清々しい様子であった。



「ですが、魔力吸収の防壁にも、中々魔力を消費しますよね?………それすらも、今の貴方には………」


「それはじゃな………」


 ルーシィはうきうきした様子で、床に転がっている輝かしい色の長い杖を持ってきた。


「この杖が優秀じゃからじゃよ!」


「…………杖?」


「まずこの杖には、魔力消費節約の効果があるんじゃ」


「………とんでもないですね」


「じゃろ?その上、この杖で魔法をぶん殴るとじゃな」


 ルーシィは長い杖を振って、魔法をぶん殴るモーションの模倣をした。


「ワシの魔力が回復するんじゃ」


 ルーシィはにっこり笑顔である。


 対極に、カサミカの顔は呆れ返っているようだった。


 勿論、その杖のあまりの性能にである。


「……………そんな杖あったら、世界を征服できますよ」


「なんじゃ?そんなに褒めても何も出んぞ?」


「…………貴方が作られたんですか?」


「そうじゃ。今では珍しいかもしれんが、昔は自分で自分の杖を作るのが普通じゃったんじゃぞ?」


「………勝てないですよ、そんなの」


「はっはっは。大賢者じゃからな」


 ルーシィは嬉しそうであった。

 戦いの後とは思えないような談笑を繰り広げる2人の元に、サマディは駆け寄った。


 だが、2人とは対照的に、暗い面持ちである。


「あの、ルーシィちゃん?」


「なんじゃ?そんな真剣な顔をして」


「あの、その………」


 なにやら言い淀んでいる様子で、視線をルーシィとカサミカとを行き来させていた。


「なんじゃ?言いたい事があるなら、言うてみよ」


「えっと、その」


 視線がカサミカに定まる。


「その、カサミカさんに」


「に?」


「………どどめを刺さなくても良いのかと」


「……なるほどな」


 サマディの発言を聞くと、言い淀んでいたのも理解できた。

 先程のカサミカとルーシィの会話を聞いていると、おおよそ和解したのかと思われるからだった。


 もし和解したのだったら、とどめを刺すかどうかなど、無粋な質問である。


「ごめんなさい、こんなこと聞いて」


「いや、良いのじゃ。確かに、普通に考えれば此奴にとどめを刺そうと思うのも理解できる」


「その、ハナメちゃんには申し訳ないんですけど……」


「まぁの」


 サマディは結局とどめを刺すのかどうかを目で聞く。



「………ワシは、此奴にとどめを指すつもりはない」


「……え?」


「先程お主が言ったように、此奴にはハナメがいて、ハナメも此奴の事を信頼しておる。じゃからここで殺すのは気が引ける」


「………でも」


「分かる、分かるぞ?またいつワシらの前に立ちはだかるか分からないと言うのじゃろう?その時はまたワシが倒してやれば良い。それに―――」


「それに?」


「―――此奴には、聞かねばならん事がある」


 途端に鋭い視線になる。

 ルーシィは先程話していた時と打って変わった真剣な眼差しでカサミカを見た。



「………私がなぜここにいるか、ですよね」


「そうじゃ。そしてなぜお主が、ハナメを裏切ってまでここにあるのかじゃ」


「………実は、裏切ってなどいないのです」


「何?どういう事じゃ?」


 カサミカの行動だけ見れば、ハナメが憎んでいるミョウオンの元についているのだから、裏切りのように思える。


「………全ては、ハナメの為。ハナメを守るためにやった事です」


「ハナメを、守る?」


「えぇ……実は、()()()()に『ミョウオンの護衛として働かなければハナメを殺す』と脅されたのです」


「………あのお方、な」


 ルーシィの表情が、凍てついた。


 恨みも憎しみも怒りも悲しみも見て取れるような、無表情とも言えてしまうような、そんな表情。


 ルーシィには、心当たりがあるようだった。



「……誰なんです?あのお方って」


 サマディも、恐る恐る聞く。


「あのお方とは、恐らく………」


「えぇ、そうです」


 ルーシィの予想に割り込むようにカサミカが言う。





「イクテス・アルラウス様。ルーシィ・アルラウス様の、奥様でいらっしゃいます」





「………やはりな」


 奥様。そこまで言われて、サマディにも合点が言った。


 ルーシィがいつかに言っていた。


 ルーシィを殺した黒幕は、ルーシィの妻であると。


「未だワシの前に立ちはだかるか………」


 ルーシィを見ると、どこか遠い目をしていた。

 昔を思い出しているのだろうか。




「あの、ルーシィちゃん?」


「………ん?なんじゃ?」


「その、大丈夫、ですか?」


「あぁ………心配はいらぬぞ?2度も遅れをとることなどない。第一、まだ奴も本領を発揮してワシらの邪魔をしているわけではないじゃろうからな」


「いや、そういうことじゃなくて、その………」


「なんじゃ?それ以外に、ワシに心配事があろうというのか?」



 ルーシィの確固たる堂々とした態度を見ると、サマディはもう質問することなど出来そうもなかった。


 それ以上聞くなと、強く念を押されたような気もする。



「すまんかったな、カサミカ。お主にもう用はない」


「………えぇ」


「とどめを指す事はしないから、イクテスから逃げ延びて、ハナメと幸せに暮らしてくれ」


 ルーシィはそれだけ言うと、カサミカに背を向けて、扉の方へと歩き出す。


 この部屋にミョウオンはいなかったから、またもや外を探そうと言うわけであった。


「………あのお方から、逃げ延びる」


 ボソり、カサミカが呟く。


 あまりにも小さな声は、ルーシィの耳に届く事なく消えていった。


 だが、ルーシィよりも後ろにいたサマディにだけは、その言葉が聞こえた。


 少しだけ立ち止まって、振り向く。


 その瞬間だった。



 カサミカは今までとは違うような切羽詰まった、真剣な顔をしていた。



 そして、サマディを力一杯抱き寄せる。


「アルラウス様は、随分と見通しが甘くなられたのではないのですか!?」


 怒号と共に、首筋に噛み付く。


 サマディは何が起こったのか理解するのに少しの時間を要した。

 だが、少なくともサマディが状況を理解できるくらいの長い時間、カサミカはサマディの首元に噛み付いていた。


 そしてその間、ルーシィはただ、その光景を見つめている。



 表情は―――



「あ、あの………た、たすけ……」


「……んぐ、んぐ………」


「あ、る、ルーシィ………ちゃん?」



 ―――笑っていた。



「ぶはぁッ!」


 と、ついにカサミカはサマディから口を離し、サマディを力強く押しのけた。


「どうじゃ?美味かったか?サマディの血は」


「………私が最後まで飲むのを待っていたのは、手加減のつもりですか?」


「いやいや、そんな事はないぞ?お主があまりにもがっついているから、離そうにも離せなかったのじゃ」


「………私が血を飲んでまた先程と同じような力で貴方と戦えば、貴方はもう一度勝てるとは限らないんですよ?」


「そうじゃな。じゃが、そんな事は起こり得ないから大丈夫じゃ」


「………何を言っているんですか?やはり、かつての大賢者ルーシィ・アルラウス様は、もう………」


「………まぁ、そうかもしれないが……少なくともお主は、自分の体の心配をした方が良いぞ?」


「は………?何を―――」


 ―――ドクン。


 大鐘を鳴らしたかのような心臓の拍動が耳に響く。


 ついで、カサミカの視界は、ぐにゃりと歪んだ。


 今まで地面だと思っていた場所と、今まで天井だと思っていた場所が、入れ替わっているような感覚。


「こ、これは………!」


 あまりの苦しさに立っていられなくなって、カサミカは蹲った。


「先程、ワシはお主にとどめを刺さないと言ったな?」


 ルーシィはカサミカに近づいた。


「あれは半分嘘じゃ」


「は……?」


「お主があのまま倒れて居れば、ワシはもうお主と関わる気はなかった。じゃが、お主がサマディに噛み付いたから――」


 既に、カサミカの耳は半分ほど聞こえていなかった。


「まぁ、イクテスから逃げ延びる事など不可能じゃから、そう考えれば今ここで死んだ方がお主のためかもしれんな」


「あ、あぁ………」


 恐らく、カサミカの命の灯火は消えかけている。


 そんなカサミカを、ルーシィは一瞥した後すぐに踵を返してまたもやドアの方へ歩き出した。


 しかしサマディは、地面にへたり込んでいる。



「………何をしておる?早く行くぞ?」


「え………?いや、カサミカさんが……」


「其奴は一度、ワシと敵対した。つまり、自分が死ぬかもしれないと覚悟できていたはずじゃ」


「そ、それでも………」


「ならばお主はここに居てカサミカの事を見てやれ。尤も、既にカサミカの意識はここにはないだろうがな」


 いつの間にか、カサミカの呻き声は聞こえなくなっている。


「そ、そんな………」


「何も心配する事はないぞ?戦いに於いて、片方が死ぬ事など、よくある話じゃ」


 ルーシィの言葉は、とてもサマディには届きそうもない。



「わ、私が………殺した?」



「……何を言っておる?確かにお主の血を吸って死んだが、そこに毒を仕込んだのはワシで――」


「私が、人を………」


 駄目だこれは。ルーシィはそう思った。


 ミョウオンの暗殺を計画していたのに、いざ目の前で人が死んで悲しむようでは、円満に暗殺など出来るわけがない。


 ルーシィはサマディを置いていく決意をした。



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