第十三話 覚悟
結果として、ルーシィの使った魔法は、大魔法と呼ばれる部類のものであった。
爆発的な光は、ルーシィが敵と認識した者にのみ、作用する。
光が収まり、皆の目が効くようになって来ると。
大男達の姿は無くなっていた。
「あれ?私、地面に着地してます?」
大男に担がれていたはずのサマディも、地面に足がついていて混乱しているようだった。
だが、その理由はすぐにわかる。
「な、なにが起こっ………あん?なんだぁ?この声?」
荒々しい、下品な喋り方。
それは先程まで、大男がしていた喋り方だ。
だが、発された声は、甲高い可愛らしいもの。
「人の性別というのは、人間という生命体において、些細な違いでしかない。では、性別がどのように分けられるか、知っているか?」
「なんの話だよ!」
怒って抗議する声も、女性らしく可愛らしい声。
「それは、魔力の流れによるものなのじゃ。魔力の流れによって性別が決まり、その流れが変わればその姿も変わる」
「あ、あぁ?」
「ワシの体も、そのようにして変えられたようじゃが……まぁ、ワシの場合は流れもじゃが、魔力量の方が関係しているな」
「な、何1人でブツブツ言ってやがる!」
どうやら怒っているようだが、全く怖くないほど、変わり果てた声。
「じゃから、わかりやすく言えば―――お主の体の魔力の流れを変えてやった」
「は、はぁ?」
「つまり、お主の体を、女性のものに変えてやったのじゃ。尤も、姿形に関して言えば、親の遺伝子が関係しているがな」
「お、女………?」
目をまん丸にして、そこにいる女性達は自分の体を弄る。
そして、一気に青ざめる。
「お、オレの体が、女になってる………!?」
「まぁ、ワシの時代には何人もこの魔法を使える者がいた故、教会にでも行けば元に戻ったが………この時代の魔法の文明力では、おそらくそんな者はおらんのじゃろうな」
「は、はぁ……何、言って……」
「つまり、お主らは一生、そのまま女性として過ごすが良い」
そこに生まれたのは、絶句。
ただただ、声を発することが出来ない。
「る、ルーシィちゃん?い、今の話、本当なら、ちょっとやりすぎなんじゃ………」
ただ1人、サマディだけは状況を把握して再稼働するのが早かった。
「そうか、やり過ぎか………まぁ、確かにそうとも言えるな」
「だったら戻して………」
「じゃが、それは違う。恐らく此奴らはこの店に何度も来て迷惑をかけているようじゃし、第一ワシは慈善事業をしているわけではない。尤も、ワシの体が少女の姿になってしまった八つ当たりをしたところもあるがな」
「え、えぇ………?」
「命を残しておいただけありがたいと思った方がいい。たとえ女性の姿になって筋肉が衰えようと、ワシのように強くなることもできるんじゃからな」
がっはっは、と高笑いするルーシィの声は、静まり返った店内に虚しく響いた。
「ふ、ふざけるな!!も、元に戻せよ!」
と、突然立っていた女性がルーシィに掴みかかる。
が、その力の弱さ故か、小柄なルーシィの体さえ動かすことが出来ない。
「元に戻したら、お主らはまた悪行をするのじゃろう?」
「し、しない!しないと約束するから!」
ルーシィの言葉に、慌てて取り繕う。
だが、ルーシィは冷笑を称えるだけで、願いに応えようとはしない。
「今一度、かつての幼き頃のような非力な市民に立ち戻って、悪人に搾取される側の気持ちになるがいい。さすれば、自ずと自らのすべきことが見つかるじゃろう」
「は、はぁ……?ま、マジで、言ってんのか?」
ルーシィに冷たくあしらわれて、元大男は顔の温度を失って後退りする。
思えば、先程の大男から、随分体の大きさが縮小したもので、身長こそ普通の女性くらいあるものの、体の細さがまるで筋肉などなくなってしまったように思える。
おそらく大男の付き人と思われたような蛮人達も、総じてみな細い体つきになっていた。
「お、覚えてろよ!?クソガキ!!」
とうとう、彼女らは敗者の言葉を述べて逃げ去ってしまった。
残されたのは、ルーシィ達と、武器屋の店主。
ルーシィは表情をうきうきしたものに変え、店主の方へ向く。
「さぁ、馬鹿な奴らはいなくなったから、この杖を購入――」
「あぁ……あぁ、なんて事を……」
と、店主の老人は、ただでさえ弱ったような足腰を、更に震えさせて絶望していた。
「どうしたんじゃ?」
「あぁ、あぁ………」
ルーシィが声をかけても、店主はまるで話にならない。
と、そんな様子を見かねたハナメがとうとう声を発した。
「………多分、そのジジイは、ミョウオンからの報復を恐れているんだろうな」
「ミョウオン、というと、お主が言っておった貴族か?」
「そうだ。多分奴らはミョウオンの手下で、ここの武器屋から搾取を行っていたんだろう」
「ミョウオンが搾取をしているのは、貧民街だけじゃないのか?」
「流石にこの城下町全土を支配しているわけではないが、貴族の中でもかなり有力だから、この辺りにも権威が届いているんだろう」
「なるほどな………」
ルーシィから笑顔が消える。
「おい、店主。思わず調子に乗って悪い事をしたな」
「………え?は、はい」
店主も、ようやく話ができるようになったようで、ルーシィの方を恐る恐る見ながら返事をする。
そんな店主に、ルーシィは真剣な面持ちで対峙する。
「この杖を見ろ。この杖は、かの昔、アルラウス・ルーシィという大賢者が使っておったものじゃ。名前くらいは、知ってあるじゃろう?」
「は、はい……聞いた事は」
「そしてその杖を、幾千年の時を超えてワシが復活させた。つまり、わかるな?」
「………と、言いますと?」
「つまり、ワシはかの大賢者の生まれ変わりだと言うわけじゃ」
大賢者の生まれ変わり。
とても馬鹿げた話に聞こえるが、ルーシィの表情に冗談の色は全く見えなかった。
「そ、そんな……」
「信じておらんな?じゃが、この魔法の廃れた時代に、先程のような大魔法を使えたっていうだけで、信じる価値はあると思うがのう?」
流石に、ハナメも驚いているようだった。
ハナメには素性を明かしてなかったから、突然の告白で驚くのも無理はない。
「………貴女は、本当に大賢者の生まれ変わりなのですか?」
「ああ、そうじゃ」
「………では、お願いがあるのです」
店主は、信じたのか信じていないのかは定かではないが、お願いというからにはある程度信じたのだろう。
「…………ミョウオンという貴族を、殺してはくれないでしょうか?」
「殺すとは、また物騒じゃな」
店主の口から出たのは、およそ平和さのかけらもないような内容のお願いだった。
その上店主は、身長の低いルーシィにまるで掴みかかるような剣幕で近づく。
「お願いします!もしも大賢者の生まれ変わりだというのであれば、あのミョウオンという貴族を………!」
店主の表情を見る限り、何か事情があるのは必至だった。
それどころか、藁にもすがるような思いでお願いしているのも、ひしひしと伝わって来た。
そんな店主を、ひらりと交わして、ルーシィは毅然と言う。
「お主の願いは、ミョウオンの殺害か。ならば、報酬はこの杖で良いか?」
「………え?」
「ミョウオンを殺した暁には、この杖をただで貰う。それで良いかと聞いているんじゃ」
「………で、では!」
「まぁ、元よりミョウオンにはお仕置きをするつもりじゃったからな。お主に背中を押されたような形じゃな」
へっ、とルーシィは笑って、店主に背中を向ける。
すると、サマディと目があった。
サマディは、悲しそうな目をしていた。
「そんな、人を殺すだなんて、勝手に………」
「別に良いぞ?お主まで罪を被る必要はない。おそらくついて来ても足手まといになるだけじゃろうし………」
「でも、血はだれから吸うんですか?」
「え?」
「戦うんだとしたら、血が足りなくなるでしょ?その時、どうするんですか?」
「あー………確かに、そうじゃな」
どうやらサマディも、悩んでいるようだったが………
結果として、ついていきたい気持ちの方が大きようだった。
「では、行くぞ?」
ルーシィは店の出入り口まで近づいてハナメとローザンを呼ぶと、遅れて2人もついて来た。
そして、武器屋を後にしようとしていた時。
「ありがとうございます、ありがとうございます………」
と、何故だか感謝をされて、それでも良い気持ちになりながら、目指すべき場所へと歩みを進めるのだった。




