第十話 新・吸血鬼
「あ、おかえりなさい。2人とも………って、その子はどちら様ですか?」
2人が宿屋に着くと、受付の前の椅子にローザンが座っていた。
「此奴は、盗人じゃ。お主のカバンのな」
「え?じゃあなぜ連れてこられたのですか?」
「まぁ、色々あってな」
色々?と、ローザンは思案する。
「取り敢えず、部屋に入りましょう?」
サマディは、そう提案しながら受付に行く。
すると、受付にいた若いけれども何故か威厳のある、灰色の髪の青年が、目を丸くして驚いた。
「お、お客様?その娘は、どちらで?」
「あーえっと、どこでしょう?」
サマディは振り向いてルーシィに視線で聞く。
「まぁ、会ったのは街の入り口じゃな。尤も、カバンを盗んで逃走した挙句、ワシにこうして捕まったがな」
ルーシィは豪快に笑う。
「………そうですか。それはそれは、お客様に大変申し訳ない事を致しました。その子に代わって謝らせていただきます」
「え?なんで宿屋さんが謝るんですか?」
サマディは心底不思議そうに聞いた。
が、どうやらルーシィは何かに気づいているようで。
「………お主か。其奴の保護者は」
「はい、その通りでございます」
サマディは今度は心底驚いていた。
「え、えぇ!?な、なんで!?てか、なんでルーシィちゃん分かっちゃうんですか!?」
サマディは大声で叫びながら、視線を宿屋とルーシィを行き来させる。
だが、ルーシィはそんなサマディを無視しながら話を続けた。
「その髪色、そしてその女子の発言………お主には聞きたいことがあるんじゃが」
「分かりました。お部屋にご案内致します」
「え?ちょ、え?何が起こったんですか?」
宿屋の主人に連れられて、階段を上がっていくローザンとルーシィに、訳もわからずサマディはついて行く。
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「まず、自己紹介をさせていただきます」
宿屋の主人は、ルーシィ達を部屋に通すとそう言った。
「私は、カサミカと申します。あの子を数年前に拾ってから、保護者の代わりをしています」
カサミカは、ルーシィが先程ベッドに寝かせた少女の方を見た。
「拾った………って、この街ではよくあることなんですか?」
「はい。ここは城下町で住む事の出来なくなった者や、この領土での浮浪者が最後の最後に集まってくるような場所です。捨て子も、珍しくはありません」
「ちなみにあの子の名前はなんていうんですか?」
「ハナメ、と私が名付けました」
ハナメ。そう言われて少女を見ると、そんなような気がしないでも無いというものだ。
と、そんな時に、ルーシィが真剣な面持ちで口を開く。
「………本題に移っても良いか?」
「はい、大丈夫です」
「あのハナメという女子は、ワシを見た時に吸血鬼だとすぐに当ててきたのじゃが………お主を見て合点がいった。お主、吸血鬼じゃな?」
「…………はい、その通りです」
と、サマディが目を丸くした。
「え?ていう事は、ルーシィちゃんとカサミカさんは、もしかしたら知り合いとかっていうこともあり得るんですか?たしか、吸血鬼って寿命はないんじゃ無いんでしたっけ?」
「あぁ。じゃが、カサミカは髪の色からして、ワシよりも後に吸血鬼になったんじゃろう」
「吸血鬼になった?」
「まあの。元々吸血鬼の始祖がいて、そこから眷属を増やしていった結果、各地に吸血鬼が点在するようになったんじゃ」
「………ですが、その吸血鬼達も、アルラウス・ルーシィという大賢者の吸血鬼が封印されてから、各地の吸血鬼達は皆討伐されてしまいましたがね。尤も、私が生まれる数百年程前の話ですが」
「え………それって………」
サマディは思わず、ルーシィを見る。
「そういえば、お客様も『ルーシィ』と大賢者と同じ苗字をされていますね?何かご関係など、聞いて良いものでしょうか?」
「あ、えっと、それは………」
「遠い遠い親戚のようなものじゃよ。名字が一緒なだけで、ほとんどなんの関係もない」
「あぁ、そうでしたか」
カサミカに嘘を告げたルーシィに、サマディは近づいて小声で聞く。
「あの、なんで嘘を………?」
「大賢者だという事を、みだりに話すべきでは無いんじゃ無いか?別に権力を誇るほどのことでも無いからの」
「あ、意外ですね。割と大賢者様、大賢者様ーって言われないのかと思ってました」
「それはワシが全ての柵を除ききってからじゃ」
「あの、どうかされましたか?」
カサミカが2人の間に割り込んで聞いてくる。
「いや何でもない、話を続けようか。お主は、血を誰から吸っておるんじゃ?」
「血は………かつては、宿屋に泊めた旅人の血を吸って、腹を満たしておりました」
カサミカが苦々しい顔でそう言う。
「そんな………良いんですか?そんなこと」
「まぁ、仕方がないと言えるな。サマディも血を吸われて分かったと思うが、血を吸われるとそのまま眠ってしまうじゃろう?眠っている者ならば、起きる危険性はないのじゃ」
「いや、でも………」
「言いたい事は分かるが、生きる為には仕方のない事じゃ。吸われた客人が気づかないならば、寧ろ悪い点など見つからないと思うが」
「うーん……そういうものなんですか?」
「はい。おっしゃる通りでございます。ですが、私としても大変申し訳なかったので、一泊の値段を格安で旅人の方々に提供していたのです」
「なるほど………吸血鬼にも色々あるんですね」
サマディは、感心しているようだった。
「ですが、数年前にハナメに見つかってから………彼女の血を吸わせてもらっています」
「なるほどな。じゃからハナメの血から濁ったような味がしたんじゃな?」
「え?ちょ、それどういう事ですか?」
「実を言うと、他の吸血鬼がよく血を吸う人間からは、濁ったような味がするんじゃよ」
「へぇ………一生知る事のないような話ですね」
サマディは感心しているのか、それとも無関心なのか分からないような曖昧な顔をした。
とその直後、もぞもぞ、と後ろで寝ているハナメが起き上がったような音がしたので、皆がそちらを見る。
「あれ………ここは、家?てか、宿屋の部屋?ナンでだ?ってうわぁ!お前、ナンでここに!?」
「すまんな。泊まらせてもらうことにしたぞ」
「こらハナメ。彼女達は、れっきとしたお客様だ。無礼な物言いはやめないか」
「え、あぁ………す、すんません」
どうやらカサミカに言われると、ハナメは弱いようだった。
「てか、そのチビのお嬢ちゃんは、どっから来た誰なのか、カサミカは聞いたのか?」
「いや、お客様の個人情報を聞くなど、言語道断だと思うがね」
「うーん、そうかな………」
(こうして見ると、普通の女の子ですね?)
(ああ。この街の人々も、心までは落ちぶれてはおらんのじゃろう?)
2人はヒソヒソとまた秘密裏に話し合った。
「てか、疲れたからもう寝るわ」
「あ、ちょっと!そこはお客様の―――」
「よいよい。ワシはもう寝る予定はない。元々吸血鬼は、夜行型じゃからな」
「そういえばそうですね!なんで昼に活動したり出来るんですか?」
「あーまぁ、それはそう言うものじゃからな」
「曖昧なんだ、吸血鬼って」
お客様のベッドのはずなのに大の字で眠るハナメであった。




