第九話 盗人と少女
光のほとんどない夜の街を、まさに疾風の如く走り抜ける。
先程魔力を飛ばして撒く事でこの貧民街の地形は大体把握出来たので、例の盗人を最短距離で追いかける。
あの盗人は恐らく、ルーシィと同じ魔法を使っている。
が、鍛錬の違いか、魔法の出来が圧倒的に違う。
ルーシィの一歩で盗人の5歩分は行き、それで持って魔力探知を同時並行していると言うのだから、力の差がわかるというものだ。
着実に距離を詰め、盗人が路地から広い道に出ようとした瞬間。
「そいつはお主の荷物じゃないよのう?」
狭い道を塞ぐように盗人の前に立ちはだかった。
「………ナンだよ、おまえ」
「なんじゃ?お主、若い女子じゃったのか?」
顔はよく見えないが、声はどう聞いても少女であった。
「………ナンでもいいだろ、どけよ!!」
と、次の瞬間、一直線に突進してくるが、それをルーシィは軽く両手のひらで受け止めた。
「おい、若くて血気盛んなのは良いが、戦う相手は見極めた方が良いと思うがのう」
「ナンだよ!?ナニしやがった!?」
頭を掴んでいるため、盗人はその場から動くことが出来ずにジタバタする。
「お主にも事情があるじゃろうから盗みを働いた事は咎めないから、お主がさっき盗んだカバンを返してくれないかの?」
「ナンだよ偉そうに!」
言いながら、頭を掴まれている事をいい事に、宙に浮いて足でルーシィを蹴った。
蹴られたルーシィは、仕方なく手を離した。
「全く、自分より年下の容貌の者を蹴るとはのう………これは、お仕置きが必要かもしれんな」
「う、うるせぇ!!」
盗人は後退りした後、両手を前にして目を瞑る。
いつぞやかにルーシィもしていた、魔法詠唱の構え。
「燃えろ!」
盗人がそう叫ぶと、両手の前に小さな火の玉が出てくる。
そしてその火の玉は、一直線にルーシィに飛んでいく!
が、ルーシィの体にぶつかる直前に、消失した。
「やはりお主は、この時代の人間にしては珍しく、魔法が使えるんじゃなぁ」
と、ルーシィはゆっくり言った。
「あ!?ナンで死んでねぇんだよ!?」
「あんなチンケな魔法で殺そうとする方が間違ってあると思うぞ?」
「チンケだぁ!?も、もう一度喰らえ!!」
今度は素早く火の玉を出し、ルーシィに飛ばす!
が、これもルーシィの目の前で消える。
「な、ナンで!?」
「これくらいの魔法なら、ワシが喰らうまでもない」
「は、はぁ!?どう言う事だよ!」
盗人は、尻餅をつく。
ルーシィの目の前で消えるのは、ルーシィが小さな魔法バリアを張っているから。バリアに阻まれて消えてしまうのは、魔法使いとしてのランクが低いから。
簡単な事だった。
「お主に特別に、魔法の使い方というものを教えてやろう」
ルーシィは一歩、一歩と歩いて、近づいていく。
その中で盗人は立ち上がり、逃げようとするがーーーー
ーーーールーシィの方が速い。
一瞬で間合いを詰めて、首根っこを捕まえて引き戻す。
そして勢いそのまま路地の壁に叩きつけ、
「火の魔法って言うのはな、こうやってやるんじゃよ」
と、ルーシィは持てる力のほとんどを費やし、右手の上に業火の火柱を作り出す。
天にも立ち上りそうな程の火柱は、まさに夜を照らす光。
辺り一体を包み込んでしまいそうな炎なのに、不思議と火事は起こっていなかった。
「あ、あぁ……?な、ナン、だよ……それ?は、反則、だろ?」
「この時代にも、お主のような魔法使いがいる事は嬉しいが………使う相手を間違えてはいかんぞ?」
ルーシィはそう言うと、手のひらの上の炎を消した。
「カバンは返してくれるな?」
そしてルーシィは、再度その質問をする。
盗人にしてみれば、返事は一つしか用意されてなかった。
「………分かったよ。返せばいいんだろ返せば!」
盗人は肩にかけていたカバンをルーシィにぶん投げた。
ルーシィはキャッチすると、その中身を調べ、ちゃんと財布やら資料やら諸々が入っているのを確認した。
ぶっちゃけローザンのカバンの中身をルーシィは知らないから、財布さえあればよかったわけでもある。
「じゃあの。強く生きるんじゃぞ?」
「………よけーなお世話だよ、クソ……」
ルーシィはそう言うと、魔法を使う事なく、ゆっくりと歩いて去っていった。
「ナンだよ、あのクソチビの化け物…………」
残された盗人は空を見上げて呆れ返るしかなかった。
☆☆☆☆☆
(調子乗って魔力使いすぎたのぅ……)
ルーシィはそんな事を思いながらとろとろ歩いていた。
眠りから覚めてから始めてまともに魔法を使える人間に出会ったので、少し気持ちが昂ってしまったのだった。
久々に大魔法を使ったから、血の消費が多かったのだ。
どれくらい歩いただろうか。
宿屋の場所は大体分かっている。
が、そこまで辿り着くまでの体力があるかどうかである。
(あ……だめじゃ、絶対無理じゃ……)
膝が震えている。
段々視界もぼやけてきた。
宿屋のまあまあ近くまで来てはいるが、辿り着けそうにない。
いつからか、足が上がらなくなっていった。
腹が減って力が出ないとはこの事かと、ひどく痛感したところだった。
そろそろちゃんと、自分の今持てる力の使い方というものを考え始めないといけないな、とルーシィは思った。
寝れば、ある程度は回復する。
だから、街の端っこによって、仮眠することにした。
なんとか這いつくばりながらも、路地の中に入っていく。
「ふぁ……ぁぁ……」
本当に疲れた時にしか出ないような欠伸が1つ出て、少しだけ休憩しようと思った時。
「ナンだお前、まだこんな所にいたのかよ」
少女の声が聞こえた。
ぼやけた視界で声のした方向を見ると、燃え盛るような赤い髪の少女がそこに立っていた。
「誰じゃ……?」
「お前、さっきあんだけカッコつけてた割に、今となっちゃ形勢逆転だなぁ、あん?」
少女の言ってることもよく理解できていない。
血が頭に回ってこないから、頭が働いてくれない。
「どこに行きたかったんだ?おまえ?」
少女の問いかけに、ルーシィは答える事はない。
少女は訝しげに、ルーシィに近づいた。
「ナンだ?限界ギリギリなのか?ナンなら、連れてってやろうか?」
少女は、壁にもたれかかって俯くルーシィに跨り、顔を覗き込もうとしーーーー
ーーーールーシィは紅い瞳で牙を剥いた。
正に、餌を求める獣の本能というべきか。
ルーシィは半ば気絶していたにも関わらず、少女の首元に寸分違わず飛びついた。
「痛ぇぇえ!?!?」
ただ、ルーシィは今回は強引に噛み付いたためか、いつものような患部を舐めるような動作はしなかったため、少女は苦しみに悶えた。
「……んく、んく……んく………」
「にゃ、ニャンだよ、おまえ………吸血鬼だった、のかよ……!」
ルーシィは血を吸うたびに、体の動きを取り戻していき、だらんとおろしていた両手で少女の体を抱きしめた。
そして両腕の力を強くしていき、がっちりとホールドした。
「ちょ、おまえ……吸い、すぎだよ………!」
「んく、んく………」
一気に血が切れたためか、それか見知らぬ人だからか、容赦なく血を吸っていく。
そんな時。
「あー!ルーシィちゃん、こんな所にーーーーって、その女の子誰ですかぁ!?」
サマディが駆けつけてきた。
「ちょ、ちょっと!とりあえず、離れてくださいよ!」
サマディはルーシィと少女に近づき、強引に引き剥がそうとする。
「……んく、んく……ぷはぁ!」
と、ルーシィは顔を上げて少女を離した。
口元から垂れた血を拭いながらルーシィはサマディを見る。
「おお、サマディ。ローザンのカバンを取り返してやったぞ?それに、誰か分からん少女から血を吸って、元気もマックスじゃ!」
「いや、カバンはありがたいですけど、誰か分からない人からちを吸っちゃダメでしょ!?」
「なんじゃ?吸血鬼とはそういうもんじゃぞ?」
ルーシィはへらっとして、悪びれる様子はなかった。
「おまえ……やっぱり、吸血鬼、ナンだな?」
と、虫の息の少女から掠れた声が聞こえた。
「って、不味いですよルーシィちゃん!早く、早くどこかへ………」
「なら、宿屋に、連れてって………くれ……」
そう言って、少女は倒れた。
「あれ、こ、これって………」
「心配するな。気絶しておるだけじゃ」
「あ、はぁ……なら良かったですけど………」
サマディはほっと胸を撫で下ろした。
そして、さも当然のように、サマディは少女を背負う。
ルーシィとのここまでの冒険で、サマディは、ルーシィは何も持つことのないという事を十分に知っていたからだった。
そうして、ルーシィとサマディは、宿屋へ向かう。
そして宿屋に向かう道中の話。
「其奴は吸血鬼の事を知っておったからのう。ちょうど行き先も一緒だし、宿屋に行って事情を………」
「ルーシィちゃん?」
心なしか、サマディの言葉がとても強いように聞こえた。
サマディの方を見ると、決して笑顔は崩さないが……なにやらその奥に、羅刹のようなものが見える気がする。
「な、なんじゃ?……ですか?」
「………さっき、とんでもない大魔法を使ってましたよね?」
「ギクッ」
「それで、その大魔法のせいで、血が切れてさっき道端で倒れてたんですよね?」
「ギクギクッ」
サマディの奥に見える羅刹が、なんだか燃え盛っているようにも見える。
「あ、あの、そ、それで盗人からカバンを取り返せたんじゃし?べ、別にいいのでは……って、ちょ、か、顔が!顔が怖い!」
「別に?笑顔ですよ?」
今のサマディの笑顔は、人間の笑顔ではない。
「………あのね、ルーシィちゃん」
「は、はい」
「魔法を使ったら目立つから、あまり使わない方が良いって言ってたのは、誰でしたっけ?」
「………ワシです」
「それなのにあんなとんでもなく目立つような炎の大魔法使ったのって、誰でしたっけ?」
「………ワシです」
「…………反省してますか?」
「………反省してます」
ルーシィがそう言うと、サマディの羅刹がふっと消えた。
ルーシィは小さな胸をそっと撫で下ろす。
大賢者をビビらせるとは、どんな奴だこの女?と、ルーシィはサマディを訝しんだ。
すると、今度はサマディは、申し訳なさそうな顔をした。
「はぁ………まぁ、私はルーシィちゃんに沢山お世話になってるんで人のこと言えないですけど、ローザン先生には後で謝っておいて下さいね?」
「………はい、分かりました」
本当に必要な時以外は、大魔法を使うのをやめようと心に誓うルーシィであった。




