プロローグ
今よりも、遥か昔。
幾千年も昔の、大魔法時代。
歴史の教科書に書かれている英雄譚の裏側のお話。
歴史の闇に葬られた、1人の大賢者のお話。
大賢者は、かつてその圧倒的なまでの魔力と知力によって、国の中枢として絶大な権力を誇っていた。
大魔法時代の王都において、魔法使いとしての資質は絶対的な力で、権力だったのだ。
彼は、自らの力の向上のための努力は常に怠らず、年老いてもなお、魔法の研究に尽力した。
だがその技術を公にする事はなかった。
なぜなら、技術を世間に広めれば、それを悪用する人間も少なからず現れる。あるいは、未熟な者がその技術を正しく使うことができなければ、大きな事故を起こしてしまうと考えたからであった。
そのため、研究によって生み出された技術は記録にも残らず、ただただ大賢者のみによって使われる事となったのだ。
そうして彼の力は益々増幅していき、ある時にはついに、皇帝の権威をも凌ぐ程となった。
彼の言葉は千里を超え、彼の権威は山をも越えるとまでに言われるほどであった。
が、しかし。
その権力が、彼の身を苦しめる事になる。
民衆からしてみれば権威の象徴に思える大賢者も、周辺の貴族、ないしは皇帝からしてみれば、単なる脅威にしかならない。
まだ大人しくしていても、もしかしたら、国家転覆を図るかもしれない。
そう考えた皇帝と周辺の貴族達は、大賢者を封印する事を決議した。
そして、ある日の夜中。
とうとうその作戦が決行される。
大賢者の住む王都の魔術院は、その王都の兵隊により囲まれ、火が投下された。
そして、王都の魔術軍によりその篝火は一瞬にして業火となり、魔術院を一瞬にして焼き払った。
皆が、あまりに上手くいった作戦に、拍子抜けしていたその時、業火の中から大賢者が飛び出した。
その大賢者の姿は、無傷。
長く蓄えた髭の少しも焼ける事はなかったのだ。
だが表情は恨みに歪み、両腕には魔力の塊を携えていた。
そしてその魔力の塊を軍団に投げつけたのを皮切りに、今日歴史の教科書になっている《王都大戦争》が開幕したのだった。
王都の魔術軍十万に対し、大賢者は味方などおらず、1人。
しかし、戦いは熾烈を極め、終いには魔術軍は三万程にまで減っていた。
どれだけの人数を投下しても、尽きる事のない大賢者の魔力は、残り三万の兵を投下しても到底勝てるものではなかった。
相手が悪すぎたのだ。
貴族達は反乱した事を後悔し、明日以降の責任の押し付け合いの前哨戦を始めようとしていた頃。
魔法の使えない、1人の兵士が、後ろから大賢者の体を突き刺した。
その兵士は、剣で貫く事など無意味だと分かっていた。
どれだけ剣で貫こうが、傷は、その無尽蔵の魔力によって修復されるからだった。
だがそんな事は分かっていながらも、殺された仲間のために、どうにか一矢報いようと思ったのだ。
しかし、皆の予想とは全く違う結果になった。
剣で貫かれた大賢者は突然悶え、口から血を吐き出し、体からは魔力が溢れ抜け落ちていった。
大賢者の突然の敗北に、動揺を隠せないながらも、それを好機とし、残った三万の魔術軍により、その大賢者を王都から遠く離れた祭壇に封印したのだった。
そうして大賢者に剣を突き刺した兵士を英雄とし、その英雄譚が今も歴史に刻まれている。
そして、2度とこの大賢者のような事を起こさない様に、魔法は広く禁じられ、王都によって定められた者のみが魔法を使える様になった。
しかも、その魔法も武器として使えるものではなく、生活の為の魔法だけとなった。
こうして、皇帝による平和な時代が訪れて、武力としての魔法は廃れ、広く生活に根付く魔法のみが魔術師達の手によって使われていく様になったのだった。
☆☆☆☆☆
「ーーーーなんて話を信じてここまで来ましたけど、本当にあるんですか?そんな大賢者の棺なんて」
とある山中、山登りをして足腰に限界がきた若い女研究者が不満げな顔で愚痴をこぼした。
前を進むのは、少し皺のある威厳のある顔のおじさんの学者で、歳の割に元気に山登りをしている。
「何を言ってるんだサマディ君。その大賢者の伝説は本物に違いないと学院では君もはしゃいでいたじゃないか」
「あれは………なんか、気の迷いですよ、ローザン先生」
「まあここまで来たんだ。目的地まで後もう一息だぞ」
「……はぁい」
サマディと呼ばれた女は、腑抜けた返事をローザンへ送る。
サマディは、ここへ来る前に発した自分の言葉を早速後悔していた。
愚痴を垂れながらもなんとか足を前へ動かして、山を登っていく。
そして、山頂。
少しだけ気温も下がってきて、空気も心なしか薄くなってきた頃、とうとう山頂へと辿り着いた。
「やっと着いたー!」
「待ち給えよ、まだゴールじゃないんだぞ?」
「………分かってますよ」
そう2人は、山頂に着くことが目的ではなく、この地に眠る大賢者の棺を見つけ出し、この英雄譚の裏に潜む大賢者の伝説の真相を明かすということが目的だった。
と、2人は山頂を少し進むと、1つの墓を見つけた。
かねてより、誰の墓かも分かってない様な墓だが、不思議といつきても綺麗にされてあった。
だが、誰1人としては、この墓に興味を示す事はなかった。
「確か、この辺に………」
ローザンは、墓の裏側と思われる方を手で探る。
と、カチッ、と何かが鳴り、墓の一部がへこんだ。
「何の音ですか?今の」
「いや、何か、ボタンの様なものが……」
次の瞬間。
ゴゴゴゴゴ…………
と、突然地面にぽっかりと穴が空いた。
そしてその先は、階段によって下に降りられる様になっていた。
「な、ななな、何ですかこれぇ!?」
「まさか………!伝説は、本当だったんだよ!」
「てことは………まさかここが!?」
伝説の祭壇。
幾千年もの昔。
誰よりも強く、誰よりも偉大な大賢者が封印された祭壇。
闇に葬られ、人々の手によって英雄譚の裏に封じ込められた、本当の英雄になるはずだった大賢者による物語が、今、始まろうとしていた。