無能と蔑まれて追放された彼は英雄になって帰ってきた
早朝。日課である花の水やりをしていると聞きなれた声に名前を呼ばれた。
振り向けば予想通りの顔。だけど何時もよりその顔が曇っていて。
また何かあったのかと、いつもの様に店内へ招き入れる。
「朝ごはんはもう食べた?食べてなかったら一緒に、」
「パーティから追放された」
私の言葉を遮って、彼はそう言った。
絶望と悲しみと怒りを綯い交ぜにした顔で。諦めが滲んだ声でそう言った。
「な、何で」
「僕は無能だから邪魔なんだって」
「邪魔って……!シリルがどれだけパーティに貢献してきたと思ってるの!?」
「……そう言ってくれるのはマリー達だけだよ」
今にも泣いてしまいそうな笑みを浮かべるシリルに歯噛みする。
下位職だからって何かと難癖をつけてシリルを傷付ける彼のパーティメンバーに腸が煮えくり返っていたが、今日は何時もの比じゃない。馬鹿だ馬鹿だと思っていたけれど、本当に馬鹿すぎて腹が立つ。憤死しそう。
「…………だから最後にマリーに会いに来たんだ。いっぱいお世話になったし、……こんな僕にも優しくしてくれたから」
最後。不意に投げられた言葉が際限なく湧きあがっていた怒りに水を差す。
咄嗟に行かないでと、喉元までせり上がってきた言葉を必死に飲み下した。
……言えるわけがない。こんなに憔悴して、触れたら壊れてしまいそうなシリルに傍にいて欲しいからここにいて、なんて。
だけど、……だけど。じわじわと表面に出てくる仄暗い感情が抑えられない。
好きだから傍にいて欲しい。一緒にいたい。そう思うのは間違いなんかじゃないはずだと自分を正当化してしまいそうになる。正当化して、自分勝手にシリルを引き留めて、私だけが幸福を感じる。
何て幸せで。何て愚かで。何て醜悪なんだろう。
自己嫌悪に陥りながらも私の口は欲に忠実で。薄っぺらくて偽善に満ちた言葉を並べていく。
「……ねぇシリル。貴方は自分が思ってるよりもずっと、ずっと凄いの。状況判断力は群を抜いてるし、スキルだって魔力量だって、他の人とは比べ物にならないくらい持ってる。それにどこまでも真っすぐで誰よりも優しい人よ」
優しく、優しく。壊れ物を扱うみたいに優しく。真綿で包む様に優しく。慰めるフリをしてシリルを引き留めようとするのを隠した、優しい声と態度で。私だけはずっと味方だよと示す。
「…………でも、僕は下位職の回復士だ。上位職の神官じゃないから」
まるで私の汚い感情を察知したのかと思うようなタイミングで出された言葉に指先が冷える。
私はこれだけは、この話題だけはシリルの味方になれない。
職業とスキルは神様からの贈り物として、十歳になったら貰えるもの。どんな職業やスキルが貰えるかは運としか言い様がないし、どれだけ願っても変わる事はないのだ。
だから形ばかりではあるけれど、上位職である私には職業関係でシリルに寄り添う事は出来ない。出来たとしても、それこそ形だけだ。
息を吸って、吐く。気持ちを落ち着かせて、口を開く。
「大事なのは上位職とか下位職とかじゃなくて持ってるスキルと立ち回りだよ。神官でも使えるスキルを持ってない人とかいるでしょう?それに比べてシリルは【回復】とか【状態異常回復】だけじゃなくて【大回復】とか【範囲回復】とかバフ系のスキルとか他にもいっぱい持ってる。立ち回りだって凄く上手いって聞いたよ」
そっとシリルの両手を包む様に握る。人柄が滲み出た柔らかな若草色の瞳は、今は迷子の子供の様に不安そうに揺れていた。
「シリルは凄い。回復士としても、人としても。そんな貴方に私は何度も救われたの」
仕事が上手くいかなくて泣いていた時も、励まし続けてくれた。一緒にどうすればいいか考えてくれた。
暴漢に襲われかけた時も純粋な戦闘職じゃないのに何の躊躇いもなく助けてくれた。
熱を出したした時、ダンジョンから帰ってきたばかりだと言うのにずっと看病してくれた。
「貴方は私の英雄だよ」
ぽろぽろと彼の目から大粒の涙が落ちていく。理不尽に晒され続けて尚、これまで涙を見せなかった彼の涙に胸が軋んだ。
「ご、ごめ……!」
泣いてる顔を見られたくないのか、両手で顔を隠したシリルに着ていた上着を彼の頭を覆う様にかけた。
「……見てないから、安心して泣いちゃいなよ」
さっきよりも距離を詰めて、背中をさする。
…………ごめんなさい。酷い事をしている自覚はあるの。だけど私は、貴方のそばにいたい。
「マリーちゃん、シリル君。ご飯出来たからこっちにいらっしゃい」
シリルが泣き止んだタイミングで、店の奥から私達を呼ぶ声がした。
「行こうシリル」
上着はそのままにシリルの両肩を押しながら歩く。
「わっ、ちょっと待ってマリー!前が見えないよ!」
「大丈夫大丈夫!舵取りは私に任せなさい!」
罪悪感を消す様に笑いながら、シリルを席に座らせた。
「おいおい、危ねぇだろ。転んだらどうすんだ」
「アランの言う通りよ?怪我をしたら私かシリル君が治せるけど、痛いものは痛いでしょう?気を付けましょうね」
店長であるアランさんには呆れた様に肩を竦められ、アランさんの奥さんであるクレアさんには窘められる。
「ごめんなさい」
「すみませんでした」
二人同時に頭を下げれば、アランさんにぐしゃぐしゃと髪を撫でられた。
「ちゃんと謝れて偉いな。ほら、反省したらさっさと食べるぞ。料理が冷めちまう」
「うん!頂きます!!」
私もシリルも十六歳でちゃんと成人してるんだけど二人は未だに私達、主に私を小さい子供みたいに扱う時がある。
歳は八歳しか変わらないし、私達に血の繋がりはない。それでも八歳の頃に私を拾ってくれてからずっと。血が繋がっていない私をずっと大切にしてくれて。本当の子供みたいに愛してくれて。
だから子ども扱いされるのはちょっと気恥ずかしいけど、それ以上に嬉しい。大人になっても変わらずに大事にしてくれてるんだって実感できるから。
温かい気持ちになりながら湯気の立つ野菜たっぷりのスープを飲む。
さっきまでの悲愴感漂う雰囲気はきれいさっぱりなくなって、シリルは楽しそうにアランさん達と談笑していた。それにほんの少し焦燥を感じてしまって、また自己嫌悪に陥る。
……本当にどうしようもない。自分がここまで醜い人間だったなんて知りたくなかった。
「シリル、ここから出るならベルニエに行け。この国で一番ダンジョン数が多いし、何より色んな奴が集まる」
沈みかけた思考がアランさんの言葉によって遮られる。
息を呑んだのは、私か。それともシリルだろうか。
体感的には数分。だけど実際には数秒くらいの重い沈黙を破る為に、動揺して引き攣る口を動かした。
「…………アランさん。今はご飯中だし、その話は後でいいんじゃない?」
「……今じゃなきゃダメだから言ってんだ。後で、なんて言ってたら動けなくなるだろうが」
「でも、」
「マリーちゃんの気持ちもよく分かるわ。だけどね、これはシリル君の為なのよ。……きつい事を言うけれど、貴方はここにいてはいけないの。自分でも分かっているでしょう?」
今のシリルにはかなり堪えるだろう。酷い酷いと小さい子供みたいに喚く事が出来れば良かった。
だけど、私よりもよっぽどシリルの事を考えている二人にこれ以上何も言えない。シリルも二人が本当にシリルの事を思って言っているのが分かっているから、黙って話を聞いている。
「逃げるなシリル。お前がなりたかったのは負け犬なんかじゃないだろう?」
アランさんの試すような物言いに、頼りなげに揺れていた瞳が見開かれる。
まるで何か、大切な事を思い出したかの様に。
ついさっきまで今にも消えてしまいそうだった弱い光が、圧倒的な熱量を取り戻して鋭く輝いた。
「シリル君、ベニエルに着いたらこの人の所に行ったらいいわ。きっと貴方をもっと成長させてくれるから」
差し出された一枚の紙を大事そうに受け取ったシリルが、静かに頭を下げる。
「……ありがとうございます」
「ふふっ!お礼なんていらないわ。ねぇアラン?」
「あぁ。軟弱者に渡す気なんてねぇからな。欲しいなら死ぬ気で頑張ってこい。俺達はずっとここにいるからよ」
「……はい!」
よく分からない会話を繰り広げた後。シリルはもの凄いスピードで残ったご飯を食べて、そのまま風の様に出ていってしまった。
止める暇もなかった。
「寂しくなるな」
そう言って私の頭を撫でたアランさんに。そっと私に寄り添ってくれたクレアさんに。どっと後悔が押し寄せてきて、涙が止まらなくなった。
後日、私宛にお礼も言わずに出て来てしまった事の謝罪と無事にベニエルに着いた事の報告。あとはこれまでの感謝を何枚にもかけて綴られた手紙が届いた。
シリルがいなくなって三年が経った。
私は錬金術師として回復薬や魔力回復薬を作ったり、アランさん指導の下、新薬の開発に勤しんでいる。
出来る事も増えて任せてもらえる仕事も増えた。忙しくても充実した日々。
その充実した毎日と比例するかのように、シリルから送られてくる手紙が減っていった。
何度も読み返してよれてしまった手紙。それをいつもの様に寝る前に目を通す。
ベニエルで出来た新しい仲間の事。ダンジョンの事。日常。楽しいと、幸せだと読んでいるだけで分かる踊るような文字。
手紙を読むたびに。俯いて、縮こまって、顔色を伺いながら最後尾を歩いていたシリルはもういないのだと突きつけられる気分で。
本当なら、と言うより普通なら。シリルが幸せになった事を喜ぶべきなのだ。大切な仲間が出来た事を祝福するべきなのだ。
それなのに私は、喜べない。幸せになったシリルを。少し離れたこの町にすら届くシリルが所属するパーティの活躍を。
上位職でもそんなにスキルを持ってない平凡な私と新進気鋭の今この国で最も注目を集めている冒険者パーティのメンバー。どんなに全力で走ったとしてもきっともう追いつけないどころか、影すら見えない程遠い距離。
……三年。たった三年でこんなに離れてしまった。
九歳でシリルと出会ってから七年間。離れている時間の倍以上。
四六時中一緒にいた訳ではないけれど、それでも私達が励まし合って進んできた時間は。思い出は。たった三年で距離を感じてしまう位の薄っぺらいものだったのかと自問して。してしまって。
その事に心の奥にある、柔らかい部分を抉られた様な痛みを覚える。
それと同時に顔を覗かせたのは、何としてでもここに引き留めていたらこの耐えがたい痛みを感じずに済んだだろうか、なんて最低で自分勝手なあの日散々後悔した感情で。
あの日、泣くほど後悔したはずなのに。シリルの幸せを願うと言い聞かせてきたはずなのに。
もう二度と出てこない様に心の奥底に沈めた汚い感情が、あっさりと私を飲み込む。
だからだろう。そんな私だから、罰が当たったのだ。
今朝届いた朝刊に大きく取り上げられた記事を見て、息を呑む。その記事にはシリルのいるパーティが先日突如現れた邪竜を討伐したと、新たな英雄が誕生したと、そう書かれていた。
町中がお祭り騒ぎになる中で、ポツンと。独り暗闇に取り残された気分。もしくは崖から突き落とされた様な、そんな気分だった。
喉元に込み上げてくる熱を必死に飲み込んで、自分の身体を抱きしめる。
……ごめんなさいシリル。
貴方の成功を喜べなくてごめんなさい。
慰めるフリをして、貴方を引き留めようとした卑怯な人間でごめんなさい。
泣いて、泣いて。涙が枯れるんじゃないかってくらい泣いても、この汚い感情は私の中に積もっていくばかり。ちっとも流れていってはくれなかった。
シリル達が邪竜を討伐してからもう一か月も経っているというのに、未だに頻繁に話題に上がるシリルの名前。毎度毎度、ご丁寧に痛みを覚える胸に苦痛を感じる。それなのにシリルの話題になれば耳を傾けてしまうのだから、本当にどうしようもない。
「そういえばシリル君!この町に来るんですって!!」
そんな鬱々とした気分で過ごしていた私に、常連のお客さんが唐突に告げた。
シリルに、会える……?
「あ、あの!何時頃帰ってくるか分かりますか!?」
「ん~?あたしも詳しくは知らないのよ。ただベニエルはもう発ったって聞くわ。移動手段次第だけど、一週間もあれば着くんじゃない?」
高ランクパーティだし、個人の馬車とか持ってそうね!ほんっと羨ましいわ!あたしのパーティ何て辻馬車よ!?と段々愚痴化していく常連さんに相槌を打ちながら考えるのは別の事。
……シリルが帰ってくる。三年ぶりにシリルに会える。…………会いたい。シリルに会いたい。
でも会うのが怖い。会って、私の汚い感情を見透かされたら?私の知らない顔をしていたら?
そう考えたら会いたいのに、怖くて怖くて仕方が無い。
「……どうかした?」
「…………すみません。何でもないです」
しまった。今は仕事中だ。しっかりしないと。
「そ?ならいいんだけど。じゃあそろそろ帰るわ。また来るね」
「はい。またのご来店をお待ちしてます」
どろどろ渦巻く思考を振り払って、笑う。笑って、常連さんを見送ろうとドアを開けて。
「………………あ、」
思わずと言ったように零れた間抜けた声は、一体どちらのものだろうか。
「…………えっと、久しぶり?」
柔らかく細められる若草色の瞳も。照れた時に耳を触る癖も。
三年前と変わっていないシリルがいて。
そのことに酷く安堵して、泣きそうになった。
常連さんを見送った後。ドアの近くから動かないシリルを店の奥に押し込んで、いつもの席に座らせる。
「……元気だった?」
聞きたい事とか話したい事は沢山あった。だけどそのどれも出てこなくて、言葉に詰まる。何か言わなくてはと焦って、何とか出てきたのはそんな言葉だった。
「…………うん。元気だったよ。マリーは?」
「私も元気だったよ」
「そっか。……えっと、急に来てごめんね。それと手紙出せなくてごめん」
「忙しかったんでしょう?仕方がないよ」
シリルは忙しいから、仕方がない。手紙が減ってから何度も自分に言い聞かせていた言葉だ。
でも本当は何でって、思ってた。
私の事どうでもよくなったのって、聞いてしまいたかった。
恋人でもなければ、想いを伝えた事もない。だというのに独占欲だけは強くて、まるで恋人気取りな自分が嫌になる。
「……ここ一年くらい早く功績が欲しくて何週間も難関ダンジョンに潜ったり、辺境に魔物狩りに行ったりしたんだ」
こんなの言い訳にしかならないんだけど。と身体を小さくして頭垂れるシリル。
貴族や大商人になると個人で手紙転送魔道具を持ってたりするけど、値段が値段だ。平民は町で手紙を出すしかない。
つまりシリルは、そんな中でも態々町に行って手紙を出してくれていたと言う事で。
申し訳なさで潰れてしまいそうになる。
だけどふと、シリルの言葉に違和感を覚えて首を傾げた。
「…………功績?」
名声とか。権力とか。そんなものとは無縁で、興味なんてなさそうだったのに。
「あっ、……えーっと。うん。…………功績が欲しかったんだ。僕の仲間がね、豪商の娘と付き合ってるんだけど。ほら、ただの平民だと豪商の娘と結婚なんてさせてもらえないでしょ?他のメンバーも名誉とかお金とかが必要だったから、手っ取り早く難関ダンジョン踏破とかランクの高い魔物の討伐とかして功績を稼ごうって話になって。それで、色んなとこを回ってたんだ。邪竜討伐が成功したのは完全に運がよかったってだけなんだけどね。でもそのおかげで仲間は結婚を許してもらえたし、他の皆も欲しいものが手に入った。だから一度パーティでの活動をお休みして、それぞれ好きな場所に行く事になったんだよ。本当は手紙出してから来る予定だったんだけど、我慢出来なくて飛竜でかっ飛ばして来ちゃった」
焦っているのか何なのか。捲し立てるシリルに気圧されながら黙って耳を傾けていたけど、突然黙り込まれて困惑する。
当の本人は何故か顔を赤くして、しきりに耳を触っていて。
……ここはシリルが話すのを待っている方が良いだろうか。
長い沈黙の後。何も置いていないテーブルの上をうろついていた視線が、ゆっくりと上げられて、私を見据える。
「マリー。僕がパーティーから追放された負け犬から英雄なんて呼ばれるようになったのは君のおかげだ。もちろんアランさん達の協力がないとここまでこれなかった。だけど僕が今まで頑張ってこれたのは辛い時にずっと背中を押し続けてくれたマリーのおかげなんだ」
「……それはシリルが頑張った結果で、私は何も」
だって私がシリルを慰めていたのは、純粋な善意だけじゃない。
私は物語に出てくるヒロインの様に優しくもなければ、自分の恋が叶わなくても相手が幸せになればいいだなんて思えない薄情者だ。
「マリーでも否定してほしくないな。僕はマリーがいなかったら負け犬のままだったし。……それでね。……えっと。…………勇者にはなれなかったけど、僕と付き合ってほしいんだ」
あまりに唐突で。しかも自分に都合のいい言葉が聞こえた気がして。
一旦落ち着こうと、シリルの言葉を反芻して気になったのは。私の好きな物語に出てくる主人公。
「……何で、勇者?」
「マリーは勇者と結婚したいって言ってたでしょ?だけど僕の職業は回復士でアランさんみたいに勇者じゃなかった。だからせめて物語に出てくる英雄になろうと思って……」
ぐっと拳を握りしめて力説するシリルに頭が付いていかない。
ちょっと、待って欲しい。
確かに私は勇者と結婚したいと言った。言ったけれども、それは九歳の時の話だ。
子供は誰だって一度は勇者に憧れるだろう。
困っている人がいたら手を差し伸べて、かっこよく敵を倒すのだ。その上身近に本物のかっこいい勇者がいたら、憧れない方が無理な話で。
憧れをちょっと恋と勘違いしてしまっただけの、子供の戯言だろう。
多くの人は馬鹿らしいと笑うに違いない。子供の戯言を真に受けて、命を懸けるなんて。
だけどシリルは、それを今の今まで信じて、本当に英雄になって帰ってきた。
「あの日、本当はマリーに引き留めて欲しくて会いに行ったんだ。無能って言われて捨てられた僕でも、優しいマリーなら絶対僕を捨てない。ここにいていいよって言ってくれる。そんな事考えちゃう様な甘ったれで卑怯な僕だけど、それでも君が好きなんだ」
「…………私、シリルが思ってるような人間じゃないよ。優しくなんてない。確かにあの日、シリルを引き留めようとした。だけどそれは私がシリルの傍にいたかったからだよ。優しさなんかじゃないの。寧ろシリルが弱ってる所に付け込む様な最低の、」
言い終わるより先に前よりがっしりした身体に抱きしめられる。
「嬉しい。マリーも僕と一緒にいたいって思ってくれてたんだね」
シリルの弾んだ声が鼓膜を打つ。
「……一緒にいたい。シリルが好き。でも私、シリルの幸せを喜べなかったの。だからシリル達が邪竜を討伐したって新聞で読んで、あぁ罰が当たったんだなって思った。卑怯な事考えてるからシリルが手の届かない所に行っちゃったんだって」
「そんな事言ったら僕だって。もしマリーに好きな人とか恋人がいたらどうやって奪おうか、とかいっつも考えてたよ。アランさん達に手紙でマリーに男の影がないか確認してもらってたし」
シリルらしからぬ発言に顔を思わず上げる。
「それにさ。それって普通の事だと思うんだよね。だって好きな人の幸せは自分が作ったものであって欲しいし、人間なんだから嫉妬だってするし独占欲だってある。マリーの好きな恋愛小説みたいな恋は確かに素敵だと思うけど、普通の人には難しいんじゃないかな。誰だって一番可愛いのは自分なんだから」
「…………そういうもの?」
「そういうものだよ」
そうか。私のこの想いは捨てなきゃいけない汚いものだと思い込んでいたけど、持っててもいいんだ。
「…………ありがとう、シリル」
「ん?どういたしまして?」
にこにこと上機嫌に笑うシリルを見てやっと肩の力が抜けた。
「マリーの事幸せにするからね」
「そこは一緒に幸せになろうね、じゃないの?」
「ふふっ、そうだね。一緒に幸せになろう」
柔らかく微笑んだシリルにつられて口元が緩む。
私の英雄が、帰ってきた。
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