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☆7 デートの待ち合わせ




「だらしなく、にやけちゃって馬鹿みたい」

母の死から二か月が経ち、辛辣な言葉に振り返ると、半目になったマティルダがモップを手に立っていた。

朝から。玄関の豪華なシャンデリアの下で、タイルを磨いていたらしい。



「マティルダ。最近、少し呪いの調子がいいんだ」


「そりゃああたしが日夜頑張っていますからね! もう、何よちょっとは有難みくらい感じたらどうなのさ」


「そうだな、メイド業務の賃金を上げられるか考えてみよう」


頬を膨らまし、マティルダは地団駄を踏む。


「なにが労働さ! 確かにメイドになったのはあたしの提案だけど、このままじゃ働かされ損だよっ」

「そもそも働かせるために雇っている建前だ、仕方あるまい」


「どうして呪いの解呪とメイドで二重に働かなくちゃいけないのよ!」

ぷりぷり怒りながらマティルダは俺に詰め寄ってきた。そして、持っていたモップの柄でジークシオンの首元に剣のように当て、眉を吊り上げる。


「たまには~、あたしに褒美を寄越しなさい……っ」

「……分かった、俺が悪かった」

「分かってるとは思えないんだけど!? そもそもアンタは誠意ってやつが!」


これは長丁場になりそうだ。

チラリと時計を見て、俺は冷や汗をかきながら提案をした。


「そうだな……、だったら、菓子でも買ってきてやろうか?」

「お菓子?」


魔女の目が輝く。


「ちょうどリリュカと外に行く約束をしていたところだ」

「へーえ、ふーん、あっそう」


「……何か?」

魔女は舌を出し、じっとりとした目つきでこう言った。


「それって、つまりはデートってこと?」

「な…………っ」


俺は言葉を失った。

羞恥にみるみるうちに顔が赤くなるのが自分でも判った。そんなこちらを見て、マティルダは「あーやだやだ、まだまだ青い子どもが一人前の面してデートだなんて」と悪態をつき、舌打ちをする。

そうしてから、うんざりしたようにモップをバケツに突っ込み、億劫がりながらタイル磨きを再開した。


「……マティルダ。デートとは、一体何をすれば良かったものか?」


「そんなのご自分で考えなさいな。女の子が好きそうなものくらい分かるでしょ」


「俺の記憶にある限り、女が喜びそうなものは金の浪費か権力か賭博くらいしか思いつかん」

「まっさかご冗談を」


マティルダの灰色の瞳がこちらを向いた。

そうしてから、呆気にとられたように魔女は呟く。


「……あらやだ、この子ったら本気で云ってるんだわ」

「だったら悪いか」


ジト目を送ると、マティルダは頭が痛そうに俯く。しばらく唸り声を上げた後にようやく、こうあっけらかんと云ってのけた。


「分かったわ。アンタって、頭が良さそうで実はすごく童貞こじらせてたのね!」


ひどく無邪気に胸が抉られる暴言だった。

俺の頭のどこかがプチっと切れる音がした。それと同時にクスクス笑った肩乗りリスを、思わず投げ棄てたくなる衝動に駆られたのは致し方あるまい。






昼前の午前に、俺は屋敷の前でそわそわとリリュカを待った。

彼女は一体どんな服装でやってくるだろう。今日はこっそりお忍びで街中を散策する約束をしていたのだが、リリュカはこの用事を少しは意識してくれているだろうか。

デート。……デート、か。

平静を務めようとしても、頭の中は真っ新に白紙になってしまっている。

……いや、これではいけない。貴公子たるもの、女の子一人エスコートできなくてどうするのだ!

待っている間、時間がやけに長く感じられる。

早くその瞬間が訪れればいいのに――。そんな贅沢な願望を抱いた時のことだった。


「ジークシオン様!」

「…………え?」

気のせいか? 今、何か違和感があった気がする。

馬車が轍を踏む音も、馬のヒズメも聞こえないままに、まるで突然不意に男装少女が自分の隣に現れたのだ。


「り、リリュカ!?」


「はい? 何かおかしなことがありましたか?」


いやいや、落ち着け。

きっと俺は、よっぽどぼうっとしていたに違いない。婚約者の到着も気付かないくらいに無意識の思索に耽っていたのだ。そういうことだ。

冷静になって視線を目の前の少女へと送る。腰に鞘に入った子ども用の剣を下げ、亜麻色の髪は後ろで一つにリボンで結ばれている。服装は今のジークシオンと似たグレードの少し裕福な平民に見える格好をしていた。


残念なのは、彼女がいつものように男装を選んでしまったことだろうか。

いつもと同じように人好きのする瞳は輝石のように光を反射しており、愛らしい瞬きをしている目と目が合った途端にこちらの耳元が熱くなった。


「……お、遅かったな」

「申し訳ありません、これでも早めに屋敷を出たのですが。まさか長くお待たせしてしまいましたか?」


「俺がお前なんぞの為に無駄な時を浪費するはずがないだろう!」


「そうですか、それは良かったです」

そう返事をすると、リリーは少し不安そうな顔になった。


「あの……もしかして、今日の予定もご迷惑になっていませんか」

「ふん、お前ごときが一時でも俺という偉大な存在を煩わせることができると思うな」


「ふふ。少しは楽しみにしてくれていたみたいで良かった」


そう笑いかけられ、ドキリ、俺の心臓は一拍音を立てて大きく脈動した。

今日も今日とて暴言の呪いが俺に仕事をしてくれている。よくもまあこんなに酷い言葉ばかりを吐く男と一緒に出掛けてくれるものだと冷や汗をかかざるを得ない。


本当は、この目の前の少女は聖女か天使の生き写しではないだろうか。いつか矮小である人間の自分を置いて天へするりと逃げてしまうのだとしたら、俺は何があろうとそれをみすみす看過してやることなんてできない。


「……今更、諦めることなどできるか」

「はい?」


「いや、なんでもない」

浅く息をつき、俺は口端を上げた。

まだ、まだだ。さよならはまだ早すぎる。





「それにしても、弟の誕生日のプレゼントを探したいとは……」


「これで三歳になるんですよ!」


馬車に乗り、隣で座っているリリーは瞳を煌めかせながら、一生懸命に幼子の可愛らしさを伝えようとしてくる。その身振り手振りをしている彼女の様子を見ていたら、俺はなんだか穏やかな気持ちとなってきた。

速く通り過ぎていく車窓からの景色。抜けるような青空に金色の小麦畑。ゆっくりと回転している風車。だんだん増えていく家々と飛び去っていく小鳥。

そんな景色を眺めながら、馬車の中でリリーのお喋りをゆっくりと聞いた。

思わず、俺は疑問に感じたことを訊ねる。


「疎ましくはないのか? 年の離れた弟のことを」


なかなか意地悪な問いをした。案の定に彼女は、少しだけ俯く。


「……いいえ」

「でも、その弟が産まれなければお前がローズレッド家を継ぐ予定だったのだろう。その為に男装を始めさせられたのではなかったか」


「……。正直を云うと、少しホッとしているんです。私の立場は、本当ならそんな風に扱ってもらえるような立場じゃなかったから」

「それは、お前が庶子だからか」


リリュカは、視線を馬車の床へやる。

曖昧な答え。少しだけ胸の奥がざわめく。俺が近づこうとすると、砂利を踏んだ馬車の中がぐらりと揺れた。


「…………!」

後頭部が振動で壁にぶつかりながら、俺は思った。


……彼女は、何かによって負った心の傷を隠している。

直観によって気付いた真実に、俺は予想外に不安になった。


「リリュカ……、」


「僕は、これで良かったんだって思っています。弟のことは本当に可愛いんです」

「…………」


だったら、どうして彼女はこんなに不器用に笑うのだろう。

悲しそうに、睫毛が揺れるのだろう。

どうして、大人の事情で振り回された彼女を見てこれ以上もなく切なくなるのか。


「皮肉だな。現実なんて、いつも不都合なものだ」

「え?」

俺の言葉に、リリーが目を見張った。


「お前だけじゃない。俺だって思い通りにならないこともある。手に入らないものや、諦めるしかなかったこと、そんなものばかりで溢れている」

「ジークシオン様が?」

嘘でしょう、そんな風に彼女の口は動く。


「嘘なものか。失ってきたもの、そればかりを未だに夢に見るんだ」

「そっか……」

つい先日の母の訃報。彼女はハッとしたような顔になった。

けれど、むしろ俺が思い浮かべていたものはそれとは全く違う。


……咲いた花が降るように散って。

大人になって、誰よりも綺麗になって死んでいった君の後ろ姿だったんだ。




「……お前も、頑張って生きてくれて良かった」

呪いの力が弱まったのか。自然と言葉は口をついて出てきた。


「お前に会えたこと、それ自体は別に悪かったとは思わない」

少女は驚きに、息を呑んだ。


「……わ、私は、」

「分かってる」

俺はくしゃりと笑った。

この耳で聴かなくても、知ってるんだ。

――お前が俺のことを好きじゃないことぐらい、もうとっくに判ってる。




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