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☆4 茶会




今日はリリーと待ち合わせをしている。

けれど、なかなか彼女はやって来ない。遅刻をしているのだ。


二人で顔なじみが来る茶会に行く約束をしていた。勿論、言い出したのは俺たちの父親だ。

今回のティーパーティーは比較的同世代の子どもが集まってくる。リリーはいつもと同じように男装で来るだろう。どんな姿をしていても彼女らしければいいと思うが、またドレスを身にまとっている姿もそれはそれで見てみたいものだと思った。


「……すまない、遅れてしまった」

息を切らして馬車からリリーが降りてくる。

麗しの男装の令嬢。慌てたようにやって来た彼女に、俺は視線を逸らした。


「いや……別にいい」

「でも、待たせたでしょう」


「いいんだ」

「小さなご友人もこんにちは」


俺の肩乗りリスがチュッと鳴いた。

こんな小動物よりも君の方がよっぽど可愛い。そんな恥ずかしい言葉を口走りそうになり、


「……相も変わらずお前は不細工な面をしている」

出てきた台詞は盛大にマイナス方向に舵を切った。


「ああ、うん」

若干傷ついたようにリリュカは笑った。


違う。言いたいことはそうじゃないんだ。

本当は、もっと褒めてやりたい。勉強に励んでいることも、剣の修行を頑張っていることも、領民に優しいところも、今日も笑顔が愛らしいところも。

探せば探しただけ、リリーの良いところばかりが思い浮かぶ。盲目的にお互いに溺れてみたいと黒い欲求が生まれそうになる。


(……そうか。――――これが恋なのか)

その亜麻色の髪に触れてみたくなって、指先を伸ばそうとする。

しかし、虚しく空を切った。

胸の奥を締め付けられるような思いになって、この指は彼女の下へは届かなかった。


「……リリー」

「はい?」


「ブスはブスでも、今日は随分マシな不細工だ」

「…………」

沈黙が痛い。

ちょっぴり怒った顔になったリリーは、俺を無視して先へと歩いて行った。





リリーが口をきいてくれない。

会場についた彼女は、大勢のレディーのファンに囲まれることとなった。リリュカは気付いていないようだが、一部の女子はうっとりとしている。


「こんにちは、麗しの皆さん」

そうリリーが気取った挨拶をすると、黄色い悲鳴が上がった。

俺の方はというと、馴染みの野郎に囲まれる。肩に乗っているリスはどうしたのかと訊ねられたので、曖昧に新しいペットだと誤魔化しておいた。

近頃、俺自身よりリスの方が人気が高い。盛大に羨ましがられたので、さりげなく自慢をしてやった。


「国外から取り寄せた小動物でね。滅多に手に入らないんだ」


「金色のリスだなんて羨ましいなあ」


死ぬほど呪われれば手に入るぞ。

ゴホンと気まずく咳払いをした俺に、近づいてくる一人の少年がいた。

一度目の人生では俺の悪友だったカーズ・ルベルクだ。こいつの性格はあまり良くない。ずるいことやこすいことが大好きで、弱いものがいれば俺の子分であることを笠に着て好き放題やっていたらしい。

隠れて悪いことをやっているのは噂では俺も知っていたが、そこまで大した問題ではないと思って放置していた友人だ。


「へへ、ジークシオン様」

「カーズ」


「この度はご婚約おめでとうございます」

なにやらきな臭い匂いがする。

ニヤニヤとした下卑た顔をしたカーズが、大きな声でこれ見よがしに言う。


「しっかし、まさかジークシオン様ともあろう方があのような程度の女と婚約を結ばれるとはおもいませんでしたよ!」

「あのような女?」


「ローズレッドの庶子ですよ! まったくジーク様に釣り合うことのない男女のことです」

「…………」

俺は思わず閉口する。

流石、というべきか。案の定これだ。前回の俺の腐った人間関係の破綻感がすごい。


「ジーク様なら、もっといい女が山ほどいたでしょうに! ローズレッドの脳筋女などを相手になさるおつもりなら、我が家の妹の方がより淑女らしく……」


「おい、カーズ」

不機嫌になった俺は、低い声で告げた。


「お前は、いつ俺様の愛称を呼んでもいいような仲になった?」


「……えっ」


「答えよ、ルベルク」

鳥肌が立つほどの殺気を溢れさせ、俺は訊ねる。


「そ、そそそ、それは! しかしながら、はい!」

「歯を食いしばれ」

勢いよく、俺はカーズの頬を殴り飛ばした。

そこまでの力は入れていないが、錐もみのように相手はぶっ飛んでいく。近くにあったテーブルにぶつかり、置いてあったドリンクが落下してカーズごと水浸しになった。

辺りで驚きの悲鳴が起こる。


「何をやっているんだ!」


リリーが目くじらを立ててこちらに駆けてくる。

どうせこれで何もかもお終いだ。正義感の強い彼女がこんな乱暴を許すはずがない。


「このような茶会で暴力を振るうなんて何を考えているの……答えなさい、ジークシオン!」


「俺は自分が悪いとは思わない」

まるで心までが幼いころに戻ったかのようだ。やけになった俺がそう主張すると、自分の一張羅にジュースのシミがついたカーズが情けない声を上げる。


「ローズレッド様! 僕は何もしていましぇん!」

あまつさえ奴はリリーへとすがりつこうとしているのだ。


「リリーから離れろ。この薄汚いくずが」


俺が足で蹴飛ばそうとすると、リリーに阻まれる。


「冷静になりましょう……とにかく、何があったのか事情を聴かないことには分かりません。話せるかしら? 近くでやり取りを聞いていた人は?」


おずおずとリスを羨ましがっていた少年が手を上げる。しまった、こんな格好悪い情報がリリュカへと知られてしまう。


「あの……ぼく、聞いていました。ジークシオン様に、カーズが余計なことを言って……その、リリュカ様がジークシオン様に不釣り合いだと」


「僕が?」

まあ、とびっくりした声をリリーが上げる。


「そうなのですか? ジークシオン様」

「……こいつが君の悪口を言ったんだ」


「でも、あなたの方がいつも僕によっぽど酷いことを云っているじゃない」


リリュカの言葉に、俺はぐうの音も云えなくなる。

極めて正論だった。


「……謝らなくちゃダメだよ、大事なお友達なのでしょう」


「うるさい」


冷ややかな眼差しで、俺はリリーを見やる。


「君なんかに俺の気持ちは分からないだろう」

こんなにも、近くにいるのに。

俺と君の心は、恐ろしいほどに離れている。

愛されなくてもいいと思っていた。君からの気持ちは求めていないつもりだった。

だけど、これでは一層辛いだけだ。


「分からないわ」

リリーは静かに前を見た。

凛としたはしばみ色の瞳が光を反射して輝いた。


「人の気持ちなんて、言葉にしなければ分からないことだらけ。なにも言葉にしなくても伝わるだなんて、そんなことないと思う」


「それができたら苦労しないんだ」

せめてこの呪いさえなければ……。


「ジークシオン様、僕は思うのだけど……」

「リリー、君の悪口を云っていいのは俺だけだ」


「……え?」


ポカンとしたようにリリーは俺を見た。俺は、恥ずかしくなって明後日を向いた。気持ち悪いことを言ったと自覚はしている。俺の思考なんてどれもこれも恥ずかしいところだらけだ。


「もしかして僕の為に怒ったの?」

「違う」


「違わない。きっと、そうなんだ」

こちらに見えないように、男装少女は頬を淡く染める。

ねえ、ジークシオン様。

呼びかけられても俺は返事をしない。聞こえていないフリをした。




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