表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/18

☆3 魔女




実際、本来だったらリリーは隠れて女性からの人気が高かった。恐らくカレンの起こした断罪事件さえなかったらもっと皆に愛された生涯を送れたんだろうと思う。


救えないのは、それを全部ぶち壊しにしたのが他ならぬ俺だったということだ。

彼女を陥れ、続くはずだった道筋を潰してしまった。


……そして今、馬鹿な俺は同じ過ちを繰り返そうとしている。


過去に戻ってから三か月が過ぎた。あれから、リリーとは定期的に会っている。

とりあえずこの忌々しい暴言の呪いの検証が少しずつできてきた。

まず、リリー以外の他の人間と話しているときはこのような現象は一度も起きていない。普通に話してコミュニケーションをとることができている。

逆に言えば、リリーに優しく話しかけようとすると自動的に暴言に置き換わって口から出てしまう。


というよりは、少し邪な心を起こして彼女を口説こうとすると……というべきか。

この事象に対して、俺の意思は一切関係ない。照れ隠しというわけでもない。前世では二十七まで生きたのにそんな青臭いことがあってたまるか。



「ふざけるなよ……これは恐らく魔女からの呪いだ」


いつ何時かけられたものかは分からない。だが、このような呪いをかけられる犯人は魔女くらいしか心当たりがない。

事実この世界には、『魔女』という存在が実在しているのだ。


その中でも人々に益を与える方を白魔女、厄を与える方を黒魔女と呼び、度々黒魔女は広場などで処刑されたりしている。

リリーはそのような彼らの境遇をとても憂いていたものだが……さて。


俺は手持ちの地図を机に広げて、ランタンで薄闇を照らした。


「この辺りに暮らしている魔女というと……森の外れで暮らしているという噂の白魔女か」


諸悪の根源だとしたならば、なにがなんでもこの呪いを解かせなければ。

あの辺りなら、幼少にピクニックで行ったことがある。そういう言い訳を作れば向かえないこともないだろう。

考えている途中、震える己の右手に気が付いた。


そうだ。俺は恐怖している。

二度目の奇跡はきっと起こらない。もう一度君を失うかもしれない恐ろしさ。今度もまた俺が彼女を殺してしまうかもしれない恐怖は精神にじわり染み付いた。


ハッキリ言って、俺は性格が良くはない。花を抱いたリリーの美しく高潔な精神と違って、泥にまみれたプライドを捨てきれない嫌味な性格をしている。

だからこそ、どうしようもなく再び惹かれるのだ。


彼女のことを思えば、俺はさっさと身を引いた方がいいんだ。こんな感情なんか捨てて褪せたセピア色の人生をやり直した方がいい。それくらいとうに理解できているのに、どうしてもその決意を実行に移すことができない。


恐らく君にはとっくに嫌われている。

どうしようもなく俺たちは時間の狭間ですれ違っている。


かつて淡く透明に消えるような空の果て。

激しく燃え尽きた星が落ちた。

世界はとっくに終わった。俺にとっての世界は等しく君だった。


ただ一つだけ不思議なのは、一度目の人生でどうして君がこんな男の為に自ら命を絶ってしまったのかということだ。

彼女ならきっとやり直せたはずだ。遠く冬の長い大地で新しく恋をして、困難もあっただろうが修道院から出て結ばれることもできた。

なぜ君は俺なんかの為に死んでしまったのだろう。

どうしてよりにもよって俺だった? それが自分には不可思議で仕方ない。


君の死を嘆きたくて、泣けない。

全ての責任を果たすまでは、まだ泣けない。





時期は初夏だった。

護衛の人間を買収して言いくるめ、俺は一人で領内にある森の外れへと向かった。ここには小柄な老婆が薬屋をやりながら生活しているはずで、この魔女が呪いの犯人ではないかと疑っていたからだ。

涼しい風が木陰を通り抜けた。そのすっとする森の匂いを深呼吸して、俺は小さな丸太小屋のドアを乱暴に叩く。


「誰かいないか!」


しばらくして、小さな足音と共にドアの蝶番が軋んだ。

キイキイする耳障りな音がして、戸口が開かれる。「誰ですか?」そんな掠れ声が聞こえてきて、俺は幼い声を張り上げた。


「俺はノクターン家の人間だ! この家に魔女がいるだろう!」

「……領主一族の人間か」

白いフードを被った小柄な人間が現れる。背筋は老人のように曲がっていた。

ローブ姿の魔女の顔は見えない。けれど、そんなことにも構わず俺は相手にまくし立てた。


「お前、俺に妙な呪いをかけただろう!」

「……覚えがないわ」


「嘘をつくな! この近辺じゃお前しか魔女はいない!」

困惑したような態度をとられ、俺は余計に頭にくる。大体、この変な呪いさえなければ俺は今頃もっとリリーと仲良くなれていたはずだったのだ。


「大体なんだその不審な恰好は! こんなもの脱いでしまえ!」


完全に言いがかりで俺はフードを払いのける。すると、その陰から露になった魔女の意外な容姿に息を呑んだ。

老婆のようであった年おいた見た目が一気に若返る。瑞々しい少女の外見に変化した目の前の魔女に俺は驚いた。


「お前……っ」

「あーあ、バレちゃった」

落胆したように魔女は着ていたフードを外した。

曲がっていた腰がしゃんと伸びて、掌に刻まれた苦労していそうなシワも消失する。燃えるような赤毛をふりほどき、ジトッとした目でこちらを見た。


「なによ、これ以上文句でもあるわけ?」


「い……いや……」


あのローブは魔法の道具か何かか!

女の歳は見た目では分からないとかいうけど、そんなもんじゃなかったぞ!

完全に絶句した少年に鼻を鳴らすと、魔女はどっかり自分の椅子に腰かけて偉そうに指先で空いている椅子をさす。


「ほら、座りなよ」

「あ、はい……」

しまった。主導権を握られた。

項垂れてしまったこちらに対し、魔女は固焼きビスケットを手渡してくる。毒でも入ってないか恐る恐る前歯でかじってみると、口の中の水分が一気にもっていかれた。


「それで、呪いのことなんだが」

「ああ、何? アンタどっかで変なのもらってきたりしたの。症状は?」


そんな風邪のような扱いを……。


「…………」

う、云えない。

言ったらものすごく馬鹿にされそうだ。


「まあ、結論から云うと、呪われてるわね」

「やっぱりそうか!」


「こんなろくでもないの引っ提げて嬉しそうにしてんじゃないわよ、このクソガキ。なんだかねー、なんていうの? すっごく禍々しいものがアンタに絡みついているわね」

「……禍々しい?」

魔女は眼鏡をつけてこちらを興味深そうに観察している。


「どちらかというと、魂に染み付いた宿命、業みたいなもの。こんなの付けてたら人生悲惨な目にしかあわないし……最悪不幸に若くして死んじゃうわね」

魔女の言葉が脳内で反響した。

思わず食べていたビスケットにむせてしまう。


「短命に死ぬとはどういうことだ! お前が呪ったんじゃないのか!?」

「よくこの歳まで無事に生きてたわねー、アンタ。そしてこれ以上失礼なことを抜かしたら絶対に助けてやらない」

不機嫌そうな返事がきて、慌てて俺は居住まいを正す。慣れない敬語をたどたどしく使いながら、

「と、解けますか……?」そう問いかけた。


「できなくもない。けど、かかって三年」


「そんなにかかるのか!」

「しかも、ちゃんとアンタの近くで生活して解呪する必要があるわね。適当な仕事をすると、前世の罪の揺り返しで一気にアンタの魂地獄に落ちるわよ」


「ヒイッ」

な、なんて恐ろしいことを云うのだ。ガタガタと全身が震える。

怯えまくっている俺に対し、魔女は深く溜息をつく。


「で、どうするの? 諦めるか、解呪するか。何もしないでこのまま帰るか、それとも魔女であるあたしと契約するか」

「ぐ…………っ」


唸り声をしばらくあげながら、俺は熟考する。

もしもこのまま何もしなかったら、前回と同じくまた破滅の道を辿るのだろう。……俺はまた、逃げるのか?

今、この瞬間。目の前に好きな女が存在しているのに?

人生思い通りにならないことばかりだ。だけど、決断をすることだけはできるんだ。


「……決めた」

滑らかな亜麻色の髪。

光の加減で色を変える君の瞳の彩を思い返し、答えなんて一つしかないことに気付く。

できることはなんでもやりたい。それが君の未来を作ることに繋がるのなら。


「契約をしよう、魔女」

「ええ。せめて優雅に行いましょう」

魔女が持ってきた杖からは、金色の糸のようなものが出てくる。唄われた呪文と共に形を変え、やがて小さな獣になった。


金茶の毛皮のリスだ。

ちょろちょろと動き回ったそれは俺の肩の上に乗る。

溜息をついた魔女は、己にも呪文をかけ、俺と同じ年頃の女の子の姿と変異した。赤毛の利発そうなソバカスの少女である。


「じゃあ、荷物をまとめてくるから待ってて」

「え……まさか屋敷に来るのか」


「あんたの口利きで側付きのメイドにでも雇ってもらうわ。契約を結んだ以上、衣食住はいい暮らしをさせてもらうわよ」


ようやく魔女は愛嬌のある笑顔へと変わった。

瞳を輝かせて支度をする。カバンに着替えなど一通りの生活に必要な物を詰め込んで水筒に水を汲み、杖を持って外に出た。

カツン、と杖で丸太小屋を叩き、ドアベルを鳴らす。一陣の風が吹く。その術はうっそうとした森の中に透明に溶けて消えた。すると一陣の風が吹き抜け、術がうっそうとした(ry

歩き出した俺たちは、しばらくの沈黙を破って口を開いた。


「なあ、なんて呼べばいい?」

「……マティルダ」

夏用の帽子をかぶった少女は、質素なワンピースの裾を広げて笑う。


「――あたしの名前は、マティ」

湿気た土の匂いと木漏れ日。

目の前の道には列になった蟻。

空には雲が一つ。夏の太陽は少し眩しかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ