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☆1 逆行




胸の奥から温かな鼓動がした。

俺を呼ぶ声がする。


「……ジーク。ジークシオン、聞こえていますか」


ハッと目を開いた少年は、息を呑んで頭を上げる。ぼんやりとした意識、薄暗い部屋には窓辺から白い朝日が差し込み、外は小鳥の歌声がしていた。

俺を包んでいた暗闇はもうどこにもない。忍び寄っていた死の気配とは似ても似つかぬ爽やかな空気が辺りに満ちている。

こちらを揺り動かしていたのは、今は既に亡くなったはずの自分の母の姿だ。金色の髪をゆったりと編み上げ、微笑みを絶やさない口元に病弱な顔色をしている。


「はは……うえ」

「よくお眠りでしたこと、もうお昼前ですよ」


「ここは、天国ですか」

「まあ」

母は小首を傾げて言った。

ふふ、とおかしそうにくすくす笑う。


「この子ったらまだ寝ぼけているのかしら」


母から返って来た反応は、どうしようもない子どもを見るかのような眼差しだ。そのことに強烈な違和感を覚え、俺は室内を見渡す。

目の前にあった部屋のレイアウトに既視感があった。これは……。


「小さかった頃の俺の部屋……」


これは、

これは一体。


ぐらり、と眩暈が起きる。微かな頭痛に顔をしかめると、母からは優しく声を掛けられた。


「さあ、早く着替えて。今日はあなたの十歳の誕生日なのですから」


「……は、」


「それとも、お母さんが手伝わなくちゃいけないのかしら」


慌てて首を横に振る。

俺はそこまでの辱めを受ける年ではない。立派な成人男子だ。

にこっと笑った母は、優雅な立ち居振る舞いで室内を出て行く。詰めていた息をゆるりと吐き出し、部屋の壁にかかっていた鏡の裏表をひっくり返した。鏡面に写っていた自分の外見にぎょっとする。


「なんだこの姿は!?」


幼い。

あまりにも幼すぎた。

低すぎる目線、小さな体躯、碧眼の美少年がそこには存在しており、ドールのような顔を縁取る金髪は細く柔らかい。

俺の髭は、目じりのシワは、体の錆びつきはどこに消えた。これではまるで天使さながらだと絶賛され密かにコンプレックスを抱いていた頃の自分の姿そのものだ。

奇妙な夢を見ているのか。

まるで十歳の頃の幼少期へと時間を遡ったかのようだ。

不整脈に心臓が早鐘を打つ。大混乱に叫びだしそうなのを堪え、再び鏡を見た。

そこには、相も変わらず青ざめた小さな少年がいた。まるで人生の終わりな顔をしている。


「ありえないだろう! どうしてこんなことになっているんだ!」


悪態をつき、俺は近くに落ちていた枕を八つ当たりに蹴飛ばした。その勢いでベッドの柱に小指をぶつけ、ツーンとした痛みに涙目になる。


「まてよ、もしも現実に過去に遡っているのだとすれば今は一体いつなのだ」


確か、先ほどの母は十の誕生日と告げていた。確かあの瞬間、絶命した時から数えると十七年前の過去に自分はいることになる。

思わずそれに気が付いた時、俺は歓喜の声を上げそうになった。


「ははは! やったぞ、これは上手いことになった! あの悪女の亡霊もここまでは追って来れまい!!」


まったくカレンデュラには、散々な辛酸を舐めさせられてきた。誰よりも目立つことを望み、莫大だったはずの公爵家の財産を食いつぶし、民には重税を課し、愛人の奴隷を囲い果てには耐えかねて蜂起した革命派に一族郎党斬り殺されたのだ。

まあ待て、よくこの都合のいい現実を考えろ。この時代が本当に過去の時代なのだとすれば、あのカレンとはまだ出会ってすらいないことになる。だとすれば、今度こそあの悪女との縁を綺麗に絶つことができるかもしれないのだ!


「しかし……どうしたものか」


十歳の誕生日。

何か大事な出来事があったような気がするが、しかと思い出せない。

自分の人生において、重大な転換であったはずなのだが。


「まあいい、まずは食事をとろう」


その後にゆっくり思い出せばいい。

夢が夢でなければ、時間はたっぷりとあるのだ。





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