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☆16 転落

ヤンデレです。ここから主人公、ダークサイドに落ちます。胸糞な展開があるので、耐えられない方はバック推奨します。




授業は面白かった。

一度目の人生では道楽ばかりして遊んでいたが、今世では勉強の面白さに目覚めた。

この学校で過ごす、リリュカの真っすぐな姿勢に感銘を受けたのだ。


私の婚約者である彼女を妬む女生徒は沢山いた。噂話はどこに行ってもついてまわった。寮のベッドに戻ると、どこからか伝手を使って侵入していた女がいた。

虫唾が走ったので、服も着ないままに下着姿で叩き出した。

この人でなし、と下級貴族の令嬢に叫ばれたが。私は意にもかいさなかった。


カーズは俺のためによく働いた。

ぐへへ、と笑いながら汚い仕事をいくらでもこなした。


私たちは連れ立って、食堂で過ごしたり、賭博をしたり酒を飲みに行ったりした。すべてリリュカを守るためだ。彼女が過ごしやすい環境をつくる為なら、私はどんな後ろ暗いこともやった。


悪事をやるのは性分に合った。私はやはりこういう男だ。暗い闇が良く似合った。

私と彼女の間に、違和感が出始めたのはその頃だ。


「ジーク。最近、どこに行っているの」

彼女は、愛らしい声で私を呼ばなくなった。


「君はもう、私のことをジーク様と呼んでくれないのか」


私は、本を読みながら素っ気なく返す。

仕方のないことだ。理解されないことは最初から分かっていた。


リリーの凛とした瞳が、すっかり世間にすれた私を射抜いた。強く、つよく。それが不思議と心地よかった。

君の関心が私に向いていることが。あなたの心が私で占められていることが、嬉しい。

倒錯した感情だ。


分かっている。


「あなたが最近、どこに出入りしているのか知らないわけじゃない。この間は賭博場、その前は街角のビアホール、夜の街にカーズと繰り出しているわ」


「君のためだ」


「夜遊びをして悪い人たちとつるむのが、私の為だっていうの? あまり私を馬鹿にしないで」

「…………」

彼女は知らない。

どれだけの人間が、自分に危害を加えようとしているのか。


この学舎は治外法権だ。貴族だらけのこの場所は、序列と足の引っ張り合いだ。

公爵家の私の婚約者という立場がどれだけ彼女の身を危うくしているか。一歩間違えば、たちまち明日にでも裏側の世界に引きずりこまれる。そこでどんな連中に好き放題されるのかと思うと、私は耐えられない。


「君は私が嫌いか?」

「…………」

最初から分かっていた。

いつか闇に染まった私が見られてしまうことを。


公爵家の嫡男としての己は、婚約者の彼女を守るためならどんなことだってする。案の定この学舎でも何人もの生徒が行方不明になっている。

彼らの虚ろで瞳孔の開いた瞳を思いだし、胃の腑が重くなった。私は彼女がもっとも嫌いな人間になり下がった。


「愛している」

軽薄に言った。


「……もう、信じられない」

「そうだな」


暗い顔の婚約者。

私の心底愛している彼女。

りりー。愛しているのだ。


高潔な君を閉じ込めてしまいたい。いっそ、私の手で殺してしまえば私だけのものになってくれるだろうか。

……いいや、それでは彼女は救われない。それではまた……。


自由でいてほしい。最後は、私と結ばれなくても構わない。近頃では、ようやくそう感じるようになっていた。


君を殺したい。白く滑らかな首を絞めてしまいたい。いや、愛している。誰かのものになるだなんて耐えられない。その瞳が他の人間を見るだけで胸がざわめく。ああ。私と君が遠く。離れてしまうなら、そんな世界、壊れてしまえばいい。


……だからこそ、貴女には幸せになってほしい。

輝く宝石みたいな人。

どこまでも澄んだ泉のような人。


結ばれる相手が私でなくてもいい。一生をかけて守ろう。この生の限り、生まれ変わってもあなたを愛そう。ひな鳥が空を自由に飛べる日がくるまで、敵は誰でも排除しよう。


私は汚い。

そんな理屈で。独りよがりな感情で。

あなたの心を踏みにじっている。


きっと君は。私のことなんてとうに嫌いで。何度も何度も、私たちは同じ過ちを繰り返す。


それでも優しい貴女はノクターン家との繋がりを断ち切れないのだ。





「ジークシオン様」

カーズが、気さくな声で話した。


「――最近、リリュカ嬢と過ごさなくなりましたね」

上品な喋り口調を身につけた、この青年が心配そうに言う。


「……ルベルク。珍しいことを言うじゃないか」

取り巻きの一人が、くつくつと哂った。


「お前らしくもない。ローズレッドのお嬢様がジーク様を見限っているのは、とうに学院中に広まった話だ」


私は溜息をついた。

「……悪かったな」

「回りくどいことをしていますよねえ。あの人を守りたいなら、光の下に居れば良かったのに」


私は返事をしない。

最早、どうでもいいことだ。

彼女のことも。私のことも。すれ違いは決定的だ。


胸の奥に閉まったこのどうしようもない気持ちは、とっくに埃だらけになった。

汚く薄暗くなって、貪欲な蛇のように残っている。

今度会ったら、無理やり押し倒してしまうかもしれない。この牙で噛みついてしまうやもしれない。どんどん増していく自分のその激情が恐ろしくて、一夜だけの過ちを何度やらかしたことだろう。


「本当に良くないですよ、このままじゃ貴方様は沼の底に落ちていくだけです」

「……いまに始まったことじゃない」


いつか。いつか。

彼女にすべてを打ち明けられたなら。

自分が死ぬ前に、あの清らかな両腕に泣きついてしまえたら。なんて、ありもしないことを夢想する。


「どうして女遊びをしながらも勉強を続けているんですか。なぜ、本を読んで出しもしない論文を書くのをやめないのですか」

「知ったことか」


「貴方様は、全部彼女に褒められたいからでしょう!」

「お前、件の妹はどうした」


「この学舎に来させるのはやめて、遠方の女学院に入れました! 貴女様の餌食になったら見ていられないので」

「なんだ、つまらない奴だ」

私の冗談に、周囲がどっと笑った。

皆からからかわれているカーズを見ながら、私は呟いた。


「……足りないな」

「何がですか?」


「私と彼女の婚約破棄の材料だよ」

「…………」


「あの娘には、もっと他に相応しい相手がいるはずだ。そうだ、例のこの間編入してきた隣国の王子様はどうだ」

「冗談でしょう。ローズレッド男爵家では到底階級が足りないですよ」


「…………チッ」

舌打ちをする。


コイツ等は彼女の良さが分かっちゃいない。

この国の王太子ですら、リリーにはもったいないくらいなのに。

私の発する怒気に部屋の空気が冷えた。その気配に、私は顔を上げる。



ろくでもない思いつきがあった。



「そうだ、私が浮気をすればいいのだ。その相手に本気だと見せかければ、うちの家中の者が破談にしてくれるだろう」

「どこの誰と」


「誰でもいい、都合のいい女を見繕っておいてくれ」

私はソファーから立ち上がる。テーブルの上のウイスキーの入ったグラスが揺れて、床の上に落っこちる。



バラバラに割れたガラスを。

私はただ、よどんだ両目で見つめていた。




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