☆15 高等学院
気が付くと、あの日のマチルダの目を思いだす。
情熱的な強い意思をもった瞳。
私の心に盛大な爪痕を残して去った、あの魔女のことを考えると忌々しくて仕方がない。
リリーのことばかり考えていたいのに、どうしても心が納得できない。
なぜ、あの女は最後にあんな告白を残して消えたのか。
愛の言葉など似合わない。アイツは白の魔に通じていた女だ。
私とアイツは、気兼ねない友人同士であった。
気楽に話し合えて、相談事もできて、男の付き合いのように打ち解けていた。勝手に親友だと感じていた。
だからこそ、あれは地味にダメージが大きい。私はなにを間違えてしまったのだろうか。
しかしながら、これは当然の帰結であったようにも思う。
魔女と私は、呪いが解けるまでの間の契約だった。
結局、対価など要求されなかった。この時間は魔女の気まぐれだった。
楽しかった。とにかく、私はあの時間が楽しかったのだ。
子ども時代の、屈託のない思い出が。
私と魔女の、時の流れとの違い。私だけが成長して、マチルダを過去に置き去りにした。
残酷な結末。それが、決定的な別れの原因となった。
「ジークシオン様。もうじき着きますよ」
馬車の中でうたた寝をしていた。優しく穏やかなリリュカの声がした。
重だるい目を向けると、そこには麗しく成長した、百合の花が微笑んでいた。いつの間にか、自分は彼女の肩に寄りかかっていたらしい。
この期に及んで、私は彼女に好きだと告げたことがなかった。ずるい男だと分かっていたが、何故か踏み出せない自分がいた。
なにか、大事なことを思い出せなかった。
それはとても大切な心の小箱にしまった記憶のようで、奥底に沈んだそれは探してもどこにいったのか分からない。
ただ、時の流れに身を任せた。
私たちは、高等学院に進学をした。
そこは、きらびやかに装飾された伝統ある学び舎だ。その者に学業の才さえあれば、比較的門戸を広く開いていた。
だが、やはり内側で見渡すと貴族の生徒ばかりだ。
それもそうだ。この国で勉学を学べる人間は、生まれが良くないとその機会もない。
ホールにリリーと共に入ると、そこには綺麗な服を着た新入生が群れをなして、集まっていた。
皆の視線がこちらに向く。
「……まあ、あちらはノクターン公爵家のご子息だわ」
「ええ、とても素敵な方だわ。横にいるのは、どこのご令嬢かしら。とても不釣り合いな痩せぎすの身体をしている女ね」
女どものひそひそ声が聞こえてくる。
大半が嫉妬のこもった、やっかみだ。リリーは毅然と前を向く。亜麻色の滑らかな髪が翻る。
しかしながら、それが男子生徒となるとまるで女子と評価が正反対になる。烏合の衆の男らはリリーの白い肌や綺麗な瞳にぼうっと見惚れていた。
その中に、いつかの不愉快な男が混ざっているのを見つけた。カーズ・ルベルクだ。
「やあ、カーズ。貴様もこの学び舎に来たのか」
「へ、へえ……」
及び腰のこいつの肩を掴み、俺はニヤッと獰猛に笑う。
「お前は、この貴族社会の序列をよく分かっている奴だ。私こそが恐怖の権化として君臨することをその愚鈍な頭でよーく分かっている」
「……ひいっ」
がくがくと震えるカーズに、私はリリュカに聞こえない小さな声で呟く。
「お前は、私の為に働け」
「な、なにをお望みで……」
「逆らったら妹の身に何が起こるか理解しているな?」
……別になにもしない。面倒くさい。
ただ、この下卑た青年が勝手に勘違いをするのを観察していると、
「それだけはお許しください……公爵家の貴方様に睨まれては、妹は婚約をすることすらできなくなってしまいます」
「では、私の配下となると?」
「……世の誉れでございます、それはもしや、自分がジークシオン様のご友人となるということで?」
私が微笑して肯定すると、奴は明らかに顔を明るくした。
現金なやつだ。
私の友人になれば甘い汁を吸えるというわけだ。
力強く肩を叩く。この男は下種だが、意外と使いようのある奴だ。
ちょうど、下働きをする人間がいなくて困っていたところだ。前の人生で共に悪事を楽しんでいたから、カーズの性格は分かっている。
「ああ、これはローズレッド嬢! お久しゅうございます! 相変わらず麗しいお姿で!」
「え、ええ……」
彼女は眉をひそめた。
「どうして、あんな男に話しかけたの?」
小声で尋ねられ、俺は穏やかに告げた。
「懐かしくなったのさ」
……昔馴染みの縁だ。