☆13 神の寵愛
心の綺麗な人は、小さな生き物の声が聞こえるという。
夜を照らす月が、淡い星を見つめるように。それは、眠りに落ちる前に話すおとぎ話の一節のようで。
アランは二コリと微笑む。笑って話す。
「まさしく彼女の生は神の加護をいただいてます。その心が慈悲深い天に愛されているのです」
「……ふざけた話だ。妄言も大概にしてくれ」
俺はその言葉を跳ねのける。
怒りが頭の中を支配する。こいつにリリーの何が分かる。
それと同時に、心の中がどこか軋んだ。神に愛されているというアランの発言が、どこか比喩に聞こえない。
前回の人生で、修道院から海へ身を投げたリリー。無垢な彼女を愛した神が時間を巻き戻してしまったとしたら?
今の自分は本当に過去の自分のままなのか?
はっきり言って、自分は傲慢な男だ。人の気持ちを察することもできず、周りに当たり散らすことしかできない。
そんな俺が、彼女に心の底から恋をしている。その気持ちが、リリーを哀れんだ神によって心が操られていないと、どうして保証ができる?
馬鹿みたいな話だ。
俺は自嘲をする。
……本当に、取るに足らない。
「お前は、どこの誰だ。どいつに差し向けられてこの屋敷に入り込んだ」
「私は、この世界の『勇者』です。遠く神の血を引く私は、はるか昔から『彼女』を見守ってきました」
「勇者?」
老人みたいに目を細めたアランに、骨董無形なことを言われた。
カチン、と堪忍袋の緒が切れる。先ほどから嘘しかつかないコイツの首を締めあげた。
呼吸が苦しくなっているはずなのに、アランは顔色も変えずに話し続ける。人形のように泰然としている。
「……私は、この国ができる前から生きているのですよ」
「俺をおちょくっているのか……っ」
「信じるも信じないも貴方次第。少なくとも、私はあなた方二人の味方であることをお忘れなくいただきたい」
「お前の言葉は嘘ばかりだ。たばかるのが好きなんだろう」
「この世界はリリュカ嬢のせいで何度も繰り返しています。神に愛された彼女は、自分の運命を全うすることができない。人として死ぬことが許されない」
世界の音が止んだ。
今まで狂っていた歯車が鳴りやんだ。
俺は、愕然としてアランを見る。唐突に目から涙があふれる。
そうだ。俺は、こんなにも彼女を愛している。まるで生まれる前から、細胞にそう定められていたように。
君は知らない。
知らずにいつも笑っている。
その細い指と手を繋ぎたい。
まるで俺は彼女の為に生まれたみたいだ。
それくらい、胸が苦しくて仕方がない。息をするだけで苦しい。
この心が、恋をしていた。君のことが愛しくて、この世界で一番好きで、好きで、好きで。
あなたがもう一度死ぬと思うだけで、自分は耐えられない。
「馬鹿なのは、俺だ……」
嘘であって欲しかった。
白い砂浜で、感情の波が寄せて引く。
ゆっくり、ゆっくりと心が脈打つ。
……今度こそ君と添い遂げるまで、この世界は何度でも繰り返すのだ。
何度も、何度も、彼女の為に歯車は逆回転をする。嚙み合わせが狂う度に、リリュカの命は巻き戻る。
これはエゴイズムだ。神の起こした慰みの祈りだ。
だからこそ、私は自分自身が許せない。
「ただ、アイツを愛しているんだ。今度こそ、幸せにしたいと……」
好きだった。愛していた。それだけの、ささやかな話だ。
許されるなら今度こそ、愛したかった。もう一度、君の顔が見たかった。
この奇跡が。
それが彼女の命を弄んで。
私の為に用意されたかのような、都合のよすぎる呪い。
そうだ、そうなのだ。
心の綺麗な君は、神様に呪われている。
……私が、君を愛したせいだ。