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☆12 嫉妬とモラハラと、とある少女の話




まるで部屋全部が漂白にかけられたかのような病室で、俺は三日三晩生死をさ迷ったらしい。大事な一人息子が死にかけたことに父上は大層立腹し、誘拐犯は全員処刑された。俺とリリュカを見失った護衛とエドワーズも牢に入れられそうになったものの、ローズレッド男爵令嬢の涙ながらの嘆願によって引き下げられた。


これらの出来事は俺は人づてにしか聞いていない。しばらく反省して頭を冷やすようにとリリュカに会うこともできなかったからだ。



まったく、馬鹿なことをしたものだ。


結局彼女を救う役目は後から来たエドワーズがかっさらったようなもの。俺がしたことなんて、微々たる誤差だ。

そういえば……どうしてアランがあそこにいたのかといえば、どうやら俺の危機に魔法のリスがあいつを呼びに行ってくれたらしい。何故かマティルダの作った黄金リスのことを知っていたエドワーズがすぐに状況を察知して浚われた先の倉庫を探し当てたのだとか。


見張り役の男は俺の腕や脚を三か所も刺していた。

その影響で若干の貧血を感じながらも奇跡的に大事な臓器が無事だった為、一週間も経つ頃には病院を退院することができた。


久しぶりに家庭教師から出されたカリキュラムの数々をこなさなくてはならない。びっこを引きながら本を抱えて屋敷の廊下を歩いていた俺は、窓から見える庭にリリーの姿を見つけた。

思わず口端がゆるむ。謹慎に耐えきれずに会いに来るだなんて、いじらしいではないか。

そもそも、今回の誘拐事件は全面的に俺が悪い。だから、非がある俺から会いにくることができなくても……無実の彼女から来るのは、まあセーフの部類ではないか?


心が明るくなった俺はリリーに会いに行こうと決める。

……しかし、動き出そうとした瞬間に見えてしまったのは俺の婚約者とにこやかに話すエドワーズの姿だった。



はっきり言って、多少のショックは受けた。その時の彼女が見たこともないくらいに愛らしく笑ったからだ。


ほころぶように。花が咲くように。


どうやら、あいつは花束でもリリーにプレゼントをしたらしい。普段から庭の手入れを任されているのはアランなので別に問題はないはずなのだが、ひどく傷口が痛んだ。

胸の奥で嫉妬の炎が灯る。

俺が持っていた本が床に落下した。


それを拾うことも忘れて、柔らかく微笑むリリーの姿に見惚れている自分がいた。

どうして、こんなに身を切るような思いになるのだろう。忍んで会う二人の仲を応援できないのは、暗い独占欲の表れか。

彼女の幸せを望むなら、別に相手が俺でなくてもいいのではないか。そんな真理に気づいていながらも握りつぶしたい衝動にかられるのは何故だ。


他の男にとられるくらいなら、いっそその細くて白い首を掻き切ってしまいたい。

華を散らして純なる愛の誓いを交わして、永遠の眠りにつかせてしまえたらどんなに楽なことかーー。

そんな暗い思考に俺は自嘲した。


「馬鹿なことを考えるな」


俺は彼女を倖せにする為にもう一度生き返ったんだろう。

だったら、その前途を祝福するべきではないか。エドワーズは秘密主義だが紳士的だし悪い男ではない。彼女を任すにはうってつけの人材だ。

だから……。

この汚い感情は蓋をしてしまえ。

凶暴な俺自身の感情なんて、聞こえないのだから。





「ジークシオン様!」

リリュカが気づかわしそうにこちらを見ながら近づいてくる。


「やあ、リリュカ」

自分は薄笑いを浮かべる。


「良かった、ごめんなさい僕のせいで……」

「別にお前のせいじゃない。そんな顔をするな、ますます不細工になる」

俺の言葉に、彼女は申し訳なさそうに微笑んだ。その手に持っている花束が視界に入り、俺は嫌な気持ちとなる。


「リリュカ……それは」

「あ……これはジークシオン様の為に持ってきたんです」

見え透いた嘘だ。

俺は初めて彼女に嘘をつかれたことに思いがけず動揺する。素直なところが彼女の美徳だと思っていたが、それは偽りの姿だったのだろうか。


そうだ。思えばカレンデュラもろくな女ではなかった。いつもこうやって男を見てはすり寄り、毒花のように誘った。

思わず険しい表情となる。


「これはアランさんと一緒に選んできたんです。病室に花がないのは寂しいと思って……」

「うるさい。嘘をつくな」

口から暴言があふれ出た。

エドワーズへの嫉妬と、裏切られたという思いがせり上がって止まらない。


「え……」

彼女が飾ろうとしていた花瓶を、俺は床に叩き落とした。

粉々に破片が飛び散り、水で床が濡れる。その中で花びらが何枚か散った。

ああ、醜い。自らの顔が醜悪に歪むのが分かった。


「どうしてこんなことを……。ジーク様!」

「アランと随分仲がいいんだな」

頼むから。

今の俺を見ないでくれ。

その小さな耳を塞いでくれ。


「最初からおかしいと思ったんだ。こんな都合のいいこと、起こるはずがなかった。信じた俺が馬鹿だったんだ……」

「ジーク様!」


「俺を見るな!!」

散らばった植物を見て、花瓶の破片に彼女はぽたりと涙を零した。透明な雫が雨のように降ってくる。


「ひどい……お花たちがかわいそうです」

こんな時でさえ彼女は、自分が一番可哀そうだとは思わないのか。これが演技だとしたら希代の詐欺師ペテンだ。

俺はそれを何も言わずに見ていた。

誰に責められずとも分かっていた。今回も悪いのは嫉妬にかられた俺なのだと。





リリュカと仲違いをしてから、俺は急いで彼女の身辺を調査した。

こういうやり方はよくないと分かっていたが、一度ついた嫉妬の炎はくすぶったまま。不安にかられた俺は探偵に調査を依頼したのだ。


以前邂逅した謎の女の件もあり、色々と調べてみたその結果に俺は絶句した。

リリュカ・ローズレッド令嬢は過去に母親に男爵家へと売られていたのだ。

庶出の身だとは知っていた。元々ローズレッド男爵家の夫人は子どもができにくい体質だった。そんな中、平民の母体との取引の間に産まれたのがリリュカ嬢だ。

彼女も覚えていないくらいの幼い歳に、平民の母親は多額の援助金と引き換えにリリーを男爵家の下へと手放した。男爵はどうやら跡継ぎ候補としての教育をリリーに施したらしい。あの男装はそういうことだ。


俺も知っている事実より、一層傷ましい話だった。

しかしながら、一年前に正妻との間に待望の長男が誕生。跡継ぎとしての役割を失ったリリーは伯爵家へと婚約を結ぶに至り……。


問題はこれからだ。どうやら、あの実母は恥知らずにも未だに多額の金銭を男爵家へと要求しているようなのだ。ひどく豪遊して生活しているらしい。

そして、当然のことだがリリーとアランとの間に邪推するような事実は存在していない。彼女の隠し事とはあくまでも母親のことだけであって、異性との関係で後ろ暗いことは何もないわけだ。

ローズレッド男爵家の弱みを握っている母親の存在は、貴族としてはかなりな醜聞だ。本当に俺に知られたくはない事実だったろう。


邪推でここまで調べてしまった俺は逆に反省して天を仰ぎたくなった。

自分はただ、安心したかっただけなのだ。人を疑うということはろくな結果にならない。その典型的な例である。





これ以上彼女を傷つけたくない。

心底そう思った。本当だ。

色んな人間から捨てられてきた彼女を、俺までもが捨ててしまったらどうなるっていうんだ。それに、リリーは何も悪くないんだ。

悪いのは、いつだって周りの人間だ。リリーはあんなに素直で優しい子なのに、周囲の気まぐれで人生を翻弄されている。


「マティルダ、詳しくは話せないが女を傷つけたときはどうしたらいい」

「いや、知ってるし。屋敷中のメイドが、アンタがリリュカ嬢を泣かせたって噂してたわよ」

呆れた眼差しでマティルダは睨みつけてきた。


「どうせアンタが悪いんでしょ」

「ああ、完全に俺が悪い。アランとの間を邪推するようなことを言ったんだ」


「なんて酷い!」

マティルダは怒った猫のようになった。

毛を逆立てた魔女に、俺は頭を下げる。


「頼む、このままじゃ最悪だ。俺の呪いを綺麗に解いてくれ!」

「いや……それが」

マティルダはばつが悪そうな顔となる。

頬をかきながらこう呟いた。


「もう、大分解けてるの……その、呪い」

「は?」


「だから、アンタの暴言の呪いはもうほんのちょっぴりになってて……だから、その喧嘩はあたしの管轄外っつーか」

知らされた事実に俺は口をポカンと開けた。

それは……何も聞いてない。


「この間生死をさまよった時、魂の呪縛も緩くなったの。だから、その時に一気に解呪が進んで……もう残骸が残ってるだけ」

「どうして言ってくれなかったんだ!」


「だってアンタずうっと顔出さなかったんだもの。あたしのことなんか忘れたと思ってたわ」

俺は何と判然したらいいか分からない顔となる。


「だから、自分の言葉には責任持ちなさいよね。なんでもそうやって誰かのせいにしてる限り、前に進めないわよ」

「あれは、俺自身がぶつけた言葉だということか……」

なんて酷いことをしたんだろう。愕然とした気持ちとなってしまう。

天地がひっくり返った心地となり、思わず床に崩れ落ちた。誰かのせいにしている限り進まない。なんて含蓄のあるセリフだろう。


「俺はどうしたらいいんだ……」

「基本的にね、言葉って魔法と一緒なのよ。世界を変える魔法。アンタは今まで呪いのせいだと思ってなんでも気軽にぶつけていたかもしれないけど、そんなのモラハラと一緒なんだからね」


「モラハラ?」

「つまるところの精神的虐待者」

ひどい言われようだ。

マティルダの言葉に俺はひざを折った。真っ青な顔色になっているのが伝わったのだろう。魔女は続けて言った。


「まあ。とくと反省なさい」

「どうしたらいいんだ! やっぱり俺なんかもう二度と会わない方がいいのか!?」


「落ち着け」

彼女は俺の動揺を鼻で笑った。


「その上で、許してくれてたんでしょ……あの子は笑いかけてくれたんでしょ! 今更優しくされてたことに気付いたの!?」


「どうして俺なんかに優しくしてくれるんだ」


そういえば、いつからだ。

いつからリリーは俺に優しく接するようになっていたんだ。

彼女の温かさを当然のように思っていたけれど。それって実は大変な努力だったのではないか?


誰かに捨てられそうになるということ。それは、こんなにも辛いことなのか。

倉庫で気絶していた時。幻覚で見た少女の哀しそうな笑みを思い出す。

……その手を握り返すにはもう、間に合わないのか?


「はん、あたしに言わせんな!」

マティルダは怒っていた。

「分からない。本当に分からないんだ。どうしてリリーはこんなロクデナシを今まで見限らないでいてくれたんだ」


「本人に聞いてよ」

婚約者だから、隣にいた。日常のそれだけの事実が、こんなにも。

どうしていつも失いそうになってから気付くのだろう。

感情が次々に溢れてくる。


「うわっ もー、泣くなって」

男のくせに本気で泣いた。

マティルダが持っていた布巾を放り投げてくる。甘んじてそれを受けとりながら、自己嫌悪に苦しんでいると、視界の端で人の気配が動く。

そこに立っていたのは、呆れたような顔をしているアラン・エドワーズだった。


「アラン……」

「こんなところで一体何をやっているんですか、あなた達は」

ボロボロと涙を零している俺は返事ができない。代わりに応えたのはマティルダだった。


「誤解しないでよね。悩み相談よ。坊ちゃんは、ようやく反省しているところ」

「ああ、そうですか」


「あたしは洗濯場に行かなくちゃいけないから、後は頼むわ」

畳み終わったシーツや布巾を篭に入れ、魔女は立ち去っていく。赤い目でそれを見送るしかなかった俺に、アランは溜息をついた。


「そんなに辛いなら、はやくリリュカ嬢に謝ればいいのに」


「元はと言えばお前が元凶だ。俺の立場も知らずに気楽に言うな」

「はいはい、それは申し訳ありませんでした」

軽口を叩きながら、相手はのんびりとした態度をとる。眼差しを意味深に宙へ向けた。その仕草を見て何故か胸が騒ぐ。


「……まあ、小さきモノの気持ちが分かるというのは一体どのような気持ちがするものなのでしょうね」

「……なんだそれは」


「いえ、大したことではないのです。清らかな乙女には珍しい異能じゃない」

目を細め、召使は言った。



「――――あなたのまだ知らないローズレッド男爵令嬢の話ですよ」




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