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邂逅【前編】

まだ出会わない。

「うん……これくらいでいいかな。」


 毒々しい色を放つキノコを両手に一本ずつ握った少女は、すくっと立ち上がると満足げな様子で振り返る。

 少女の長い前髪で隠された瞳が捉えた先には、燕尾服を纏ったスケルトンが採集物を山のように詰め込んだ籠をもってたたずんでいた。


「いつもより遠くに来たから、ついつい取りすぎてしまった……。戻ろうか。」


 ふわりと風が通り抜ける。小さく微笑む少女の頬を、夜の闇で染め上げた絹糸のような髪がそっとなでた。


「そうですね。帰ったらすぐに夕餉の準備に取り掛かりましょう。」


 少女からキノコを受け取ったスケルトン執事は、器用に籠の中の山に加えると少女とともに帰路につく。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「結界か。」


 魔力によって形成された透明の壁。魔力を感知できる者の目にそれは薄いガラスの膜のように映る。

結界を手でなぞるようにしてため息をつく男の銀色の髪を、傾きかけた昼の星が放つ暖色の光たちが思い思いに染め上げていた。

 透明の壁に阻まれたその奥には小さな館がどっしりとたたずんでいる。

蔦が奔放に蔓延った様はともすれば廃墟のようにも見受けられるが、時の流れを感じさせるものの建物自体はよく整備されているようで、一見して欠陥は見当たらない。


「えぇ、そのようです。そしてかなり古いですが、立派な屋敷ですね。生活感も見られますし、ここで生活している者がいるのは確実かと。」


 銀髪の男の傍らで剣を携えたもう一人の男が、興味深そうに館を観察していた。

彼の薄紫色の瞳は、建物を囲うように多種多様な植物が生え並んだ花壇らしき場所をじっと見据える。


「結界で内部の気配が遮断されているな。」


 どうしたものか、と頭をひねらせる。内部に干渉する手段がない。

そもそもこの館を見つけられたこと自体が奇跡に近いのだろう。この結界の張り方は外部との接触が考えにないのであろうことがうかがえる。


「…………張りますか?」


「吝かではないな。」


「見た感じですと確実に1日に1度以上は外に出てくると思われますし。」


 プレケスの森。どの国にも属していない魔族の無法地帯のひとつ。力のないものが足を踏み入れようものなら即刻餌食となってしまうことだろう。運だけでは一日として生き残れない、そんな場所なのである。

 わざわざこの森に出向いた目的のためにも、一日張り込むことなど造作もない。


――帰ったらどやされるな……


 帰宅が長引けばその分の仕事が溜まりに溜まっていくのだが、たとえ交渉が失敗したとしても、何らかの情報を得る意味でも館の主とは接触しておきたい。この森に関しては手持ちの情報があまりにも少なかった。かといって調査に割ける人員もない。


「……そうだな。今後の計画を整理しつつ暫くここで待つか。」


 結界を破壊して入り込むわけにもいかない。争いに来たわけではないのだ。


――しかし、この結界……


 男は結界に触れたときの感覚を思い起こし小さな疑念を抱くが、「まさかな」とすぐにひっこめた。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「お嬢様。」


 森を足早に駆けていると、後ろについていたスケルトンが抑揚のない声で前を走る少女を呼ぶ。


「うん。」


 少女は背後を一瞥することもなく、肩越しに人差し指を向ける。

瞬間、少女の指先から黒い閃光が音もなく直線を描く。


 二人が足を止めると、数拍おいてどさりという音が鼓膜を揺らした。


「獅子系の魔獣……」


 周辺の小さな木々を押し倒すようにして、獅子の巨体が転がっていた。

全長は優に少女3人分はあるだろう。


「最近増えましたね。」


「……いままで見たことなかったのに、よく会うようになったね。」


 少女はスケルトンが抱えなおした籠を一瞥しながら言葉を紡ぐ。


「籠の中身は葉一枚たりとも落としていませんよ。」


 その視線に気づいたスケルトンはかたかたと笑う。


「ならいいの。優秀ね。」


「お嬢様のおかげでしょう。」


 少女がぴくりとも動かなくなった獅子の目の前まで歩みを進めると、少女の真横の空間に裂け目が生じる。


「よっ……と。」


 片手で獅子の前足をむんずとつかむと、その裂け目へと巨体を押し込んでゆく。みるみるうちに獅子の体は跡形もなく吸い込まれていった。


――それにしても、なにかと獅子に縁があるなぁ……


「やっぱり何か関係してるのかな……。とりあえず報告してから……うん、明日の昼餉いき。」


「知能を持った個体に出会えると良いのですがね。」


「本当にそう……話が聞けたら楽なのに。」







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ここは中程の地帯ですが……プレケスの森で生活ができるほどの者となれば、それなりの実力者かと。待つ価値はありますね。」


 どこから取り出したのか、焼き菓子を口にしながら二人の男は話を続ける。

 彼らがここへ来た目的は強き者を引き込むこと。作戦を理解し遂行できる知能を持つものが好ましい。さらに執務が可能だとなお良い。

 確かに噂に名高い森というだけあって、ここへたどり着くまでに強い魔獣とは出くわしているのだが、まともに会話が成立するほどの知能を持った者には未だ出会えていなかった。

 そんな時に見つけたのがこの屋敷。少なくとも人型を有し道具を使う知恵もある者が生活している形跡がある。そして結界の存在。結界が張れるというだけでも就いてもらいたい仕事は多々ある。


「できることなら俺の言霊が効かないくらいの奴に出会えるといいのだが。」


 魔力を持つ者の世界では、魔力の量が絶対的な力の差となる。

ある一定以上の魔力差がある場合、その者が放つ言葉に背くことができない。

そしてあまりにも離れすぎると、小刀一本向けることすらかなわないだろう。


「ははは。さすがにそういませんって。城の中でも数えられるくらいしかいないんですから。探すなら……もっと深部にいかなくてはですかね。」


 条件に合う者に出会えたとして、最大の問題は交渉がうまくいくかである。

 強い者ほど群れる性質がない。国の中で生まれたならまだしも、長く森で生活をしている者ともなるとその傾向が強く、しがらみを嫌う者も少なくないだろう。


 魔族の世界では、強い者に付き従う風潮があるのだが高位の魔族はその限りでもない。

彼らが手を貸すのは、気に入っただとか純粋な興味とか面白がるとか波長が合うとかそういう時だ。

要するに気に入られればよいのだが、そうなるとまた別の厄介ごとが避けられないのである。


――殴って解決なら楽なのにな。


「陛下、今物騒なこと考えませんでした?」

続きます。

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