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面倒見のいい魔王さま  作者: たじょう鹿
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愛とは

エンゾはベラの腕を自分のほうに引っ張った。ベラはよろめき後ろからエンゾに抱きしめられる。エンゾの突然の行動に驚いてしまい体が石のように固まる。背中からエンゾの体温を感じた。


「ベラ...」


エンゾは熱のこもった声でベラの名を呼ぶ。ベラは冷や汗を流す。最悪の状況だった。今までも腰を抱かれることや手を握られることはあったが抱きしめられたのは初めてだ。ベラは動揺し頭が真っ白になる。エンゾはどういうつもりなんだろうか。最悪の想像が頭をよぎった。


「エ、エンゾ様、急にどうかなさいましたか?体調が悪いのでしたらお医者様を呼んでまいります。」


もちろん本当に体調が悪いと思ってはいないが、ここは強引にでも離れたい。ベラの前にまわされたエンゾの腕を失礼にならない程度の力で離そうとする。


「ベラ...」


そうするともう一度ベラの名を呼びながら先ほどよりも強い力で抱きしめる。ベラにとって非常にまずい状況だ。思い切り力を入れてエンゾの腕を引きはがそうとしてもベラの力ではびくともしないだろう。


(ど、どうしよう...。今まではこんなことなかったのにどうして急にこんなこと...。お、落ち着かないと。こういうときほど冷静にしないと!)


考えれば考えるほど焦ってしまう。


「ベラ、愛してる。」


エンゾが甘い声で囁いた。確かにエンゾは前からベラに好意を持っていることは明白だったが、それはエンゾと関係を持っている女性のそれとは違うと思っていた。いや、違うと思いたかった。ベラは生まれてから今まで恋愛を一切経験していない。好きになった人もいなかった。もちろん友人と呼べる人はいたがそれ以上の感情を抱くことはなかった。ベラ自身そのことは特に気にしてはいない。何しろ最後は好きでもない人と政略結婚をさせられるのだから。エンゾから愛していると告げられても、ベラは一切好意を持っていないため拒否するほかない。それに愛しているといってもエンゾにとって「愛している人」などたくさんいるのだろう。


「こんなに好きになったのはベラだけなんだ。君がこの屋敷にメイドとしてやってきて、最初はなんて美しい人なんだと思ったよ。でも君は中身も美しかった。聡明でやさしいかった。君以上に素晴らしい女性はいないよ。僕のことを受け入れてくれないか?」


こんなに熱烈に思いを告げられてもベラは信じることなどできない。どうせ気に入った女性全員に言うのだろうと。それにベラはこんなことを言われるのは初めてで、恐怖を感じた。


「ベラ?」


エンゾは返事を促すように名前を呼ぶ。何と答えたらいいのかわからずベラは口を開けなかった。ベラがなかなか答えないのでエンゾはベラの顔を見ようと、向きを変えようとする。その瞬間、腕の力が弱まった。ベラは3メートルほど先にあるドアに向かって駆け出す。後ろからエンゾの驚いた声が聞こえる。急いでドアノブに手をかけひねる。ドアが5センチほど開き、逃げきれると思った瞬間――。



グイッと思い切り腕をつかまれ部屋の中に引き戻されてしまう。どうにか逃れようとつかまれている腕を振りほどこうとするがびくともしない。


(怖い...いきなり逃げるなんて、怒っているかもしれない...)


「なんで逃げるんだ、ベラ。返事をくれないのか。」


恐怖で目をつぶるベラの想像に反して、エンゾの声はベラをなだめるように穏やかだった。ベラは恐る恐る目を開ける。そこには熱のこもった眼をしてベラを見つめているエンゾの顔があった。ベラは怖いとしか思えず、どうにかして逃げなければと頭の中に警報が鳴り響いた。焦ったベラはエンゾの顔を見ないように視線をそらし矢継ぎ早に言い募る。


「私はメイドです。この家に仕えている使用人でしかありません。ですからエンゾ様の願いをかなえることはできません。どうかご理解ください。それにエンゾ様にはクレメンス様という婚約者様がいらっしゃいます。ですから―――」


エンゾに諦めてもらうため、説得しようとしていたベラの話は言い終わらないうちに遮られた。急に視界が暗くなったと思ったらエンゾの整った顔が近づき顔に吐息がかかる。


(キスされる!!!)


と、ベラはとっさにつかまれていないほうの腕を振り上げていた。



乾いた鈍い音がしたと同時に手のひらに痛みが走る。エンゾの顔にはベラの平手の跡がうっすらとついていた。エンゾは多少ふらついたがつかんでいる手の力は変わらない。


「す、すみません、その、あの、」


動転して思わずたたいてしまったが、ベラにとってエンゾは雇い主の息子であり、こんな無礼が許される立場ではないのだ。ベラは顔を青くし謝る。エンゾは何が起きたのかわからないといった顔をしていたが、すぐに真顔になった。


「絶対に幸せにする。絶対だ。確かに僕には婚約者がいるし、その人と結婚する運命からは逃げられないだろう。でも、僕は君だけを愛すると誓うよ。それにきみはメイドという立場の前に男爵家の御令嬢だ。爵位の違いはあるが、大きな障害じゃない。」


エンゾは真剣な顔でベラに訴えかけるように言った。ベラは思った。この人は何を言っているのだろうかと。結婚する人が決まっているというのに、ほかの女を口説くのかと。エンゾの言っていることがベラには理解できなかった。それと同時に怒りがわく。


「絶対に幸せにするなんて無責任なこと言わないで!私の幸せを勝手に決めつけないでよ!それにクレメンスさんに失礼だわ!!!私はあなたなんて絶対に好きにならないわ!!」


先ほどの恐怖も忘れ、怒りに任せてベラは一息に叫んだ。


(突然好きだと言われて、突然キスしてきて、さも私があなたのことが好きみたいに言わないで!)


「それじゃあ、仕方ないね。」


エンゾは少し残念そうに、小さな声でつぶやいた。ベラは驚いた。こんなにもあっさりしているエンゾの姿に。でもそれはすぐに裏切られることになる。




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