灯り
彼女が立ち止まった。思い詰めた顔をしている。
「どうした?」
「…もう、いいんじゃない?」
小さな声だったが、何を意味するかはわかった。
男女が勢いで盛り上がり、やがて求め合い、しかし、熱が引くとともに最初は気にならなかったずれが少しずつ大きくなり今日の日を迎える。
百万年繰り返してきたことが起こった。それだけだ。
「わかった」
彼女は帰って行った。その後ろ姿が見えなくなるまで見つめていた。
その日の夜に夢を見た。夢の中で俺は彼女と続き、文字通り人生の終わりまで一緒に生きる、そんな夢だった。
窓を開けると、街は静まり返っていた。
灯りの一つ一つにそれぞれの事情が、生活が、人生があるのだろう。
明日の朝になればまた、何食わぬ顔で満員電車に乗って、仕事をし、
冗談の一つでも言うのだろう。そんな日々を繰り返す内に今の気持ちも少しずつ薄れてゆくのだろう。
それでも思う。
二人が過ごした時間の中にほんの一瞬だったとしても「何か」はあったと。
その「何か」がきっとこれからの俺を支えてくれ、
それがいつかまた別の形ある何かに結実した時、
人はそれを希望と呼ぶのかも知れない。
ただ、今はもう少しだけ眠ろうと思う。
少なくとも夜明けまでは。