6 HP
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剣と盾の三組を無事見つけることができたらしく、兄弟はほくほく顔で戻ってきた。
「ナナギ、大丈夫か? 横になるか?」
顔色が悪いように見えたらしいファクトが心配そうに近寄ってくる。
「大丈夫です……」
「無理はしないほうがいいよ。そうだ、遅くなってしまったけれど、スライムがぶつかったところを冷やしておこう」
ネイヴァンは水瓶に布を入れて固く絞ったものを凪に差し出してきた。
「ベッドはあっちの部屋だよ、きて」
「俺たちの部屋も忘れちゃったんだろ? こっちだ」
ネイヴァンに濡れた布を渡されて、ファクトに手を引かれる。
痛みもないため、頭のどのへんに濡れ布を当たればいいのかわからず迷う。
ダイニングキッチンのある最初の部屋にもどって、もうひとつの扉の奥へ。
ベッドが三つと机がふたつに椅子三つ。タンスと棚がひとつずつ。狭い部屋にぎゅっと詰められていた。
剣と盾を棚に置く。
ファクトが「ナナギのベッドはこれ!」と他二つよりも比較的大きなベッドに凪を座らせる。
木の板を組んだだけの盾と、刃こぼれが激しい剣をちらっと鑑定する。
『ボロい板:板を組み合わせて盾のような形にしたもの。』
『脆い青銅の剣:使い古して手入れもされていない青銅の剣。』
剣は相当粗悪な物になっている。盾にいたっては盾と認識されていない。
「その剣、と盾。あんまり良い物ではないですよね。こんな武器でスライムみたいな」
(魔物って言葉で通用するのか、モンスター? 魔獣?)
「ええと、危ない生き物と戦って、大丈夫なんですか?」
「剣は冒険者ギルドの廃棄物からもらったものだし、盾は僕たちで作ったものだから、品質は良くないよ。でも、本格的に魔物と戦うんじゃなくて、スライム叩きだからこの程度で十分なんだ」
ネイヴァンは苦笑した。
「ぶつかってくるのにさえ気をつければ、俺みたいにちっちゃい子供でもスライムは怖くないんだぞ。HP結界があるもんな。だから、会心の一撃に当たらなければ、そんなに怪我だってしないんだ」
「ナナギは運悪くスライムの会心の一撃くらっちゃったみたいだけどね。スライムの攻撃って滅多に会心の一撃にならないんだけどなあ」
「えいちぴーけっかい? くりーんひっと?」
また新たなる単語の登場である。会心の一撃のほうはあれか、ゲームの通常攻撃でもよくあるクリティカル的なものなのか。
「HP結界も忘れてしまったんだね。だいたいみんなHPって呼ぶけど、僕たちを守ってくれる障壁のことだよ。これがあるから、戦う時すぐに怪我をしなくてすむんだ。でも、僕たちみたいにレベルが低いと、ちょっとした時間稼ぎにしかならないけどね」
ネイヴァンはボロい剣を凪に手渡し、「これで軽く僕を斬ろうとしてみて」と危険なことをのたまった。
凪はええっと声をあげ拒否を示す。
「そんな危ないですよ。いくら刃こぼれしているといっても刃物ですよ。それにちょっとした傷口で破傷風になるかもしれないじゃないですか」
「大丈夫だよ、そのボロ剣で軽く切ったくらいだとHPがちょっと減るくらいだから」
「俺が兄ちゃんのこと切ってみるか?」
遅々として動けずにいる凪を見かねてか、ファクトがそんな恐ろしいことをいう。
「お願い。ファクトだったら、力いっぱい僕を斬ろうとしたほうがいいね」
「わかったぞ」
棚にあった剣を取り、振りかぶって思いっきり斬ろうとする。
ネイヴァンは平然とそれを眺めて、剣が己の身に届くのを待っていた。
危ない、と反射的に立ち上がって兄弟の間に割ってはいった。
パキイィン! とガラスに皹がはいる音が聞こえた。
目の前に、今までなかった赤みがかった透明な膜が見える。それは剣を受け止め切ったことで限界を迎えたようで、細かな亀裂からやがて穴が空き、ぼろぼろと崩壊していった。
ファクトが握った剣は、凪に触れる寸前のところで止まっている。膜によって凪に届くまでに阻まれたのだ。
「これがHP結界だよ。ナナギにも見えたよね?」
「えーあー見えました。でも、あれ消えちゃったんですけど大丈夫ですか?」
「治るまでに時間がかかる体に負った怪我と違って、HPは時間経過で完全に復活するよ。普通は一晩休むと元どおりになるね。すぐに復活させてくれるアイテムもあるけど、危険な場所に行く時くらいにしか持たないね。ヒールボールっていうんだけど、スライムの皮と薬草を調合して作るんだって」
(あー。HPって肉体の損傷度をわかりやすくしたものじゃなくて、結界の数値なのね。しかし、はー、びっくりした!)
子供の持ったボロい剣とはいえ、刃物が迫ってくる光景は地味レズ女田中の件もあり非常にどきどきする。
それにしても、事実を知るたびにここはゲームのような世界だと何回も思ってしまう。 HPとか結界とか本当にゲーム世界のようだ。
「スライムの皮はけっこう高く売れるんだ。俺たちのお小遣いになるから毎日頑張ってるんだぞ」
といっても、状態がいいもので売価ひとつ10ギムほど。アスコット兄弟で狩るスライムはだいたいは3〜7くらいの価値にしかならないらしい。一日に調子がよくて五匹、ほとんどの日が二三匹しか狩れず、本当に小さな額をこつこつと貯めている感じだ。
これがどれくらいの価値のあるお金なのかは凪には全くわからない。
その辺もおいおい把握していきたい。
ネイヴァンは1000ギム貯めてしっかりした新しい靴を買うことを目標にしている。
ファクトも1000ギム貯めて神殿から読んだことのない本を借りたいと言っている。
本は高額で庶民にはなかなか手の届かないものだが、神殿が本の貸し出しを行っているという。
実際に買うとなると、1万ギム以上するのだとか。
950ギムは補償金で、実際の貸し出し賃は50ギム。借りた状態のまま返すと、保証金は全額戻ってくる。
「今まで父さんたちにお金を出してもらって何度か借りられてたんだけどね、本を返しに行く途中で雨に降られて盛大に表紙を汚しちゃって、保証金は全額没収。父さんと母さんに大目玉を食らったんだ。もっと大きくなってしっかり本を管理できる年齢になるまで、本の貸し出しのためのお金は出しませんって言われちゃって……ファクトくらいのちっちゃい子がスライム叩きをするのはちょっと珍しいんだけど、新しい本を読むために一緒にスライム叩きしてるんだ」
とのこと。
凪が知らないナナギ少年の目標額は二人の倍の2000ギム。冒険者ギルドでしっかりとした剣を買いたいと言っていたらしい。
(剣は才能がないから、槍だな。槍を買おう。それか、包丁セットかな。料理人といったら包丁だろう)
ネイヴァンは常識のようにさらっとレベルという単語を口にした。レベルという概念は世界にしっかりと認知されているようだ。
レベルが低いとHPが低い。だが、逆にレベルが上がって高くなればHPも高くなるのだろう。
(レベル上げを、ゲームみたいにしてみるか。HPが高いほど、絶対安全だろ。安全な日本でだって、いきなり田中に刺されたからな。それよりもこの世界はなんだか危険みたいだし……当面は、お二人と一緒にスライム狩りか。お、あとはネイヴァン様とファクト様のステータスも確認してみよう。見れるかな?)