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3 洗礼札

 3


 スーリャ爺さんの家から五分ほど歩いた先に、兄弟の家があった。現在、ナナギはここで世話になっている身分らしい。

 周囲の家と同じく煉瓦造りの平家だ。なかなかの大きさがある。

 他の家と同じく庭があり、そこには小さな畑と綺麗に整った立派な花壇。洗濯物を干す物干し竿がある。家の影には独立したちいさい小屋があった。扉が二つついている。

 玄関の前で靴の汚れを軽く払っている兄弟にならい、同じように汚れを払う。扉を開けるとすぐにダイニングキッチンが目に飛び込む。

「ただいま!」

「ただいまー」

「……」

 見知らぬ家だ。

 足を踏み入れることにわずかな緊張が伴う。

 日本のように靴を脱ぐ様式ではないようで、二人は外履きの靴のまま室内にはいっていく。日本人らしい感覚で凪は靴を脱がないことに戸惑ったが、「どうしたの?」と兄弟に首を傾げられて床につく土埃にひどく躊躇いながらも入室した。なんとも言えない罪悪感がひどい。


 ダイニングキッチンには三つの扉。その中のひとつに兄弟は進んでいく。

 凪がそれについていくと、ネイヴァンはごそごそと箪笥をあさってB5サイズの木の板三枚とキーホルダーのように紐を通した金属製の小さな板三個を取り出した。

 

「これが洗礼札だよ」


 ネイヴァンは木の板を指す。

 日本語でも英語でもない、地球では見たことがない記号の刻印された木板だが、不思議とその記号の意味を読み取れた。



 名前:ナナギ

 性別:男

 年齢:十四歳

 出身:ウルティアマ地域ナガル国イニタイヤ領

 現在居住地:ウルティアマ地域ナガル国シャルバ領

 納税歴:ーー

 賞罰:ーー


(十四歳……二十代半ばだったのに、十歳も若返ったのかよ……)


「そしてこれが簡易の洗礼札。正式な洗礼札は木の板だから割れやすいし、大きいから持ち歩くには邪魔でしょう? 洗礼札が必要な場所に行くときはこちらを使うんだ」


 ネイヴァンがほらと見せたのは三個の金属製キーホルダーのうちひとつ、盃が彫られたもの。


「僕たちの簡易の洗礼札はこれ。彫られている青銅板のシンボルが違うでしょう? 僕たちがウルティアマの神々のどれかを信仰しているのをあらわしているんだ」


 盃が彫られたものを持つ反対の手に、なにやら王冠のような形をしたマークが彫られたものを二個もって見せた。


 机に置かれた三枚の木板のうち、兄弟のおぼしきものを見る。


 名前:ネイヴァン・アスコット

 性別:男

 年齢:十三歳

 出身:ウルティアマ地域ユリス国アルジャン領

 現在居住地:ウルティアマ地域ナガル国シャルバ領

 納税歴:ーー

 賞罰:ーー


 名前:ファクト・アスコット

 性別:男

 年齢:七歳

 出身:ウルティアマ地域ナガル国バルタ領

 現在居住地:ウルティアマ地域ナガル国シャルバ領

 納税歴:ーー

 賞罰:ーー



 自分が思っていたよりも、意外とふたりの年齢が上なことに驚いた。

 ふたりとも、日本の同じくらいの歳頃の子と比べると小さめだ。

 二人とも肌艶がよく、身なりが綺麗だ。栄養状態が特に悪いわけでもなさそうなのに。

 

(異世界だから、とかか? 人種とかその時代によって、体の大きさも違ったらしいしな。俺の中の常識に当てはめてもその辺齟齬が出るか)


 わかったことは洗礼札というのは、要はこの見知らぬファンタジー世界の身分証明書のようなものということ。

 洗礼札は神殿が発行する、とネイヴァンが言っていたし、個人の戸籍管理は宗教が行なっているようだ。


「洗礼札が必要な場所とはどんなところなんでしょうか?」


「ん、まずは神殿で治療してもらうには洗礼札があったほうがいいね。洗礼札がないと正規料よりもかなり割高な治療費が請求されるから。治癒魔法は洗礼札があってもなくても、同額の高い金額を払わないといけないんだけどね」


 保険証のような機能もあるようだ、そして治癒魔法とやらは保険外治療かと凪は情報を咀嚼する。


「あとは仕事につくときに必要だよ。街では洗礼札がないとまずまともな仕事に就けないんだってさ。あとはギルドに登録するときもないと困るよ。洗礼札がないと信用第一の商人ギルドはまず、所属できない。冒険者ギルドとか傭兵ギルドとかは、その辺りはゆるいらしいけど……配送ギルドとか職人ギルドも難しいんじゃないかな」


 仕事に就くのにも必要、ふむふむと凪は頷く。


「結婚するときも必要だよ、あとは家を借りたり、土地を買って家を建てるのにもいるんだったかな。このあたりみたいに小さな村なら問題ないけれど、検問がある大きな街にはいるときには必要だから、簡易の洗礼札は必須だよ。僕が知っているのはこのくらいかな」


「……ありがとうございます。洗礼札は生きるうえで絶対に必要なんですね。持ってない人もいるんですか?」


「この村にはいないけど、おっきい街の治安の悪いところに生まれた子供たちって、神殿に献金できないから洗礼札を発行してもらえないんだって」


「へえ」


 スラム出身者は、貧乏な生まれるうえに、まともな仕事につけなくなるのか。負のスパイラルだ。


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