受付嬢からの貸し、ひとつ(予定)
「あの、勢いで話を進めてしまいましたが、購入しても大丈夫ですよね?」
今更ながら暴走気味になっていたことに気付いたナナギである。
買えないと言われても、困ってしまう。とんでもない物と化した起動札を考えると、冷や汗が流れる。
不安そうにネイヴァンをうかがうと、彼は落ち着いた様子で苦笑した。
「もちろん、大丈夫だよ。ただし、ナナギが全額負担するというのは、なしだ。
だいたい、君のためのものよりも、ファクトのものの方が高いじゃないか。
これは私たち三人がいずれ目標を達するために必要なものなんだよね?
なら、これは、え〜と、今後のためのパーティーのための経費ということで、私たち三人のお金で買おう」
言葉を探しながら、優しくも頼もしい態度でネイヴァンは断言する。
ナナギはその優しさに恐縮してしまう。
「ええ、ですが俺が勝手に決めたことなのに、お二人に負担をかけるつもりは……」
「ナナギ、これは私たちにとって負担じゃないよ。
それに、君のお金でファクトにだけ贈り物をするつもりなのかな?
たしかにファクトはかわいいけれど、私にはないのかとやきもちを妬いてしまうからね。不公平はよくないよ。
だから、ここは私の心の平穏のためにみんなのお金で買おう」
ネイヴァンは冗談めかしていってきて、それについナナギは「いえ、ネイヴァン様にもなにか贈り物を、もう少し質のいい剣を買えれば……」と半ば本気で言い募ろうとすると、
「ナナギ、いいね?」
短いが圧力のある言葉に、ナナギは押し黙った。
そもそも、ナナギはネイヴァンには強く出られないので逆らえない。
「パーティーの経費って、なんか、それ、本の中の冒険者みたいだ」
ファクトは本の中だけでしか知らなかった状況を、自分が体験していることにはしゃいでいる。
「話はまとまったみたいね。
私も魔法を使えるわけではないから詳しくは教えられないのだけれど、まず大前提の基礎の基礎として、毎日札をにぎって、今みたいに属性神に祈って札の模様に色をつけなさい。繰り返しているうちに魔法の技力があがって、もしも属性魔法に適正があれば、一番簡単な基本魔法【球】が使えるようになるわ。
最初に魔法を試したいときは、家の中で使ってはだめよ? 理由はわかるかしら?」
「威力が低いけれど攻撃魔法だから、ですか? 家の中のものを壊しまうかしれないし、最悪の場合家族に怪我をおわせてしまうかもしれない」
ナナギは答える。
「そうよ、天の神ならば雷魔法と妨害魔法のどちらかか、あるいは両方の魔法の適正があるかもしれない。覚えたての妨害魔法を使ったならば直接的な危害は与えられないけれど、雷魔法の【サンダーボール】が万一ひとのいる場所で使ったら、とても危険だわ。HP結界を貫通して、感電してしまう可能性もある」
「ちなみに、妨害魔法ってどんな魔法なんですか?」
自分たちに才能があるものがいないから、あまり詳しく情報をあつめていなかった魔法についてナナギは尋ねる。
その問いに答えたのは、受付嬢ではなく、割ってはいってきたファクトだった。
「HP結界に、悪い影響を与える魔法なんだぞ。
HPを回復できなくなったり、防御力を下げたり、苦手な属性をつくったりするんだ」
「そう、そのとおりよ。
たとえば、妨害魔法で雷属性の弱点を付加すれば、ファクトの魔法で大きな損傷を与えることできるわ。
あなたたちはスライム叩きしかしたことがないからまだ実感できないでしょうけど、魔物にもHPあるのよ。ただでさえ頑丈な肉体を持つ魔物が、高い数値のHPを持っていたりするから、とても厄介なのよ。魔物と戦うのならば、覚えているととても便利でしょうね」
(デバフ魔法か。覚えて使いこなせたら、強敵との難易度が変わるやつだ)
「ナナギの場合、闇魔法か、精神魔法、真贋魔法のどれかの才能があるのよね。起動札の色がついただけではどの魔法の適正があるのかまでは判別できないのだけれど、もし精神魔法や真贋魔法が使えるのだとしても、無闇にひとにつかってはいけないわよ。精神魔法はひとの心に影響を及ぼす魔法、真贋魔法は人のこころを暴く魔法だから。扱いに注意なの。
闇魔法の初級の魔法も、さっきいった通り攻撃魔法。技力が低い使い手の魔法とはいえ危険な攻撃手段なんですからね。気をつけるのにこしたことはないは。祈り以外は、必ず家の外で、だれもいない場所でおこなうこと。
あと、魔法を使えるようになったからといって、スライムよりも強いモンスターに挑戦しようとしないこと。
覚えたての魔法なんて、剣よりも少し威力が上な程度なの。そんなに強くないわ。
その札は、いずれ本格的に魔法を学べるようになるまでのつなぎ。毎日神に祈って魔法の技力を上げるためのものだと思ってね。
……軽い気持ちで一度売るとは決めたものの、なんだか不安になってきちゃった。
いい、無理はしないこと、約束よ」
「安心してください、ルシャさん。私たちは今はスライム叩き以外のことをする予定はないです」
「それは、もちろん。俺は臆病者ですから、危険なことはしませんよ」
「はい、ルシャ姉」
「魔法の種類や、属性の効果や相性とか、魔法っていろいろ奥深くて、素人の私の口では説明しきれないのよね。
二階の資料室に基礎的な魔法の本があって、ギルドに所属していれば無料で使用できるんだけど、あなたたちは村の子ってだけだからね〜、う〜ん」
「ルシャ姉、大丈夫、魔法の本を図書館で見たことがあるから、俺はちゃんと知ってるんだぞ」
心配するなとファクトは胸を張っていう。
「あら、ファクトは物知りね。
でも、過信のしすぎはいけないから、自分の中の知識が本当に正しいのか、もう一度たしかめるために本をもう一度読み直すことも必要なときだってあるのよ。思い込みの誤った知識を覚えているときもあるしね。
ギルド長に、あとであなたたちに資料を見せられないか、話してみるわ。将来有望そうな若手に、貸しを作っておきいしね」
受付嬢は悪戯っぽく笑っていった。




