安売りの起動札と嫌われ者の闇の神
スライム叩きは、今の所順調だ。
競合相手がいないためおかげか、《索敵》を意識するだけで以前よりスライムが見つかりやすい。
農地を持たないアスコット家の兄弟と違い、村の子供たちの大部分は農作業に駆り出されている。そのため今まであてていた同年代の友人たちと遊ぶ時間も、自然とスライム叩きに使うようになった。
畑で収穫する村のものたちに背を向け、三人はスライムを叩いたり、突いたり、時には盾でいなす。スライムの体当たりにひやりとする場面もあったが、幸い会心の一撃ではなくHPの障壁が削れただけであった。
人の目が多いため、大人たちに気をつけろよーと間伸びした声かけをされることも増えた。
畦道に座って昼を済ませる村人たちの姿をちらほらと見かけるようになってきたので、三人も一度ギルドに立ち寄ってから家に帰ることにした。
「十枚! それに皮もきれいだぞ!」
午前中の稼ぎをファクトは誇らしげに掲げる。
短期間のうちに数をこなすことで随分とこなれた。十枚のスライムの外皮のほとんどに余計な傷がついていない。
「これで100ギムか。午後からもこの調子でいこう」
ネイヴァンはほくほく顔だ。
ナナギも心の中で算盤を弾いて、機嫌良くうなずいた。上手くいけばナナギの稼ぎは25ギム。今までの貯蓄とあわせて今日中に1000ギムを超えそうだ。
(この際、ファクト様の起動札を買ってしまうか? 料理屋への就職は先延ばしにしたし、この際包丁は後回しでいいだろ)
と、お小遣いの貯蓄が大台にいったことでついつい気が大きくなってしまう。
機嫌良くギルドに着くと、さらに幸運な出来事があった。
「あ!」
ナナギは喜びと驚きの混じった声をあげた。
ギルドの売店で、何種類かの起動札が安売りされていたのだ。
十枚一組の正規品ではなく、二、三枚ずつ。どこかの冒険者から買い取った端数の中古品を売っているのかもしれない。
(雷魔法が使える天の神の起動札が三枚で60ギム。闇の神の起動札が三枚で30ギム。これは買いじゃないか!)
闇の神の起動札が安いのは、魔法使いの冒険者には避けられやすいからだろう。
魔法には魔法を司っている神々の相性が関係あって、神は好きな神の魔法を使うものに、力をより多く与える。ざっくりいうと、攻撃魔法なら威力が上がったり、回復魔法なら回復量があがったり、だ。それと魔法をつかうためのMPの必要量も減る。
しかし、嫌いな神の魔法を使う者には、魔法の力をほとんど与えないという。
光の神は全ての神を愛しているので、どの魔法を持っていてもより多く力を与える。
闇の神は全ての神を愛しているので、どの魔法を持っていてもより多く力を与える。
火の神は水と光の神の魔法を使うものに、より多く力を与える。闇の神と氷の神の魔法を使うものには力を与えない。
水の神は風と光の神の魔法を使うものに、より多く力を与える。闇の神と火の神の魔法を使うものには力を与えない。
風の神は土と光の神の魔法を使うものに、より多く力を与える。闇の神と水の神の魔法を使うものには力を与えない。
土の神は天と光の神の魔法を使うものに、より多く力を与える。闇の神と風の神の魔法を使うものには力を与えない。
天の神は氷と光の神の魔法を使うものに、より多く力を与える。闇の神と土の神の魔法を使うものには力を与えない。
氷の神は火と光の神の魔法を使うものに、より多く力を与える。闇の神と天の神の魔法を使うものには力を与えない。
闇の神、嫌われすぎである。
才能のある魔法使いは神の相性や自身の適正を考えて二、三属性の魔法を習得するらしいが、ナナギの場合は無理だろう。
(闇の神が司る魔法を一度も使ったことはないとはいえ、闇の神の加護がある俺のことを他の神は拒むだろうな)
ナナギの場合、闇の神関連以外の魔法を覚えれば、闇の神の魔法の威力や精度や効率があがる。しかし、覚えた魔法はカスみたいな威力のものにしかならないのだとか。
ファクトの場合、雷の魔法の才があるわけだが、うっかり闇と土の神が司る魔法を習得すると、雷魔法の性能が著しく落ちてしまうのだろう。
よって、大きすぎるデメリットがある闇の神の魔法は手数の多さを求める冒険者のような戦闘職には不人気だ。
闇の神が司る真贋魔法は、習得していれば役人に採用される場合にとても便利だし、真贋魔法を習得していなければ就けない専門職があるから、一般人を含めた広い視野で見れば人気ではあるのだが。
(おかげで中古品を安く買えそうだ)
たかだか三枚とはいえ、今のままでは全く魔法の起動札に手を伸ばせそうにないナナギにとって、掘り出し物のお宝だ。
「あの、すみません、ネイヴァン様、ファクト様。欲しいものがあったので、今回もらうスライムの外皮のお金で立て替えてもらっていいですか? あとでお返ししますので」
ナナギは即刻、購入を決めた。




