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ほこらに行きたい

 本人の夢は冒険者ではないが、ファクトは男の子らしくそれらの英雄譚や冒険譚を好む。

 自らもそういった物語じみた体験をしてみたいという願望があるのか、ときおり子供らしいとんでもない無茶をいう。


「ほこらにいってみたいぞ!」


 目を輝かせて訴えるファクトにナナギは一瞬考えて、今回もその一環だとおもった。意図を察知していたが、しらばっくれることにした。


「ああ、下級職用のほこらまで散歩しますか? 一緒に行きますよ」


 部屋の掃除をしていたナナギは、ファクトにほがらかに笑ってみせた。

 まったく見当違いの答えに、ファクトは頬を膨らませて「ちがう!」と否定した。


「俺が行きたいのは、見習い職用のほこらだ!」

 

 拳を握り、どん、と胸を張ってファクトは断言する。

「断るわけないよな!」とキラキラと目が期待に輝いている。

 しっかり者の兄であるネイヴァンとは違い、ナナギはファクトに甘い。今回の頼みも絶対に叶えてくれると信じて疑っていない。

 ナナギはそれににっこりとした貼り付けた笑みを向けた。


「だーめーでーすー。見習い職を得られるほこらは、森の中にあるんですよね? 危ないじゃないですか」


 ファクトのお願いなら最大限かなえてやりたいが、無理なものは無理だ。ナナギはさっくりと断った。

 

 彼が行きたいとねだるほこらとは、クラスを得るための不思議な場所だ。

 条件を満たした状態でほこらの前で祈ると、ナナギの鑑定で空白だったクラスを得ることができる。

 現在、ナナギはたちはクラスなし。いわゆるノービスの状態だ。

 ノービスのままだと、レベルアップしても上昇するステータスはHPとMPぐらいで、あまり強くなれない。それに、限界レベルも低い。

 こういった知識は、この地で生きるようになってから自然と頭に入っていった。


 なにせ、村のどまんなかには社よろしく石造のちいさなほこらがある。


 これは一体どういったものを祀っているんだろうと疑問に思う前に、噂話で知識がはいってくる。

 いわく、村にやってきた冒険者が見習い職を脱して下級職になったらしい、とか。ノービス状態でレベル10まであげた村の男衆が野伏の下級職クラスを得たとか。どこぞの一人息子が冒険者を雇って見習い職のクラスを得に森にいった、だとか。

 

 さまざまな話を聞いてナナギの学習したことは以下の点。

 ・なにもしていない状態だとノービス。

 ・村人のほとんどはノービス状態で生活している。

 ・ただし、腕のいい職人や貴族に仕えて働くものなどは、本人かその雇い主が冒険者などを雇ってほこらに向かい、見習い職クラスや下級職クラスに就く場合が多い。

 ・ノービス状態だと、レベルがあがりにくい。

 ・ノービスからクラスを得るには、見習い職用のほこらにいかなければならない。ただし、ノービス状態で限界レベルの10にまで達すると見習いクラスを飛ばして下級クラスにクラスチェンジすることが可能。

 ・戦闘にあまり携わらない職人系は別として、冒険者など荒事に関わる者はいきなり下級クラスにつくよりは、レベルアップ回数が増える見習い職クラスを経由することを推奨されている。


 なんらかのクラスを得ていると「自分はこういう分野が得意です」という証明になって、就職に有利なのだとか。


「ファクト様がもっと大きくならないと、見習い職のほこらに行くのは無理ですよ。森の中はとっても危険なんですから。

 それに、ファクト様は神殿で働きたいんでしょう? 冒険者みたいに戦う人になりたいわけじゃあないんですから、無理に見習い職にならなくてもいいですよね」

 

 ナナギがとりわけ優しい口調で宥めるが、ファクトはいっそう意固地になって行きたいと主張する。


「やだ! 俺は絶対に行く!」


 理を説いても通用せずに、年齢相応に駄々をこねる。

 人によっては、その手に負えない幼い頑迷さに対して、強い口調で危ないんだからダメなものはダメだと叱りつけるだろう。


「どうしてそんなに行きたいんですか?」


 ナナギは一方的に叱りつけることはせず、まずその理由を問いただすことにした。

 その頑なさの原動力が物語の登場人物への憧れのような感情だったら、ナナギとてばっさりと切り捨てる。しかし、それだけとはおもえないファクトなりの健気な必死さを、ナナギは感じ取っていたのだ。


「だって、だって、俺ばっかり弱いのは悔しい。俺だって強くなりたいぞ。見習い職クラスについて、俺だってスライム叩きでもっとスライム倒すんだ」


 晴れの日に暇さえあればスライム叩きを続けていくうちに、ナナギとネイヴァンは武器スキルのレベルがあがった。そのおかげで、以前に比べるとスライム叩きがずっと効率よくなるようになっていた。

 ナナギになってしばらくは情けない攻撃しかできなかったが、今ではスライムをゴミ槍でぶすぶす突けている。

 物理スキルに適性のないファクトは、年齢もあり以前と代わりない。それが、自分だけ置いていかれたようで悔しいらしい。


「ファクト様……」


 ファクトはまだ小さい子供なのだから年長の二人に敵わないのは仕方がない、という説得は、たとえ事実であっても今の彼には通用しないことは痛切に感じた。

 ファクトよりも広く見えている年長者の視点としては、正直なところため息のひとつでもつきたいところだが、そんなことをしてはファクトは傷つく。本人の感情はいっぱいいっぱいで、懸命なのだ。


 こういうときは、頭ごなしに絶対にだめだと言い張るよりも、一つの目標を作ってそれをこなしたらいいと条件づけるのがよいだろう、とナナギは判断した。時間稼ぎとも言えるが、その時間稼ぎをしているうちに幼いファクトの興味が別のところに移るかもしれないし、今の自分たちよりももっと安全に自力でほこらにいけるだけ成長しているかもしれない。


「ファクト様のお気持ちはわかりました。自分一人だけ弱いっていうのは男としては悔しいですものね。でも、今の俺たちだけで森にはいってほこらに行くのは危ないってのはわかりますよね? だから、闇雲に向かうんじゃなくて、ほこらにいってもいい条件を作りましょう」


「条件?」


「そう。無策に森に向かって、俺たちの誰かが怪我をするのは、最悪死んでしまうのはファクト様も嫌ですよね?」


 優しく問いかけると、最悪の可能性を想像したのかファクトも神妙にうんと頷いた。


「だから、条件を作る。で、その条件はまずは俺たち三人のレベルが10にまでなること、でどうでしょう。ノービスのHPがいくらあがりにくいっていっても、限界レベル10までいけば、それなりに安全マージンをとれると思いますから。強い魔物とあっても、攻撃されて即死ってことにはならないはずです。気が長い話かもしれませんが、今よりもうんと頑張れば無理な目標じゃないですよ」


 なにせ、ナナギの《成長支援》スキルで、一般的なノービスよりもレベルアップもほんの少しだけしやすくなっている。

 時間はかかるが、ふつうの子供よりも早いはずだ。


 すごく時間がかかるじゃないか! と言いたげな文句を飲み込むような目をするが、ファクトは見ているだけで微笑ましいくらいに一生懸命に考え込んで、やがて素直にうなずいた。


「わかった! 絶対にレベル10になるぞ! 三人がレベル10になったら絶対にほこらに行くんだぞ!」


 約束の履行を信じて、すこぶる元気いっぱいに気合いをいれたのだ。


 ◇


「……と、今日はそんなことを約束したんですが、これでよかったと思いますか。旦那様、奥様」


 先延ばしにしたとはいえ、大事な子息を危険な場所に連れて行くなどナナギの一存で決めていいことではないので、二人が寝静まったあとに両親にお伺いをたてた。


 母であるアーシアはおかしそうに笑った。


「ファクトが困らせたみたいで、ごめんね。それしても、三人がレベル10になったらね。ふふ、いつになるのかしら」


 約束が果たされるころには、約束したことを忘れているだろうなと言いたげだった。馬鹿にしているのではなく、スライムだけを相手にしていては、幼い時分にした約束など忘れてもおかしくないくらい達成に時間がかかることだからだ。


「できるものなら私が連れて行ってやりたいけど、ご覧の通り荒事にはからっきし。

 それか君たちを任せれられるくらい信頼できる腕のたつ知り合いがいれば、森の中のほこらに連れていってやれるんだけどね」


 もっぱら握るのは筆ばかりの父親のマリシンは、自身が子供の望む場所に連れて行ってやれないことに、申し訳なさそう顔をした。

 しばらくしてから知ったことだが、この二人は子連れの再婚同士で、ネイヴァンとファクトの血は繋がっていない。


 ネイヴァンは父マリシンの子で、ファクトは母アーシアの息子だ。

 血が繋がっていないことを感じさせないくらいに、仲のいい家族だった。

 ナナギがそうと教えられるまで、まったく気づかなかったくらいだ。 


「ファクトがノービスの限界レベルにいくころには、きっとふたりとも働いて忙しくしてるわね。それかファクトは学校に行っていて、それどころじゃないかも」

「もしかしたら授業の一環で、この村の近くにあるほこらよりも安全なところにある見習い職用のほこらにいくほうが早いんじゃないかな」


 二人が実現を信じているのは、より現実的なファクトの学校への入学だけで、果たされない約束のことを話す夫妻に如才ない笑顔を見せながら、ナナギはなんとなく面白くなかった。

 胸中によみがえるのは、年長二人に追いつこうとするファクトの気概と、約束を果たしてやるという決意である。幼さゆえにそれを軽んじられるのは嫌だった。


(出来ないとおもわれても仕方ないこととはいえ、お二人ともファクト様のやる気をかけらも信じていらっしゃらないんだな)


 ナナギの中にほんのりと火がついたのは、実現して見返してやる、という感情に近いものであった。


(レベルアップのために、今まで以上に、《成長支援》をガンガン使うぞ)

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