日常と常識と4
家の手伝いをし、同じ年頃の友達と遊び、スライム叩きをする。そんな毎日を送っていた。
たまにスーリャ爺さんのところに行って神様の像らしきものに祈る。とはいっても、宗教とは無縁な人生であったため、敬虔な祈りとは程遠い素朴なものだ。
祈りの作法もわからないので、日本での墓参りのような感覚だった。枯れたお供えの花をすて、周囲の草むしりをしてこざっぱりとさせる。
死の神には祈る必要性を感じなかったが、ナナギは自分とアスコット兄弟に恩恵を与えてくれている神に感謝は告げておきたかった。
石像に適当に水をぶっかけて掃除し、
(恩恵スキルありがとうございます。これからも俺たちのことを見守っていてください)
手を合わせて祈る。
(えーとまずは俺に加護をくれた無限の神様。いや、しかしなんで俺に加護なんて与えてくれたんだろうね? とりあえずありがとうございます。早速有効活用してます)
この世界の神話を知って、ナナギは驚いた。自分たちに加護を与えている神は、この地において代表的な神様だったのだ。
この大陸には十二の神話体系がある。
地球でいうギリシア神話やケルト神話のようなものが、ひとつの大陸に十二種類もあるのだ。
彼らは『鉄の箱』に乗ってかつてこの世界に訪れた異邦の神だった。来訪した神々はこの世界の覇権をかけて争ったが、それは本来のこの世界の創生神にとって許せないことだった。
鉄の箱にのってやってきた十二の神話の神々は、世界の創生神(大陸では原初神ともいうが、ただひとこと『神』とだけ呼ぶのが正しいらしい)に大いに叱られ、自身を象徴とする力の源を奪われて星の世界に封印された。それが夜の世界を彩る星図であるらしい。
原初神の力に恐れ戦き畏敬の念を抱いた十二の神話の神々は、争いをぴたりと止めた。
よそものでありながら我が物顔で世界各地を支配下においていた神々は、世界の北西にあるこの大陸にのみ自分たちの影響下におくようになった。
北方の寒い地域だが、神の厚い庇護により恵まれたティク・リカルシア。
海に囲まれ、海の恵みによって繁栄するファル。
あたたかく過ごしやすい気候によって、さまざまな物が実り富を得るウルティマア。
砂漠と岩石地帯の厳しい環境下の中に命を育くむヴァル・バルトン。
大森林の中で独自の文化を築き上げているボッフス。
広大な草原にたくさんの生き物が住むアンザルデ。
美しい高原がつづく、高山が峰を連ねる絶景のハサ。
西海を支配地域とし、小さな諸島を保有しながらも神秘の海底神殿で暮らすエゲリータ。
東海を支配地域とし、船上の暮らしを得意とする独特の民族を生み出したゼナサガ。
地底の奥深くに大都市を築きあげ、太陽と変わる新しい光原を作り出し天候に左右されない不思議な生活を送るラムタ。
高山に点在する都市を作り、飛竜での交易路を確立させ生活しているベッカニア。
南方の不毛の地で暮らしながらも、優れた技術力が生む工芸品で潤うサティン。
大陸は、十二の地域に分けられ、争いを続けていた十二勢力の神々はそれぞれの地に加護を与えるようになった。
ナナギに加護を与えた無限の神は、ファル地域の神々の代表。ウルティアマの統治神ポポルと同格だ。
聞くところによると、他の地域の神が加護を与えるということは、一部の例外をのぞいて滅多にないらしい。
ナナギがどうしてよその地域の神様である無限の神に加護を与えられたのか、本当に不思議だ。ナナギの記憶にない過去に何か関わりがあるのだろうか。
(あとは闇の神様、今のところ魔法なんて使えませんけど、いずれ活用したいと思ってます)
闇の神は、大陸の地底深くにある大地下都市郡ラムタの神の一柱。
大陸の魔法を司る属性神で、一部の例外に属する神だ。
松明らしきものを掲げた石像に侍る七体の石像のうちの一体に、ナナギは手をあわせる。ゆるやかにうねる長い髪を表現したかったのだろうな、という感じのなんとも言えない立ち姿の像だ。
(魔法を司る神様は、自分の地域以外のひとにも加護をくれるんだよな)
光の神を主柱とした、闇、火、水、風、土、天、氷の属性神は自らが加護を与える地域外の者に加護を与えることは、たまにあるらしい。
しかしながら、自分の足下には、全く違う文化の場所が公然と存在しているというのは、なんとも不思議な気持ちだった。
(あとは、盗みの神様に商人の神様と、薬の神様。強奪は使うかわからないけど、ありがとうございます。鑑定スキルはいつもお世話になってます、商人の神様、ありがとうございます。薬系のスキルは、いつか絶対役に立つと思います、神様ありがとう)
ポポルの像に侍っている、誰が誰なのか判別がつかない石像にナナギは祈る。
(ネイヴァン様の武器系スキルがやたら豊富なのは、武の神様のおかげだから、武の神様ありがとう)
ネイヴァンの加護神の一柱である武の神に感謝を捧げる。
従属神に囲まれている大きな石像に花冠を被せ直し、ナナギはもう一度祈った。
(あとは統治の神様、ネイヴァン様をお守りください)
最後はファクトに加護を与えている二柱だ。
光の神は、ラムタの主神。魔法を司る神なので、他地域の者に加護を与えることがないわけではないが、歴史的に見てもとても珍しいらしい。
記録に残っていないだけなのかもしれないが、最後に光の神に加護を与えられたものは、百年前にいたきりだとか。
ファクトは百年ぶりの光の神の加護の持ち主なのだ。
(光の神様、ファクト様にいろんな魔法の恩恵を授けてくださりありがとうございます。神殿で働きたいと言っているから、光の神様の加護はファクト様の助けになるはずです。そして、伝達の神様もありがとうございます。ファクト様を見守ってくださいね)
伝達の神は、ベッカニアの主神。各地域を代表とする神々の中では最も若く、そしてフットワークが軽い。いろんな場所に飛び回っては、人間の中に溶け込み遊び、気に入った者に気軽に加護を与えるらしい。ファクトは彼の神にどこかで会って、気に入られでもしたのだろうか。
気軽に鑑定は使わないと一度は決めたナナギだが、その決意は楽なほうに流され、効果は限定しつつもかなり使っている。
おかげでこの地に住む者は、本人は自覚ないまま神様の血を引いている者が多いのがわかった。
しかし、それでも神の加護を持つ者は珍しい。
この村では、加護を持っているのはナナギとアスコット兄弟だけだ。
(こんだけ神様の加護があるのって、気に入られてるか? はたまた厄介な宿命でも持ってたりするのか? できれば前者がいいなあ)
二人は、面倒ごとに巻き込まれてほしくない。
加護は感謝するが、くれぐれも変な宿命を負わせないでくださいと念入りにお願いし、ナナギはその日の祈りを終えた。




