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岡部涼音 朗読シリーズ 涼音色~言の葉 音の葉~

夢見るだけのカタツムリ

作者: 風音沙矢

小さい頃、何の当てもないけどクリスマスには、何か楽しいことがやってくるように思っていた。うちは、シングルマザーの母と私の二人暮らしで、日々の生活も苦しいような家庭だったから、当時流行っていたおもちゃも、美味しそうなケーキも買ってもらえなかった。12月25日の朝、目覚めると枕元に、今年こそプレゼントがあると毎年期待していた。だって、サンタさんはいるはずだったから。きっと、地球が広すぎて、一人しかいないサンタさんでは回り切れないから、今年は来なかったとため息とともに自分を慰めていた。

それが、サンタさんはこの世界には実在しないと分かったとき、そうだよなと分かったような顔をして、そうとう落胆していたことを思い出す。


懲りないあたしは、バレンタインデーにも、根拠のない淡い期待を持っていて、好きな人にチョコを渡せないくせに、なにか魔法のようなものがバレンタインデーにはあって、素敵なことが起こる時が来ると思っていた。


現実は、親友の茉凛が片思いの彼にチョコを渡すから、そばに居てと頼まれて、付き添って一緒に言った体育館わきには、中学から3年間、片思いしていた祥が待っていた。

 あー、最悪

そうか、そうだよね。茉凛がバスケ部のマネージャーをしてるのは、祥がいたからなんだ。

「あの、これ、受け取ってください。」

茉凛が小さな声で、震えながら差し出したチョコレート。

 あー、最悪 

震えるチョコをぼんやりと見つめていたら、祥の手が伸びてチョコを受け取ろうとしている。はっとして、祥の顔を見ると、怒ったような顔をして私を見てた。

「なんで、お前が一緒なんだ」

と、言わんばかりな顔。

 あー、最悪 

「あっ、ごめん。お邪魔虫、退散!」

涙をこぼさないように必死で、駆け出した。

こんなもんだ。こんなもんだよね。勇気を出して渡した茉凛は勝ち組だよ。

-えらい! 茉凛、えらいよ。-


 クリスマスも、バレンタインデーも、現実を突きつけられても、何でもなかったような顔をしているけど、本当は深く傷ついていた。だって、私は、「夢見るだけのカタツムリ」手足を引っ込めて殻の中に閉じこもった。これ以上傷つきたくない。

- 平気な顔。平気な顔 -

深呼吸して教室で、茉凛が戻ってくるのを待っていた。もしかしたら、今日からは祥と一緒に帰るから、待っていなくても良かったかな。帰りの用意をしてカバンを抱え教室を出ようとしたら、茉凛が戻ってきた。


「ありがとう。由奈。」

と、言っている。その後は、なんて言ってるの?聞こえない。ほんとうは、聞きたくないから、

「茉凛、あんたを応援するよ。大丈夫。応援するから。」

「ごめん、トイレ、行ってくる。」

と、ごまかした。茉凛が変な顔をしている。もしかして、あたしが祥のこと好きなの気づかれちゃったかな。下校時間が過ぎても、トイレから出られなかった。茉凛は、呆れて帰っていったよね。今日は、もう、会いたくない。

「明日には、ちゃんと元通りになるから。許して。」


 見回りの先生がトイレにやって来た。しまっているトイレのドアに気付いて、

「誰かいるのか! もう、誰もいないぞ。早く帰れよ。」

と、言って出ていった。真面目な学校の女子トイレだものね。そんなに不信には思わなかったみたいだ。良かった。

「あっ、バイト!遅れちゃう。」

急いで、バイト先の店長にLINEした。


昇降口で、靴に履き替えて、急いで校門へ向かった。全力疾走!

「インターハイ陸上100m出場!」

「このあたしを見くびるなよ。ぜったい遅刻しない!」

誰にでもなく、自分におどけて見せる。元気出そう。「夢見るだけのカタツムリ」は、まだ、卒業できないかもしれないけど、大丈夫。バイト頑張って、大学行くんだ。目標がある。あと一年。精一杯、部活とバイトそして、勉強、頑張らなきゃ。


 気負いこんで、校門の前でこけそうになった。

「あっ」

「何やってんだよ。由奈。」

祥に抱きかかえられた。

「おまえ、おっちょこちょいだからな。」

「なんで、祥、ここにいんの?」

「茉凛から、聞かなかったのか?」

「何を?」

「あー、めでたくお付き合いすることになったって?」

「あれ、茉凛、まだ、教室にいるのかな?」

「ごめん。茉凛、呼んでくる。」


何か言ってないと泣きそうで、わめきながら教室へ走り出そうとするあたしの手を捕まえて、祥が言った。

「お前を待っていたんだよ。」

ポカンとしているあたしの顔を覗きながら、にっこり笑っている。

「好きなんだ。俺と付き合ってくれ。」

「はい、俺が作ったチョコレート。」

「逆バレンタイン。」


人生、初のハッピーデー!

「夢見るだけのカタツムリ」卒業!

出来る、かな。


でも、その前に、店長に、LINEしなきゃ。

今日は、お・や・す・み♡

祥に背中を向けて、あわててスマホをカバンから出していると、

「おまえ、今日、バイトだろ。」

「急げ、遅刻するぞー!」


そう言って、バイトに来させられた。

- あーあ、一緒にいたかったのに -

美味しいと評判のラーメン屋。

店長が

「今日は、バレンタインだぞ。こんな所にいて、さびしいねぇ。」

だって。

「へ、へ。」

て、ごまかしたけど、ほんとは、あたしだって、こんな所にいたくない。

9時閉店まで、目一杯こき使われて、へとへと。

裏口から、道路へ出て、思わずため息。

「あー、最悪!」


「えっ、何が最悪?」

祥が、笑ってた。

「やっぱり、ハッピーデー!」

思わず、祥に抱きついた。抱き留められた祥の腕の中は、あったかい。

「待っててくれて、ありがとう。」


ハッピーバレンタイン♡



最後まで、お読みいただきまして ありがとうございました。

よろしければ、「夢見るだけのカタツムリ」の朗読をお聞きいただけませんか?

涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第5回 夢見るだけのカタツムリ と検索してください。

声優 岡部涼音が朗読しています。

よろしくお願いします。


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