『ファンタ』
食品売り場でファンタグレープを見つけた。
果汁10%未満「FANTA贅沢W カベルネ&シャルドネ」とある。
新製品か期間限定販売だろう。おもわず購入した。
ファンタグレープには思い入れがある。
我々の子ども時代は、まだまだ貧しく、物もあふれていない。
ジュースの種類も少ない。タバコ屋を兼ねたような小さな商店にもコカ・コーラともに必ず置いてある。
かと言って、子どもの小遣いで、そうそう買えるものではなかった。
アスファルトの敷きつめられた今の時代の方が夏は暑いという。
確かに暑い。ただし外に出ればということである。
なにしろ我々の時代にはクーラーなどなかったのである。
小学校にプールはあったが毎日は入れない。
ならばと、級友とともに汗だくになって自転車をこぎ、水分峡に向かう。
コンクリートでせき止めたダムのようなものがあったのである。
夏になればここで泳ぐ。むろん無料である。
当時は認識していなかったが、危険であった。深いうえに、ところどころから湧き出る水が異様に冷たい。
足がつれば池の底である。ちなみに底は見えない。
度胸試しに岩の上から飛び降りたこともある。
両側には岩や樹木があるものの、日陰は、その池の中の一部だけ。
じりじりと照らされ続ければ、ジュースが飲みたくなる。
近くにはキャンプ場もあり、ジュースのビンが転がっている。
これを自転車の荷台に括りつけ、坂を下る。
途中の酒屋とタバコ屋を兼ねたような小さな店でビンを渡すと1本あたり5円をくれる。リサイクルである。
これで、ほぼ自腹を切ることなくジュースが1本手に入るのである。
店頭の軒下で、直射日光を避けながら飲むファンタグレープは最高であった。
まぎれもなく、ごちそうであった。
ただし難点が一つ。
当時は人口着色料というものが使われており、舌が紫色に染まるのである。
中学校に入学。通学途中の家の玄関先で奇妙な犬を見つけた。
つぶれた鼻。ライオンのようなたてがみ。丸々とした体。ふさふさとした毛と丸まった尻尾。
そばによっても、吠えるわけでもなく愛想を振りまくでもなく、ただただ寝そべったまま舌を出し、ハアハアと息をしている。
わたしは、その犬に名を付けた。「ファンタ」と。
その犬の舌が、ファンタグレープを飲んだ後のような紫色をしていたからである。
のちにテレビCMで有名になり、チャウチャウという種であると知った。
大人になってから、真っ黒いチャウチャウを見かけ、夢を見た。
子どもたちと一緒に犬小屋を作りたいものだと。
アパート生活で、それもかなわなかったが、実家をリフォームすれば、それも可能である。
とはいえ、ずいぶんとエサ代がかかりそうな奴である。
老後を考えれば、そのような余裕があるとも思えない。
稼ぎの悪さが、一層身に染みる晩秋である。




