表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『半径1メートルの日常』  作者: 八神 真哉
28/100

『平安美女』

スーパーマーケットの店頭に並んでいた松茸に思わず手を伸ばした。

わたしの小遣いでも買えるほど安かったからである。むろん国産ではない。


購入を思いとどまったのは以前、冷凍蟹が驚くほど安かったので「買って帰ろうか」と嫁さんに電話したら「いらない」と言われたからである。はたして、今回も同様だった。

ちなみに、わたしは蟹も松茸も好物ではない。「お買い得」が好きなだけである。


その松茸を前にして思い出したことがある。小6の時の話である。

わが故郷にはついつい登りたくなる山があった。小4の頃、遠足でも行ったことがある。頂上には巨大な岩が鎮座しており、そこに立てば町を一望、天気が良ければ瀬戸内海も見渡せた。


我々は「岩谷観音」(いわやのかんのん)と呼んでいた。正しくは「高尾山」というらしい。

5年ほど前に地図を見て知った。「岩谷観音」という名の由来について薀蓄のひとつもたれようとすると、ようやく書き終えた、そこを舞台とした「昔話もどき」の内容にまで及ぶ。そうなると1枚では終わらないので、ここでは割愛する。


5、6年の担任だったF先生はとても良い先生だったが、今となってみれば一つだけ不満がある。町の歴史について触れてくれなかったことである。これを知っていれば、「クレオパトラが出てくるかもしれないから世界史を選択しよう」などと無駄な遠回りをすることなく、日本史に興味を持ったはずである。


さて、良く晴れた秋の日であった。当時よくつるんでいたMと手製弁当持参で岩谷観音に登った。

50代と思われるおじさんが背中に大きな籠を背負っていた。深さ60㎝はあったであろうその籠の中には、こぼれ落ちてきそうなほど大量の松茸が入っていたのである。


今ほどではないにしろ当時とて松茸は高かった。Mとともにそのあたりを探してみたが見つかるはずもない。おじさんに声をかけていれば一つや二つは持たせてくれたであろう。残念なことをしたものである。


話は戻るが、その「昔話もどき」のエピソードの一つに松茸を使おうとしたところ、平安時代は「くさい茸」として敬遠されていたことを知った。


同様に、時代とともに評価が変わるものがある。たとえば美女である。

幕末美女と銘打った類の本は結構出版されている。有名な芸子などは今でも立派に美女として通用するだろう。だが、「昔話もどき」に平安時代の美女をそのまま書いたのでは、どうにも感情移入できない。という理由で今風にした。


美形と優しさに弱いのは男の性。男のDNAと言うべきか。事実、幼かったわが息子たちが、気に入っていた女の子は大人のわたしたちから見てもかわいい子だった。


しかし、教えられたわけでもないのに美の基準が大人と同じだとしたら、平安時代はどうだったのだろう。細い目のおたふく顔をかわいいと思ったのだろうか。とは書いてみたものの、個人的には昭和天皇第一皇女 紀宮様のふっくらしたお顔は好きだったのである。


ただし、度々自慢している初恋の彼女とは傾向が違うということは付け加えておきたい。

もっとも、これを書くと、「ストライクゾーン広すぎ」「単なる女好きか」と突っ込まれそうである。

この文章が、嫁さんの目に触れた場合を考え、とりあえず否定しておこう。


……いや、そうではない。ここは、「嫁さんの顔もタイプである」と書くべきであった。

なんとも気の利かない男である。一日寝かせて、ようやくこれである。




※これを書いた後、平安時代の貴族が松茸を探す遊びをしていた、という文章を見つけた。松茸で調べると「くさい茸」として敬遠されていたと書かれていたのにどうしたことだ。


挿絵(By みてみん)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ