08 優男な成金子息、子爵邸でお話しを聞きました(後)
「申し訳ないけれど、僕の妻になった人間をうちの邸で働かせることはできないよ?」
「そこを……なんとか!」
「ん~……」
俺はカミラが納得出来る方法を考えた。
カミラは、使用人技術を体験したい。
ちょっと強引な打開案を出した。
「では、婚約者として、うちでしばらくの間、住むのはどう?」
「ローレンツ様の邸でですか?」
それなら結婚した妻を、自分より家格の下の家で働かせるよりはマシだろう。
「うん。 その間なら、妻よりも好き勝手出来るからね。
妻に使用人の真似事をさせるのは、外聞が悪いからなぁ。
『妻を使用人扱いしているひどい人間が経営している商会なんて、クズだ!』
なんて言われて、売り上げが落ちてしまうからね。
婚約者としてなら、使用人の立場の人がどんなことをやっているのか学びたいとか言っておけば、まだ、納得してくれるから。
申し訳ないけど、僕は経営者だから、ちょっとの悪評も命取りなんだ。」
カミラは目を見開き、キラキラした顔で口を丸い形にした。
「なるほど。 そう見る人もいるのですね。
でも、それだと、私は外聞が悪いですよ。 「魔女」ですし」
「そこは、徐々に噂を変えていけば良い。 あなたの人柄なら、きっとうちの使用人達も気に入るだろう。
ただ……この契約書はお父上には見せたのかな?」
「いいえ。 昨日1人で考えたので、まだ言っておりません。」
やっぱり……!!
勝手にうちで働かせることになれば、子爵家を侮辱されたと糾弾されかねない!
「それはまずいな。 後日、改めてお父上とお会い出来る日を設定してもらいたい」
「今日、帰り次第、父に伝えます。」
「そうしてくれると助かる」
すると、俺は学園について、あることを思い出し「あ」っと口を開いて、カミラに訪ねた。
「もし、学園に通いたいなら、結婚した後でも通うことは可能だよ?
周りから浮くかもしれないけど、学園を卒業したという資格は、得ることが出来ると思う」
「え……と」
なぜかカミラは躊躇した。
そして、ゆっくりと自分の考えを口にした。
「……正直、ローレンツ様の側にいた方が、勉強出来る気がします。
私は社交が苦手というのは嫌と言うほどわかりましたし……。
学園の資格だけ、もらうことは出来ないのでしょうか?」
俺は「うーん」と頭に手を当てながら、それが出来るか考えた。
確か、学園の規定では、学園を通ったもののみ、資格が与えられる。
学園は14才~16才の貴族の子息、子女が通うことを許されている。
以前、その年齢で通えなかった者の、救済措置として、テストに合格すれば、学園資格が得れる期間が僅かだかあった。
しかし、貴族ではないものに、学園資格を与えるミスが多々あり、それは廃止されてしまったのだ。
「それは……難しいね。 お金を積めば可能かもしれないけど……」
あくまでも噂では、ある貴族がお金を積みまくって、なんとか学園資格を得たケースがあると聞いた。
「そうですか……なら、もし、ローレンツ様が私に愛想をつかしたら、ローレンツ様に推薦状を書いてもらうことにします」
ズキっと傷つく音がした。
俺が愛想をつかすなんて、そんなことをすると思っているのか?
本当に彼女は自己評価が低い。
「魔女」という噂も原因か?
「……君はそれでいいの?」
「はい。 夫に愛してもらうなど、私には程遠い夢みたいなものですから」
そんなこと、そんなに綺麗な顔と心を持つ彼女の口から、聞きたくなかった。
「君は、前向きなのか、後ろ向きなのかがわからないな」
「はい?」
「いや……何でも無い。 今日はこれで失礼させてもらうよ」
玄関まで一緒に歩いて向かうとき、彼女の後ろ姿をずっとみていた。
彼女を幸せにしたい。
俺は固く拳を握りながら、そんな欲が出た。
「本日はお越し頂きありがとうございました。」
「こちらこそ。 楽しい時間を過ごせて良かった。」
「やっぱり、ローレンツ様に頼んで、正解でした。」
「ん?」
「ローレンツ様なら、うちの子爵家を乗っ取ろうなんて、ひどいことをしない人だと思ったのです。
それ以外の人なら、きっと、お断りしておりました。」
この言葉に、俺は天にも昇るような気持ちになった。
そうか。
カミラは、俺を信じてくれていたのか。
「そっ……か。 信じてくれて光栄だな。 だけど、僕みたいに優しい顔した人が、ひどいことをすることもあるんだよ。 用心に越したことはないからね。」
「もちろんです!」
「お父上にも、僕のことを調査した上で会ってほしいと、伝えておいてくれるかな?」
「調べられても良いのですか?」
「それで困ることはしていないつもりだからね」
互いに笑い合った後、後ろ髪を引かれながら、俺は外へ一歩ずつ踏み出した。




