35 強面貧乏お嬢様、事の顛末を聞きました(前)
ざまぁ その1
「気分はどうだい?」
ローレンツ様は私に優しい声で尋ねた。
「はい、もう全然! 日常生活には支障ないですよ」
私は今、ベック男爵家の客間で療養している。
私が助け出された日。
ローレンツ様と旦那様は、父に対して猛烈に謝罪したという。
父は、「カミラの治療費を出してくれれば問題ないよ」というので、実家には戻らず、引き続きベック男爵家に滞在することになった。
使用人の皆からは、「帰って来て良かった~!!」と言う声が多く聞かれ、私はここに居ていいんだと「ホッ」とするような、温かい気持ちになっていた。
もう大分回復し、少しでも早く終わらせるため、貴族夫人教育を再開したかったのだが…
「まだ、包帯取れてないよね?」
というローレンツ様の言葉で、未だに私はベッドの上だ。
「今日は報告もあって来たんだ。 カミラは巻き込まれた張本人だからね。
…下働きに言っていなかった事もあるし」
ローレンツ様は一つひとつ、丁寧に話してくれた。
まずは謝罪から始まった。
「実はエルザがミーシェのスパイだってことを以前から知っていたんだ。
知っていて、敢えて泳がしていた。
彼女は侍女としては優秀だったから、すぐに解雇するのは、周りに不信感を与えると思って、研修期間終了まで待つ事にしたんだ」
そういえば……と私はエルゼが言っていた言葉を思い出した。
「本人は以前、『密偵が誰』って噂を流したから、解雇されたって言ってました」
ローレンツ様は真剣な顔で私に頷いた。
「そう。 彼女はそうやって、誰が密偵なのかって、人を疑心暗鬼にさせたり、
情報を引き出しやすくしたんだ。
王女が俺を狙っていたことは知ってるよね?
カミラは俺の大事な婚約者だ。 つまり俺の弱点でもある。
エルゼは君を連れ出す為に、使用人達の情報を集め、決行したんだ。」
私は口を開けて、固まった。
「え? じゃぁ、私がローレンツ様の足を引っ張って……」
「そう言わないでくれ! 誰だって愛する人は弱点になるんだ!!」
「は……はい」
私は思わず、顔が熱くなってしまった。
「だから、ごめんね。
今回捕まったのは、すべて俺のせいなんだ。
守りきれなくて……ごめん。」
「……ローレンツ様は助けに来てくださったじゃないですか!! それだけで充分です。
あと、お姫様だっこをしてくださったところも……かっこ良かったです。」
「カミラ……」
一瞬甘い空気が漂った。
「次に、王女のことだけど……」
王城でのミーシェの王女の沙汰はこうだった。
「ミーシェ国第一王女クリスティーナ、そなたの処分が決定した。」
ロザリファ国王が重い口を開く。
「我が国からの追放処分に処する。」
その言葉に、クリスティーナは目を丸くした。
「え!?」
「当然であろう? 我が国の貴族の令嬢を誘拐、暴行した者を国で保護するなど、もってのほかだ。
しかも、複数の貴族、商人に勧誘をしていたそうだな。 調べはついているぞ。」
「…このことを、私の父であるミーシェ国王が黙っているかしら?」
「其方の失態を認めた手紙を、事件後すぐにミーシェに送った。
そしたら、謝罪の手紙が届き、すぐに娘を帰らせるとの仰せだ。」
「……そんな」
「なぜだか、わかるか?」
王は重く低い声で問う。
すると、クリスティーナは「ふっ!」と馬鹿にするように鼻で笑った。
「……たかが、下級の貴族令嬢においたしただけでこれなんて、随分ですわね」
「我が国の貴族は下級でも、上級でも、たかがではない。
君が我が国民である、平民にも同じ事をやっていたら、同じ沙汰が下っていた。」
クリスティーナは苦虫を噛んだような顔になった。
「彼女の婚約者は、ローレンツ・ベック男爵子息だ。
ベック家には、ミーシェ王国を支援する為の、日用品の大半を王家から発注している。
そんなベック家の大事な者を、ミーシェの王女に傷つけられたんだ。
ミーシェ王国に対して、非常に不快感をあらわにし、日用品の支援をしないと宣言した。」
やっと、理解したのか、クリスティーナの顔が青く染まった。
「そして、カミラ・アルベルツ子爵令嬢には、アドルフ・ブレンターノ伯爵という祖父もいる。
彼もミーシェ王国に対し、食料支援を中止したいと申し出ている。
ブレンターノ伯爵領は我が国が誇る、食料庫の一つだ。
食料の大半を支援を発注したのだが、今回のことで断られてしまった。」
クリスティーナは、口を少し開きながら、固まってしまった。
「其方の父、ミーシェ国王は、王女を帰国させる代わりに、食料・日用品支援を申し出た。
私の沙汰は、王女の追放。 今後一生、我が国への入国を禁止。
王女は二度と、この地を踏むことは無い。
そして、支援は当初の数より、75%まで引き下げることで、こちらは許すこととなった。
即刻帰国して頂きたい。
君と一緒にいた者は、すべて釈放する。 一緒に帰るが良い。
尚、帰国の際の安全は保証されない。
そのことを念頭に置くように。」
ロザリファからミーシェに帰るには、どうしても敵のベルクの海域を通らなければならない。
王女はこちらに来る時、ロザリファの兵が迎えに行き、ロザリファの船に護衛されて、やって来た。
今回はそれが無い。
つまり、命がけで国へ帰れということだ。
王女はそのまま、すぐに帰国することになった。




