03 強面貧乏お嬢様、使用人を目指します(前)
「契約結婚?」
ローレンツ様は訝しげながら、少し眉を寄せた。
「と、言うことは、君には他に添い遂げたい相手がいると」
「いないですよ」
きっぱり言い切る私に、さらにローレンツは眉を寄せた。
「ちょっと……意味がわからないな。」
すると、ローレンツはさりげなく辺りを見回した。
「今日は人目もあるし、後日改めて話を聞くってことで……いいかな?」
「はい。 よろしくお願いします」
こんなやり取りがあった2日後。
ローレンツ様は、王都にある、我が子爵邸に足を運んでくれた。
「こんにちは、カミラ嬢。」
「ようこそ、いらっしゃいませ。 ローレンツ様」
「……なぜ、侍女の格好をしているのかな?」
今、私は侍女の制服を着用していた。
「私の家の普段着です。 恥ずかしながら、これが一番無難なので」
「……そうか。 これ、知り合いがやっているパン屋のものなんだ。
何種類か入っているから、後で食べて欲しい。」
「ありがとうございます。 ……わぁ!こんなにたくさん! いいんですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます! こんなに素敵なパン初めて見ました!
ローレンツ様のそんなすごい人ともお知り合いなんですね!」
私は今日の食料確保できた喜びと、形が均等なパンを初めて見た喜びで、思わず笑みがこぼれる。
いつもは自家製の不格好なパンばかりなため、とっても新鮮だった。
「喜んでくれてうれしいよ。」
ローレンツ様を客間に案内して、私も侍女の制服のまま、ソファーに腰を下ろした。
「それで?どんな契約をしたいのかな?」
「まず、ローレンツ様は私との結婚には抵抗がないのですか?」
「契約次第……かな。 まずは聞かないとわからないことが多い」
「では」
一枚の紙を机に置いた。
「これが、私の契約結婚の条件になります」
要約すると、全部で3つだ。
・子爵家の負債を清算すること
・ローレンツにカミラとは別に好いている人が出来、カミラとの間に子どもが産まれていれば、その子に子爵家を継がせ、カミラは出て行く
そのとき、妹達がまだ家にいる場合、養うことを条件とする
・カミラをベック男爵家の使用人として働きに出すこと
「……負債の清算はわかる。 だが、後の項目の意味がわからない。」
「どこがでしょうか?」
ローレンツ様は紙に指を指しながら指摘した。
「まずは、僕に好きな人が出来た場合に君が出て行くことになっている。
これはいくらなんでもおかしいだろう。」
「有能な人が残るのは、当然ではないのですか?」
私はそれのどこがおかしいのか意味がわからなかった。
「ここは君の家だ。 それに、僕には子爵の血が入ってはいない。
この場合は僕が出て行くのが正しい。」
私は顔を強ばらせながら、動揺した。
「それでは子爵家が潰れてしまいます!
私には経営の知識はありませんし、学園にも通っていなかったので、働き口が皆無に近いです。」
このロザリファ王国には貴族が通う、貴族の為の学園が存在する。
元々は貴族の社交の為の学園で、14才~16才の約2年間通うことが出来る学園だ。
この学園の成績優秀者には、無条件で王城で働くことも可能である。
国立ではあるのだが、貴族が通うことから、入学金など諸々のお金がかかる。
私はお金がない関係で、学園に通うことが出来なかった。
学園で学ぶ知識は、当時才女と言われた母親が教えてくれたので問題ないのだが、学園に通ったという証明書がもらえないことや、人脈作りができないのは正直痛い。
証明書がもらえれば、侍女よりもワンランク上の仕事に就くことも可能になるが、通っていない者は、かなり優秀で無い限り、侍女より上の仕事に就くことは困難だ。
また、人脈作りをしていれば、職業のあっせんなどの情報を提供してもらうことも可能だった。
それらはすべて、私には無い。
王城で働くという選択肢もあるのだが、必ず雇ってくれるとはいえない。
定員人数を超えれば、誰かしら不採用になるし、何より親族のコネが優先になる。
「だから……君が困らないよう、僕が定期的にお金を支払うことを条件にすればいい。……聞くけど、君は僕に振られることを最初から前提にしているよね?
どうしてか、教えてくれるかな?」
「私はこんな容姿なので、いずれ捨てられることは目に見えております。
なので、使用人スキルをマスターし、どこへ言ってもお金が稼げるようにしたいのです」
「だから、うちの使用人として働くことにつながるのか…」
ローレンツ様はなぜかがっくりと肩を落とした。




