19 優男な成金子息、蠱惑な令嬢と密談しました
「はぁ!? アンネリーゼが来るって?」
俺はあからさまに嫌な顔をした。
「はい、先ほど先触れがありまして」
ユリウスがそう答えると、俺は「帰れと言ってくれ」と冷たく言い放った。
アンネリーゼ・ダナー男爵令嬢。
俺の兄、フレディの婚約者だ。
同じ成金男爵家同士、小さい頃から仲がよかった。
アンネリーゼは俺より2つ下の18才。
年も近いせいか、元平民同士だからか、つい乱暴な口調で話してしまうこともあった。
彼女は蠱惑的に相手に近づき、情報を聞き出すのも上手いし、オバカなフリして情報を聞くこともできる、演技力に長ける人だ。
本来であれば、情報屋として、快く受け入れるのだが、今日はフレディがいないし、人の婚約者と2人きりと言うのは外聞も悪い。
そんな彼女と2人きりで居る姿をカミラが見てしまったらどう思うか。
「私が言ってもきっと聞きませんよ。」
ユリウスはもう、諦めている。
なら、俺が自ら行こうとドアを開けて一歩出る。
すると、すでにアンネリーゼが目の前に居て、俺の首に両手を回し、胸を見せつけるように押し付けた。
「…アンネリーゼ」
俺が苛ついた声で言うと、
「情報をもってきたの」
と悪びれも無く言った。
仕方ないと思った俺は、部屋に入れてしまった。
もちろん、ユリウスにも有無を言わせず、同席してもらう。
すると、入ったとたん、大岩を投下させるような発言をした。
「さっき、例の彼女が居るのが見えたから、思わず抱きついて試しちゃった!」
俺は両膝をつき項垂れてしまった。
「え!? そんなにショックだったの?」
「アンネリーゼ、やっぱり情報は要らないから、帰ってくれないか」
「やってしまいましたね。 アンネリーゼ様」
「え? え? うそ! なんなの!? ちょっと! 説明してよ!」
俺はなんとかソファーに座り、カミラとの契約の話を口にした。
すると、アンネリーゼの顔が青くなる。
「そんなに自分に自信が無い方だったなんて…」
「きっとお前はカミラの悪い噂しか、入ってないんだろ? だったらさっさと失せろ」
思わず言葉が荒くなる。
「ごめん! ごめんてば!! 私も心配だったのよ! ヴェンデルから珍しく頼られたから」
「あ?」
何で弟の名前が出てくるんだ?
「侍女をやってるのも、ベック家を探るためなんじゃないか? ……何て言って……」
「ローレンツ様。 顔が悪魔になってますよ」
「ん…あぁ…すまない」
俺は顔を手で覆ってから、アンネリーゼに向いた。
「で? 情報って何だ?」
「ミーシェとベルクのことは知ってるでしょ?」
「一触即発と言っていたな。」
「それで、ミーシェから、王族がこちらに避難して来るらしいの。
表向きは留学と言う形で。」
「あぁ、可能性としては考えていたな。」
「で、その王族の方、ベック男爵家の事業に興味があるみたいなの」
「…それは兄上に言った方がいいのではないか?」
「興味をもった理由は絹よ! 絹はローレンツの分野でしょ!」
「大方作り方を教えろってところだな」
「でしょうね。 ねぇ! 聞いて損は無かったでしょ?」
「分かったから、さっさと出てってくれ。」
「さっき謝ったでしょう!? ごめんてばー!!」
「うちの侍女達も敵に回したかもな。 カミラは優秀で意外と可愛い性格だったから、子爵家に同行したいという者も多い」
「うそー!!」
「しかも、カミラはブレンターノ伯爵夫人の孫だ。 お前、敵に回したらまずいんじゃねぇの?」
「うっ!」
ブレンターノ伯爵夫人は、社交上手で有名な方だ。
かなり有力な上位貴族にもつながりがある。
アンネリーゼの顔が青くなっていた。
俺はアンネリーゼにしては、調査不足過ぎることに違和感を覚える。
「……お前、何者だ?」
「何者って……」
「アンネリーゼはもっと、調査しまくってから俺らに伝えて来るだろう?
それなのになぜだ?」
「……実は、私の情報筋でも、カミラ・アルベルツの情報は手に入らなかったのよ。
彼女は社交は全然だし、学園にも通っていなかったでしょ?
一番の詳しいのが、従兄弟のダンクマール・ブレンターノだもん。
……私、ああいうタイプ、近づきたくもないの。
それに、ヴェンデルから初めて頼られたのが嬉しすぎたのかも……ごめんなさい」
「……ユリウス。」
「はっ! 使用人達にも今回の件はお話させて頂きます」
「そんなぁ!」
「社交界で、カミラの良い噂を流してくれれば、許すかもな」
「やる! やります!! やらせてくださぁい!!! 寧ろお願いします~!!!」
それから俺は存分に、カミラの良いところを話しまくり、アンネリーゼはげっそりした顔で帰って行った。