18 強面貧乏お嬢様、蠱惑な令嬢に会いました
「そういえば、聞きまして? ある侯爵と男爵令嬢の噂」
「え……と……聞いたことがありません」
「なんでも、その侯爵の奥方はご病気の様子。 その間に男爵令嬢と楽しんでいるそうなのです」
「えー!ひどいです!」
「……カミラ。 その受け答えでは、ダメです」
侍女長が少し呆れながら、答えた。
ここは侍女長室。
カミラは侍女の仕事の傍ら、貴族夫人教育を侍女長から受けていた。
学園に行ったことが無く、家のことで頭がいっぱいだったカミラは、貧乏ながら、ある意味「箱入り娘」であった。
ただ、もう成人して社交界デビューを果たしているのだから、これくらいこなさなければ品位にかかわる。
カミラの母、アマーリアも社交界での貴族との応対について教えてはいたが、これに関しては珍しくカミラの飲み込みが悪かったのだ。
「口数は少なくて良いのです。
こんな噂を聞きましたか?と聞かれたら『はい』『いいえ』で答えれば充分です。
噂の内容を聞いて、喜ばしいことであれば、少し高めの声で『まあ」』。
反対に悲しいことであれば、少し低めの声で『まあ』。
それだけでも相手に伝わります。」
「それなら出来そうです。」
「では、またやってみましょう」
侍女の制服を着た2人の女性が、互いに扇子を開いて口元にあてながら、応対の練習を続けた。
それが終わった後は、侍女の仕事をビアンカとする。
「カミラ、今日はローレンツ様はご在宅だけど、行かなくていいの?」
「用がなければ行く必要がないと思うのだけれど……」
「行かなくてはいけないの?」とカミラの瞳が訴えた。
ビアンカは「うーん」と少し眉を寄せた。
「今は侍女をやってるけど、本来なら行っても問題ない仲なんだから、別に良いと思うけど。
『お顔が見たくなって』とか言ってさ」
「お仕事中だったら、邪魔したくないし……。
ローレンツ様付きの侍女の方々に失礼かなって。
それに、今、侍女長に社交の勉強をして頂いているのだけれど、うまくいっていないの」
「そんなに難しいの?」
「……私にとっては」
「あぁ……苦手そうだものね」
今は、昼を食べた後の休憩中で、カミラとビアンカは侍女達の控え室に居た。
その他の侍女達も休憩して雑談していた。
最初こそ、「魔女」の異名をもつ令嬢がなぜここに!?と恐縮しきりだったが、日を立つごとにカミラの人柄を知り、今では穏やかに笑い合えるような関係になっている。
「カミラは言ったこと無いの? 『あなた、頭が高くってよ!』とか」
ビアンカ以外の侍女がカミラに尋ねた。
「そんなこと……今まで言ったことが無い!
そうだとしても、下位だから、そんなこと恐ろしくて言えないし、言っている方も見たことがないの」
「やっぱりそうか。 噂って恐いわね。 あること無いこと伝わってくるんだもの」
「私がそんなこと言ってたって噂もあるの?」
「……不敬なら謝ります」
「いいんです! 私が知らなすぎなだけだから!」
「話してみないと分からないよね。 カミラがこんなに可愛い人だって!」
うんうんとみんなで頷く。
すると、手をパンパンと叩く音が響いた。
「もう、休憩は終わりです。
皆さん、それぞれの仕事に向かってください。」
その声を聞いて、みんなぞろぞろ出て行く。
カミラとビアンカは、男爵家一家の書斎部屋がある、廊下の清掃が担当だった。
静かに掃除するよう、申し付けられている。
今日はローレンツ様がいらっしゃるので、怒られないかドキドキしながら、黙って掃除をしていた。
すると、ローレンツ様の部屋に向かって1人のご令嬢が、侍女に連れられ歩いて来た。
私たちはすぐに、掃除の手を止め、掃除道具を出来るだけ隠し、お客様をみて、両手をお腹辺りに添えた。
その令嬢は、茶の緩いウェーブの可愛らしい容姿の方だった。
ただ、雰囲気はどこか色っぽい。
ローレンツ様があわてて書斎から出て来ると、令嬢はその首に手を回し、豊かな胸を押し付けた。
すると、ローレンツ様はそのご令嬢を部屋の中へ入れた。
やっぱり……そんな人がいたんだ。
最初から、わかっていたことじゃない。
なのに、胸がズキリと痛んだ。
「カ……カミラ?」
ビアンカが心配そうな顔で私をみる。
「何?」
「だ……大丈夫なの!?」
「……うん。それより、掃除しなくちゃ。」
「それよりじゃないよ! 誰よ! あれは!」
「さぁ?」
「さぁって……」
そういって掃除用具に手を伸ばそうとすると、ローレンツ様つきの侍女達がそれに待ったをかけた。
「ここは、私たちに任せて! やっておくから。
カミラとビアンカは、侍女長の所へ行って、指示を仰いで! ね!」
「あの! 先輩方はあの方を知っているのですか!?」
ビアンカが訪ねると、先輩侍女は困った顔をする。
「まぁ……でも口止めされているの。 ごめんなさい」
そう言われてしまい、私とビアンカは侍女長室に向かう。
向かう途中、ビアンカは眉間に皺を寄せて、恐い顔をしていた。
侍女長に指示を仰ぐと、ビアンカは別の見習い侍女たちと合流。
私は、侍女長と貴族夫人教育を受ける事になった。
お掃除の方が楽しいのに……。
私は、みっちり侍女長と扇子を持ちながら、あらゆる応対ができる様、練習をすることになった。