14 強面貧乏お嬢様、使用人をはじめました(前)
やっとカミラ視点です。
「本日のベック家の方々のご予定を申し上げます。」
そう言ったのは、ベック男爵家の執事長のユリウスだ。
「本日、旦那様は取引先の方々と会食の予定が入っており、夜9時ごろ帰宅予定。
奥様は、昼をお取りになったら、街へ視察。 夕食は予定通り取る予定。
嫡男のフレディ様は、いつも通り商会で仕事をした後、夕食をとる予定。
ローレンツ様は、トラブルが無い限りは、夕食をここで取る予定。
三男のヴェンデル様も、トラブルが無い限りは、夕食をここで取る予定。」
手帳をユリウスが閉じると、前に顔を向ける。
「では、本日もよろしくお願い致します。」
そういって、ユリウスが整列している使用人達にお辞儀をする。
「「よろしくお願い致します」」
使用人一同頭を下げた。
その、使用人一同の中に、私はいた。
ここは、ベック男爵家。
私はめでたく使用人デビューを果たし、数日が過ぎていた。
主に私がやる仕事は、侍女の仕事だ。
掃除・お茶の準備・ベッドメイク等を行う。
一族のどなたかにつく専属の侍女は、服装選びもするそうだ。
洗濯はまとめて業者に出しているので、する必要が無かった。
私は「侍女見習い」としてまず基本を学ぶため、同じ入りたての侍女達と一緒に行動していた。
ちなみに私の正体は最初からばらしてある。
そのことを他言無用とし、もし、漏らした場合は出て行くだけでは済まず、推薦状も出してもらえない。
ベック家の使用人として、誇りを持って仕事をしている人間なら、秘密厳守は当然である。
だが、まだ「見習い」には、その自覚が薄い。
なのであえて、釘をさしているのだ。
私は主に、ビアンカという女性と行動を共にしていた。
「さ!今日も頑張ろうね。 カミラ」
「はい。 ビアンカ!」
ビアンカは、赤毛のウェーブに碧眼の、私と同い年の平民女性の見習い侍女。
私は、自分と同じ使用人なのだから、敬語は必要ないと言った。
ビアンカは、ここに来た当初「旦那様よりも上の階級の人を呼び捨てするなんて」と私に恐縮しきりだったが、今では慣れ、同僚の1人として扱ってもらっている。
私は教えてもらった通りに、ベッドメイクし、掃除をする。
お茶の練習もしたが、先輩方のお手本を見ただけで、美味しいお茶が入れられるようになった。
先輩侍女曰く、見習いの中で一番覚えが早いと言われた。
唯一、注意するとすれば、表情のなさである。
表情がなくても問題ないのだが、私の場合、真顔だとしても、周りを怖がらしてしまうのは良くないと言われてしまった。
「カミラは笑顔になれば、引く手数多なのにね」
「それはどうかな……でも、笑顔になるって難しい」
「何か嬉しいことを想像出来ないの?」
「うーん。 笑顔にしているつもりが笑ってないってことがある」
「カミラには難関か」
苦笑をしたビアンカが、話を変えた。
「今日は、旦那様以外の皆様がお夕食を取る日だから、ご兄弟にもやっと会えるね。」
そうなのだ。
ベック男爵夫妻とは、ここに来る時にご挨拶した。
旦那様は、ローレンツ様そっくりで、お兄様かと思ったほどだ。
奥様は、可愛らしい容姿の美人。 私の母、アマーリアと似たタイプの人だった。
そしてまだ、ローレンツ様のご兄弟には会えていない。
「嫡男のフレディ様は、奥様にそっくりなの。
小さい頃から、旦那様の商会に出入りしていたから、商品の案も小さい頃から出していたみたい。」
「小さい頃から!?」
「三男のヴェンデル様は、ローレンツ様が切っ掛けで商会を始めたそうよ」
「ローレンツ様が?」
「そう。 ローレンツ様は、外国から入って来る『絹』って織物を自国で作れないか考えて、作ることに成功したの。
それが切っ掛けになって、紡績や織物を販売する商会を経営しているんだけど、その織物を使って、服を作りたいって、ヴェンデル様がおっしゃって、ヴェンデル様の商会で服を販売することになったの」
「ご兄弟全員、天才……」
「誰が跡取りでもおかしくないってさ。 あと、ベック男爵家は領持ちなんだよね! 本来はご兄弟の誰かが領に行く予定だったんだけど、みんな商会のことで手一杯だから、領は優秀な使用人に任しているみたい」
「使用人の方まで優秀!」
「だよね~。 私もそんな人になりたい!!」
私は「はぁー……」と口を開けながら、固まる姿に、ビアンカは笑った。
「何、固まってるの?」
「なんだか…そんな素晴らしい人が婚約者なんだと思ったら……私なんか……」
「なんかじゃないって!
初めて見た時は、仕事出来るの?って失礼なことを思っていたけど、
誰よりも一生懸命だし、私らより早く、合格もらえてすごいって思ったよ。
そんなところにローレンツ様が惹かれたのかなって」
「ビアンカ……」
「私は、カミラを応援してるからね。」
笑顔で微笑む同僚に、私は複雑な気持ちだった。
応援してくれるのはうれしい。
けど、結婚生活はそんなに長くは続かないと思ってる。
だって、ローレンツ様は、すごいし、素敵な人だもん。
きっと、女性が放っておくはずがない。
「ありがと」
私はうっすら微笑んだ。 ……つもりが、真顔だったらしい。
ビアンカは「もうちょっと、笑顔の練習もしようか」と言われてしまった。