リリアンヌの独白③
「『悪役令嬢』、ですか?」
カチュアが初めて口を開いた。
父と母は物理的に口を開いている。私も初めて見たよ「あんぐり」っていう奴?
あとお母様、うれしいんですがそろそろ身体がみしみし、あっぎゅって、ぎゅってしないでえ。
「う、うん。意味、分かる?」
「まあ、おおよそは」
「うん、困ったよねー。どっしょっか?」
「どう…と言われましても」
そこで父が聞いてきた。
「リリアンヌ、『なる予定』というのはどういうことなのだ?私にはさっぱり話が見えない」
「あのですね…」
そこで私は「ハトプリ」のシナリオとギュスターブ家について説明した。
ざっくり言うと、程度の差はあれど、どのシナリオでもリリアンヌとギュスターブ家は積む。積んじゃう。
まあそのほとんどは私のせいなんだけど、一番軽いやつで、
「いじめ抜いたヒロインに諭され、改心したふりをしてやっぱり裏切り、最後は王子たちの手で着の身着のまま国外に追放される」で、
最悪のシナリオの場合、
「お父様もお母様も私の悪事に加担して国の簒奪を図り、ヒロインを追い詰めるが、最後は逆転され一家揃って剣の露、もしくは消し炭」
”攻略キャラ”が騎士・剣士系統か魔術師系統かで選択肢が、
そんな選択肢いらんわああああああ!
「…それが、私たちの末路、ということか?」
「はい」
「それ以外の選択肢は?」
「私も全員を攻略した訳ではないので、あるいはもっとまともな終わり方もあるかもしれませんが…」
「…そうか」
父は大きな溜息をついた。
ところでお母様。確かに怖い話をした私が悪いんですが、さっきからぎゅーぎゅー締まってて、そっからぶるぶる振動しはじめて、そろそろ私、限界です。
「リディア、そろそろリリアンヌを離してあげなさい。そのまま抱き潰す気かね」
ナイスお父様!これでようやくあだだだだだだだだだ!お母様!出ちゃう!なんか出ちゃう!!なんで力が上がったの!?
「あなた!リリアンヌがそんなひどいことをするはずがありません!!」
…おかあさま、
あだだだだだ!だから!締めないで嬉しいけどそろそろなんか見えてきたから!なんか女神さまがにっこり微笑んで手招きしてるんです、ってあんたが元凶か!待って待ってあっちに戻されそうだから!!
…私、つくづくシリアスに向かないのね。
私を離そうとしないお母様を、カチュアが引き剥がしてようやく人心地がついた。おかえり、私。
「さっきの話だが」
「はい?」
「結局、リリアンヌが知っているのはその『ゲーム』というものの中の話だろう?」
「ええ、まあ…」
「しかし、私たちにとって、ここは『ゲーム』ではなく、現実だ」
「…はい」
「確かに、リリアンヌの記憶ではそうなのかもしれないが、私たちがその『シナリオ』とやらに沿う必要はないし、第一、私は王や国に叛く気など毛頭ないよ」
きっぱりと告げる父。隣で母も頷いている。
「はい。私も進んで他人を傷つけたいと思っている訳ではありません」
「ならば、それが答えだ」
「でも…」
「なにか、問題でも?」
「私たちの意思と無関係に、何かの力が働く可能性も…」
そう、私が心配しているのはそれだ。
さっきの女神さまがホンモノかどうかはともかく、「瑠璃」の記憶を私に残すような力がどこかにあるなら、私たちを「ハトプリ」のシナリオ通りに動かすなんてこともできるんじゃないんだろうか。私はまだしも、これほどに私を愛してくれる父や母をこんなことに巻き込みたくない。そんなことになったら、私は、私自身が許せなくなる。
…だけど、父は私の悩みを一笑に付した。
「そんなことを気にする必要はない」
「え…」
「リリアンヌ。人間は、皆が自分の思い通りに生きている訳ではないよ」
「…」
父は、私に語り始める。
「自分や他人、あるいはお前の言う『力』に翻弄されながら人は生きている。予想もしないことや、ままならないこと。それを時には喜び、時には悲しむ。怒り、嘆き、笑い、そうやって起こる様々な出来事のことを、私たちは『運命』と呼んでいる」
「『運命』ですか…?」
「だからもし、私たちの力が及ばず、不幸な結果が訪れたとしても、それは『シナリオ』などではなく、私たちの『運命』に過ぎない」
「…」
「私自身あまり好きな言葉ではないがね。確かにそういうものは存在する。だが、それは私たちの行いの結果の先にあるもので、足下に『さあどうぞ』と敷かれた道の先にあるものではないと、私は思うよ」
「そう、ですね」
父は、ゆっくりと、私の心に沁みるように語る。
そして、柔らかく、私の心臓を刺した。
「お前、密かに家を出る気だったな」
えっ?なぜ、気付かれたの!
「お前のことだ。私たちの行く末を案じていたのだろう?どうせ、『お父様やお母様に迷惑は掛けられない。ならばここから私がいなくなれば』と言った所か」
…どうして
父は笑って答える。
「分かるとも、お前の考えていること位。私たちはお前の親だぞ」
ただ一人、全く気付いていなかったカチュアがその言葉に目を剥いた。
…やっぱり、私は嘘が下手だ。その通り。私はギュスターブ家をこっそり出るつもりだった。3歳とかは関係ない。私は、私の大切な家族を守れるならなんだってする。
「それと、お前は私たちのことを見くびりすぎる。私たちに、お前を守る力がないとでも?」
返す言葉がない。
「先程、お前は『誰も傷つけたくない』と言った。人が、人である以上、誰も傷つけず、誰にも傷つけられず生きていくことはできない。だが『そうありたい』と願う心は、何より尊いと思うし、そう願えるお前が私たちの娘であることを、私は、私たちは、誇りに思う」
母が言葉を継ぐ。
「でもねリリアンヌ。自分ひとりで『そうあろう』として、私たちを置いていかないで。私たちはあなたの『家族』なのよ」
でも、そうしないとお父様とお母様が、
ぽと。
「私たちはあなたの親で、あなたは私たちの大切な娘です。そんな悲しいことを言わないで」
ぽと。
ぽとぽと。
でも、だってだってこのままじゃ!
ぽとぽとぽと。
「子供が、遠い将来のことを憂いて余計な心配なぞするな。もしそうなっても、私もリディアも悔やみなどせん」
「それとも、私たちとじゃ嫌かしら?リリアンヌ?」
もうだめだ。
「ぞんなごどありまぜえええええええええええええん!!」
結局、父と母は超のつく親馬鹿で、私は超のつく馬鹿娘だった、というお話。




