「彼女」との対面⑤
私は、ひどく動揺している。
「るり」と言う名の女性に心当たりがあったからだ。
「薔薇園」に入学した直後に倒れた際、私はリリに対してその名を呼んだ。そしてその時に、私の中のなにかはリリがそうだと直感したはずだ。
だが、この少女の絵姿と名前をアデルから聞いた時に、私の中で何かがかちり、と嵌るような感覚があった。
彼女は確かに「るり」だ。
記憶を辿っても、私と彼女がどこかで会った様な覚えはないし、おそらく見るのも初めてだろう。だが、そうだという確信があり、それがさらに私を混乱させる。
どういうことだ?
私の中の「僕」なり「おれ」なりは、リリがそうだと言っていたのではないのか?では今、私が目の前の絵姿に対して得た確信とは一体何だ。
わからない。
わからない。
「どうしたアンドルー。さっきから様子がおかしいぞ」
ちょっと待ってくれアレックス、まだ考えているんだ。
「あの、彼女がどうかしましたか?」
だから待ってくれ。
落ちつけ。落ち着け。
リリは「リリアンヌ」であり、「るり」だと私は思っていた。だが目の前の彼女もまた「るり」だという。
これはただの偶然の一致で、よく似た赤の他人なのか?
そもそも私が確信していた、リリが「るり」だというそれは、果たして正しかったのか?
私の中で何かが矛盾しているような、考えれば考える程底のない沼にずぶりと沈むような、そんな感覚に陥る。
「おい大丈夫かアンドルー!ほんとに顔色が真っ青だぞ!」
「いや、ちょっと、考え、ごとを」
「って様子に見えねえよ!何があったアンドルー。この絵に何を見た?」
「王子様、『ルリ』に会ったことあるんですか?」
いや、何度思い起こしてみても私に彼女と会った記憶はないし、そもそも、私はリリ以外の女性をそういう目でみたことがない。
いや待て、今私は何と言った。「そういう目で見たことがない」?
では、今私は、
この女性を、そういう目で見ていると、そういうことなのか?
そんな馬鹿な。私が、リリ以外の女性に魅かれた?
「おいまた顔色がおかしいぞ!もう今日はやめようぜアンドルー」
「私もそうした方が良いと思います。王子様、今にも倒れそうですし、お医者様呼んできます」
「まってくれ、違う、んだ。そうじゃないん、だ」
「違わねえって!おいアデルさんとりあえず医者、」「はい!行ってきます!!」
「待てと言ってるだろうが!!」
予想以上に大声だったろうか。アレックスとアデルの動きが止まる。
「な……」
絶句する二人に
「そうじゃない。体調が悪い訳じゃないんだ。だからあまり騒ぎ立てないでくれ。リリに気付かれる」
混乱する感情に翻弄されながら、私はこの「ルリ」という少女に対し、ある確信を得た。
彼女が、リリが探している女性だ。
そして、
絶対に、リリをこの子と会わせてはならない。
理屈ではない。
経験ではない。
本能ではない。
知識ではない。
私の内の何者かが、リリと彼女を会わせることを拒絶している。もしそうなったら、私とリリの関係に致命的な何かが起きると、そう言っている。
だから、
「アレックス、アデル」
「な、なんだ急に怖い顔して」
「……なんで、しょうか」
「この絵の少女のことは、内密にしてくれ。特にリリには、絶対に話さないでくれ」
「その子は、リリアンヌに何か関係してるのか?もしかして、クラウスの所で言ってた……」
「黙れ」
アレックスが私を驚愕の目で見ている。アデルは私を見て怯えているようだ。
が、それがどうした。
「私は、内密にしてくれと言った。リリには伝えるなとも。お前達はそれが理解できないのか?」
「アンドルー、お前……」
「『頼み』が聞けないのであれば、命ずる」
「おう、じ、さ、ま」
「アンドルー、その顔は、ここではやめろ」
何が。
「レストニア王国第一王子レストニア=ディ=アンドルーが命ずる。この」
「やめろアンドルー!分かった!分かったから!!」
アレックスが私に一度も向けたことのない表情をする。
困惑と、悲しみと、侮蔑の入り混じった表情を。
「……分かったから、やめてくれ。お前のそんな顔は、見たくない」
そうして、私は
初めて彼らに「支配者」として接そうとしていたことに気付いた。
「……すまない。感情が高ぶって、してはならないことをしてしまったようだな」
詫びる私にアレックスが答える。
「……いや、貴方との距離が近すぎてすっかり忘れていました。貴方はこの国の「王子」でしたね」
初めて会った時ですら示さなかった、敬うような態度をアレックスがしている。
私とアレックスの間に、ぴしりと罅が入ったような気がした。
「これまでの非礼はお詫び致します。だが、何も理解できていない人間を、力ずくで抑え込もうとするのはやめて頂きたい。彼女を見て下さい王子、すっかり怯えてしまっているではありませんか」
「あの、私は別に、その……」
「もし貴方が本当にそれを命じる、というのであれば私も彼女もその命には従いましょう。ですがそれは私達が貴方に逆らえないからそうするだけです。貴方はそれで満足ですか?アンドルー王子」
「……アレックス。君は、私の友で、私は君の友でありたいと思っている。だから、それはやめてくれ。私が悪かった」
「俺からも頼む。……もう、さっきみたいのはやめてくれアンドルー。事情は分からん。分からんが、力を振るう時と場所が選べない『王』はただの暴君だぞ。俺はお前にそうなって欲しくない」
「すまない。冷静さを欠いていたことは謝る」
「俺はいい。彼女に」
「いや、私は」
「すまなかったね、アデル。この通りだ、許して貰いたい」
私が頭を下げると、彼女から動揺が伝わってきた。
「そ、そんな!王子様が私に頭を下げるなんて、あってはならないことですからやめて下さい!」
「いや、今言った通り私は冷静ではなかった。私の立場が君に与える影響に考えが及ばなかったのは私の失態だ。許して欲しい」
「い、いえもう良いですから!ちょっとびっくりしただけですから!ですからやめて下さい!」
「アデルさん、俺からも詫びる。すまなかった」
アレックスも私同様、アデルに頭を下げる。
「俺達の事情に、あんたを巻き込んで怖い目に遭わせてしまったな。勘弁してくれ」
「ですから、それはもう良いですから。お二人に頭を下げられたら、私どうしていいか分かりません」
「水に流せとは言わないが、どうか気を悪くしないでくれ」
「もう、本当にお願いですから」
アデルが涙目ですっかり困惑している。
「アンドルー」
「なんだ」
「全部、話して貰うぞ。お前の知っていること、全部。じゃないと、今後お前の行動を信頼することはできん」
「……全部、か」
「嫌ならそれまでだ」
「いや、アレックスに話すのは構わない。だが、アデルを本格的に巻き込むのは」
あ、という表情のアレックス。
「そうか。そうだよな。すまん、どうやら俺も少しばかり冷静さが足りないようだな。じゃあ後で」
「……あの」
「ん?どうしたアデルさん」
「今してる話って、『ルリ』に関係する話なんですよね?」
「まあたぶんそう言うことなんだと思うが……」
そう答えながら二人がこちらに視線を向ける。私はひとつ頷いてそれに応えた。
「だったら、聞いておきたいです。『ルリ』が、王子様にどう関わっているのか」
「こう言っちゃ何だが、話を聞いたら後戻りできなくなるぞ。アンドルーの抱える事情だ。アデルさんには少々荷が重いと思うんだがな」
「いえ。このままでも少なからず巻き込まれそうな気もしますし、知っておいた方が良いことなら、それが彼女の助けになるなら、ぜひ教えて下さい」
「どうする?アンドルー」
「彼女もそうだが、君は良いのかアレックス」
「ん?何が?」
「君は『部外者』じゃなかったのか?私としては君も彼女同様、巻き込むのに何の躊躇もなく、とはいかないだ……」「もうそういうのはいいよ、アンドルー」
「……」
「どうやらお前が抱えてる話ってのは、王子様のお前でも手に余るように見えるしな。手が足りないなら貸すってさっきも言っただろう。それともやっぱり俺じゃ頼りにならねえか?」
「……頼む、アレックス」
「期待には、応えてみせるさ」




