激昂と冷静と
「おっ」
再度門をくぐった私を見て、ルーカスが声を掛けてきた。
「上手く落ち合えたようだな。アンドルー」
「ええ。おかげ様で無事」
リリアンヌとアレックスを指し示し答える私に、アレックスが問うてくる。
「なんだ。知り合いか?」
「と言っても、先程知り合ったばかりだが」
「ふうん。さっきも思ったんだが、アンドルーは王子のわりに物怖じしないんだな」
「まあ、王宮には人が多く集まるから、人慣れはしているかもね」
「そういうもんかね」
「いや、アンドルーはちょっと毛色が違うかもな」
ルーカスはアレックスの反応に異を唱える。
「貴族ってのはもう少しお堅いもんさ。だがアンドルーにはそういう所がない」
「そうですね、アンドルーはあまり人との間に壁を作らないように思います」
「そんなことはないよ」
壁を作らない相手は君くらいだよ、リリアンヌ。
「ルーカスさん、と仰るのですね。私はリリアンヌ=ギュスターブと申します。これから、どうぞよろしくお願い致します」
「俺はアレックス=ブルーム。よろしく」
「ああ。ルーカス=ランスタッドという。よろしくな。しかし、」
「何ですか?」
「噂以上の別嬪さんだなあ、リリアンヌ嬢は」
リリアンヌは頬を赤らめて、
「そ、そんなことはないですよ」
と謙遜している。
「いや、まあ綺麗な方だよな」
「『方』じゃない。リリアンヌは綺麗だよ」
「もう、アンドルーは」
「へいへい、ご馳走様。甘すぎてげっぷが出そうだ」
「アレックスも!」
「まてまて3人とも」
ルーカスが私たちの会話を制する。
「話もいいが、そろそろ大講堂へ向かわんと式に間に合わんぞ」
「あ。そうでした」
「大講堂?入学式はそちらで?」
「ああそうだ。右手奥の、」
と、ルーカスは奥の、屋根の高い建物を指し示す。
「あれが大講堂だ。受付を済ませたらあそこに行け」
「分かりました。ありがとうルーカス」
「じゃ、受付済ませてとっとと行くか」
「ありがとうございました。ルーカス」
三者三様の挨拶をして、私たちは受付に向かった。
受付を済ませ大講堂に向かう道すがら、アレックスが周りを伺いつつ私に言う。
「しっかし、知ってたとはいえ、二人は注目の的だよな」
アレックスの言う通り、私たち3人は周囲の注目を集めている。
まあ、この国の王子とその婚約者だ。注目を浴びないはずがない。ただ、彼らは私たちを遠巻きに見ているだけで声を掛けてくるような気配はないようだ。どちらかというとアレックスに視線が行っているようにも見える。
「どこの馬の骨とも知れんのが王子様に横にいるんだから、そりゃ注目もされるよな。『誰だ、あいつは』ってな」
周囲の視線を察したアレックスが、それでも飄々と話す。
「別に取って食ったりしねえのにな」
いや、リリアンヌは危なかったからなあ。
「ねえ。アレックスはすごく良い人ですのに」
「いい男、だろ」
「自分で言わなければ、ですねー」
「ありゃ」
そんな軽口を叩きながら大講堂の扉を開けようとした私たちの前に、誰かの手が伸びて、すっと扉を押し開ける。
「どうぞ、アンドルー様」
横に、得意げな顔をした男が扉を押している。周囲の学生たちがあげるどよめきは、わずかな驚きと焦りが含まれている。「先を越された」と言った所か?
「レイオル君、だったかな?アントワープ家の」
「おお!我が家をご存知でしたか!」
大仰な態度で、自らをアピールするレイオル。
「もちろん。伯爵には先日もお会いしたばかりだからね。君もここに?」
「はい!殿下がここにお見えになると聞きましたので、『是非私も』と、父に頼みました」
まあ、そうだろうな。
今年「薔薇園」へ入る学生の数は例年の5倍にあたる500人。元々の志願者数はさらにその10倍というから、4500人が涙を呑んだ計算だ。
彼らの目的、というか、その理由は当然のごとく、私だ。
私が学園に入ることを聞きつけた連中が少しでもお近づきになろうと、あの手この手を使い子女たちを捻じ込んできたそうだ。自立の気風ををもってなる「薔薇園」といえど、その全てを拒むことはできなかったらしいが、ある意味これは私のせいでもある。
「婚姻の誓約」以降、私はリリアンヌにべったりだった。
公的な場では、誰に対しても分け隔てなく接するが、私的な部分については触れることを頑なに許さなかったため、貴族たちは私の懐にどう入り込んだものか苦慮していたらしい。
悪いが、簡単に懐は開かんよ。リリアンヌ以外にそんなことできる者はそういない。
父に談判したものもいたらしいが、「その位自力でやれ」と一蹴されたと聞く。たまには父も良いことをしてくれるな。大抵は碌でもないことばかりだが。
…まあともかく、どうにも機会を得ることができないことに業を煮やした彼らの親が、私の「薔薇園」入りを千載一遇の機会とみて、無理押ししてきたのも、事情としては理解できる。
が、その事情を私が慮るべき理由はない。
特に、目の前の彼のような、思惑があからさまに透けて見えるような者には。
「そうか。それは分かったが、そういう気遣いは無用に願うよ」
レイオルはこれもまた大仰に驚く。何かと芝居がかった男のようだな。
「仮にもレストニアの皇太子と、その婚約者たるリリアンヌ様ともあろうお方が何を仰います!」
…リリアンヌは関係ないだろう。
「次代の王たる貴方様に傅くは、臣下として当然のこと!それを『無用』とは、あまりの仰りようではありませぬか!!リリアンヌ様もそう思われませんか!?」
「え、私?」
声が大きいよ。だから、なぜリリアンヌを巻き込もうとする?
私と彼女、両方の覚えでも良くしようと思ったか。媚びるような目線が少々鼻につく。
「だから言ったろ、アンドルー」
何が?アレックス。
「これが普通のお貴族様だよ、俺が、よっく知る、な」
ああまあ、そうなんだけど。相手をするのが少しばかり面倒になってきたな。普段ならそうでもないが、じきに式が始まるんだ。茶番に付き合うほど暇じゃない。
「ん?貴様はなんだ!」
今度はアレックスに矛先を向ける、本当に面倒な奴だな、ええと、こいつ、何て名前だっけ。
「貴様、見た所平民のようだが、何故皇太子の横に立っているのだ!貴様のようなものが殿下の横に立つなぞ恐れ多いぞ!控えろ!!」
「ああん?俺はアンドルーのダチだよ、文句あんのか?」
「な、な!で、殿下を呼び捨てだと!!貴様!無礼にも程があるぞ!」
「ダチなんだから何て呼ぼうが俺の勝手だよ。お前にあれこれ言われる筋合いはねえ」
アレックスはこういうのに慣れているようだな。
私はさっきから胸の奥がざわざわして、上手く言葉が出ない。
「お、『お前』だと!?き、貴様っ!だ、誰に向かって口を聞いている!!」
「かっかすんなよ、伯爵家の名が泣くぞ」
「貴様!!アントワープ家を愚弄するかっ!!」
「してねえよ。貴族なら貴族らしく鷹揚な態度を見せろ、って言ってんだ」
「き、きさ、ま。わ、私に説教でもしてるつもり、か」
男の体がぶるぶると震え始めた。
ああ、自分で仕掛けといて勝手に暴発しかけるなんて、全く、貴族らしい。
「ふざけるな!私に説教なぞ出来る立場だと思っているのか!!控えろ!下民!!」
…あ”あ”ん?
「下民」だと?いま、おまえは、アレックスのことを「下民」と呼んだか。
リリを貶め、アレックスを貶めるのか、
てめえは!!
前に出ようとした私の肩を、細い手がすっ、と押さえた。
ぱん!!
大講堂に、甲高い音が響き渡った。
…一瞬、彼女がこいつの顔を叩いたかのように思ったが、違う。
リリは自分の両手を打ち合わせただけだ。大講堂が静寂に包まれる。
「少々、言葉が過ぎませんか?レイオル様」
「う。あ、り、リリアンヌ、さま」
「アレックスはアンドルー様、そして私の友でもあります。その方に向かって『下民』とは、侮辱にしても度が過ぎていると思いますよ?」
「し、しかし」
「そもそも、貴族の子女たるレイオル様が、皆の前でかように言葉を荒げるなど、あって良いことではないでしょう。周りを御覧なさい」
周りは冷めた目でこいつを見ている。当たり前だ。
「う、あ」
「レイオル様。ここは何処ですか?」
「ば、『薔薇園』です、が」
「そうです。国の庇護にありながら『自由』『独立』を是とし、王よりそれが許された場です。レイオル様、貴方はそれを不服と申されるのですか?レストニアの公子が市井の者と共にある。それが許せぬと?」
「い、いやしかし、仮にも皇太子たる殿下、」
「それも誤りです。アンドルー様は未だ皇太子の座には居られません。18の歳に『立太子の儀』が行われるまでアンドルー様はまだただの王子です」
いや、言ってくれるねリリ。私は「ただの王子」か。思わず苦笑が出る。
「アンドルー様の御身分を詐称されるのは、他意あってのことですか?」
「い、いえ、決してそのような」
レイオルの言葉尻がだんだん小さくなる。
「アンドルー様が先に『無用』と言ったのは、『薔薇園』が身分に囚われぬ学び舎であるが故です。ここでは王子も、公爵や伯爵の子女も、市井のものも同じ『学生』です。臣下のように傅くのは適切でないと、アンドルー様がお気遣いになった、そのことを、レイオル様は無下になさいますか?」
「い、いえそ、そのような」
「そうでしょうとも」
リリアンヌはにっこりと微笑む。
「アントワープ家のご子息たるレイオル様が、そのような不遜な考えをお持ちとは私も思っておりません。ですが悲しいことにお互いの間に少々行き違いがあったのは、私たちにとって不幸なことでした」
「い、いえ」
「ですから、それについては私から詫びましょう。ごめんなさいね、レイオル」
「!」
「アンドルー様のお心を、私が上手くあなたに伝えて差し上げれば良かったのですが」
「い、いえ!滅相もない!わたくしこそ、殿下のお心が読み取れず、お恥ずかしい限りです」
「それとレイオル、先程申した通り、私たちは同じ『学生』であって、『臣下』ではありません。少なくとも、この場では」
「…はい」
「ですから、これからは同じ級友として接して下さいませんか?」
「…お心のままに」
「それも、少々堅苦しいのですけど」
リリアンヌは苦笑する。
「それと、先程のアレックスに対する貶めの言葉、それだけは正して頂けませんか」
「…申し訳ございません。我を忘れ、ならぬことを口にいたしました」
「私に、ではなく、アレックスに、ですよ」
「…」
レイオルはアレックスを見て、いくばくかの葛藤をしていたが、やがて
「…すまなかった。言葉が、過ぎた」
「なあに、気にしなさんな。こちとら慣れてるしな」
何事もなかったようにアレックスが言う。
「まああんたたちが、そういう教育を受けてるのは良く知ってるよ。嫌になる程刷り込まれてるのもな。だからまあ、あんたの言葉はあんたの言葉じゃない」
レイオルが怪訝そうな顔をする。
「まあいずれ気が付くようになるさ。でなければ、あんたは『アンドルーの臣下』にはなれねえからな」
にやり、と笑って、
「だから頑張りな。これからの頑張りを期待して、今日のことは水に流してやるよ」
「そう、か」
そして、小さな声でもう一度
「すまなかった」
と言った。
事が終わり、ようやく時が動き始める。おや、もう、式の開始間際じゃないか。
ぶふー、とリリが息を吐く。
リリ、「ぶふー」はないかなあ。
「き、緊張した」
「緊張?すごい立ち回りだったじゃないか」
正直、驚いた。普段の姿からとても想像できないほど毅然と、そして柔らかく諭す彼女は、ものすごく大人びて見えた。
「いやー俺も驚いたわ!やっぱリリアンヌ、公女様だったんだなあ」
「いや、あ、あの、アンディの顔みたら、今まで見た事ない程怒ってて、もしかしたらあの人、アンディに殺されるんじゃないかって、本気で思って、そ、そしたら『何とかしなくちゃ』って、無我夢中で」
「でも。すげえすらすら言えてたじゃん」
「いや、もんのすごい慌ててたんだけど、なんか、上手くやんなきゃって、逆に、なんか冷静になった」
「冷静に?」
「だ、だってあんな怒ったアンディ初めてみたし!アレックスはまた煽るし、私が冷静にならないと、って」
「うん。俺もみたけどアンドルーすげえ怒ってたよな」
「そうでしょ!?ヤバいって思ったでしょ?」
そんなことないよ。私はそんなに気が短くない。
「まあ俺もそう思ったけどさ、リリアンヌなんか言葉遣い変じゃね?」
「あ。いやその、おほほほほほほほ」
「やっぱリリアンヌ、お前ちょっと違うわ」
「そ、そんなことないでございますですよ」
いや、それはおかしい、かな。
わーわーとやり取りしている二人を見ていると、不意にぱし、と肩が叩かれた。
振り向くと、そこに立っていたのはレティシア教授。
「中々、面白い嫁を連れてきたじゃないか」
「ええ。自慢の嫁ですよ」
横で「まだ違うよ!」と聞こえる。違わないよ。
「いや、私の代わりをやってくれるやつなんて、初めて見たよ。今後に期待したいねえ」
「ご期待には、充分すぎるほど沿えると思いますよ。リリアンヌは」
「君もな」
「?」
「あんな表情もできるんだな。少し見直したよ」
「あんな表情」?意味が分からない。
「王子様の本気の殺意なんぞ、滅多にお目に掛かれるもんじゃないからな。面白いものを見せて貰った」
「殺意なんか持ちませんよ」
「ふうん。気付いてないのか、惚けているのは知らんが、まあ君にも期待してる」
「それは、応えられるか分かりませんね」
「あくまで期待だよ、ただの」
そういうと、手をひらひらと振りながら教授は去っていった。




