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エンドリア物語

「見ざる言わざる関わらず」<エンドリア物語外伝102>

作者: あまみつ
掲載日:2017/09/22

「賞金がかかった。金額は金貨1000枚。条件はターゲットの殺害。仕切りはルッテ商会だ」

 アーロン隊長が面倒くさそうに言った。

 腰につけた小物入れから、小さな皮袋を出した。

「金をやるから、ムーと温泉にでも行ってこい」

 オレの顔の前で、ヒラヒラと皮袋を振った。

 ニダウにいるな、ということらしい。

「ありがとうございます」

 オレは皮袋を恭しく受け取った。

「留守にするのは3日でいいでしょうか?」

「そうだなあ、1年ほど湯に浸かってこい」

「1年はきつそうですね。5日でどうでしょう?」

「本音を言えば10年だな。10分の1に負けてやっているのだから、1年くらいは我慢しろ」

「そう言われましても、桃海亭も商売をしていますから………」

 扉が派手な音を立てて、開いた。

「ウィル、何を見た!」

 魔法協会災害対策室のスモールウッドさんが、汗みどろで立っていた。

「何をと聞かれても」

「一昨日の昼間から昨日の昼間までの24時間だ。そこで、何を見たのだ!」

「見たものですか?」

 思い出そうとしたが、色々ありすぎて、思い出しきれない。

「何か特別な物を見たはずだ。思い出せ」

 スモールウッドさんが急かせた。

 奥の扉が開いて、シュデルが現れた。

 手にはティーカップが乗ったトレイを持っている。

「アーロン隊長、お茶をお持ちしました。スモールウッドさんもお飲みになりますか?」

 ソーサーに乗ったティーカップを、アーロン隊長の前に置いた。

「シュデル、ウィルは一昨日の昼間から昨日の昼間、どこにいた?」

「どこと聞かれましても」

「桃海亭にいたのか?」

「店長は、一昨日の正午にはムーさんとニローランドにいたはずです。それから、西に移動して……午後はレファレント。深夜には某国の大型飛竜に乗って移動。昨夜の明け方に南のケッンジアイランドに到着。そこから………」

「待て、待つんだ」

 スモールウッドさんが、シュデルをとめた。

「なぜ、大陸の各所を移動している?」

「僕は知りません。店長に聞いてください」

 スモールウッドさんがオレを見た。

「企業秘密です」

 色々巻き込まれたのだが、原因はよくわかっていない。オレとムーで必死に逃げ回っていたというのが正しい。

「とにかく、お前は何か重要なことを目撃したはずだ。それが何かわからないか?」

「わかりません」

「即答するな!」

「わからないものは、わからない以外の返事はありません」

 茶を飲んでいたアーロン隊長が、カップを置いて立ち上がった。

 スモールウッドさんに会釈をすると、店から出ていった。出るときに、念を押した。

「忘れるなよ」

「わかっています」

 オレとムーが、ニダウからいなくなることが嬉しいらしい。窓から、幸せそうな笑顔を浮かべたアーロン隊長が、商店街を歩いて行くのが見えた。

 ご機嫌のアーロン隊長と違い、スモールウッドさんは青ざめたまま、オレに怒鳴った。

「思い出せ。お前の命がかかっているのだ!」

 そこで気がついた。

「もしかして、賞金首はオレですか?」

「アーロン隊長から聞いていなかったのか!」

「オレは、ムーだと思っていました」

 ムーは常識無視の傍若無人魔術師だから、多くの人から恨みを買っている。ムーの首に、金を懸けるやつが居ても不思議じゃない。だが、オレのような善良で貧乏な人間の首に、金貨を1000枚もかけること自体、間違っている。

 オレの首にかける金があるなら、オレにくれ。

「ルッテ商会は、依頼元を公表してない。魔法協会で裏から手に入れた情報だと、一昨日の昼間から昨日の昼間まで何かを見た、ということだけだ」

 スモールウッドさんが、オレの命を守ろうとしてくれている。

 期待に応えて思い出したいが、24時間も逃げ回っている。思い出すには、手がかりがなければ難しい。

「スモールウッドさん。ムーには賞金が懸かっていないんですよね?」

「かかっていない」

「見た場所はレファレントだと思います」

「思い出したのか?」

「そうではなくて、一昨日の昼間から昨日の昼間までの間で、ムーと離れたのはレファレントだけです」

「間違いないのか?他の場所でも、離れた時間があったのではないのか?」

「レファレント以外は、飯もトイレも寝るのも一緒でしたから」

 スモールウッドさんの片頬がひきつった。

「勘違いしないでください。ムーと一緒に逃げ回っていたんです。飯は走りながら、水筒から水を飲みパンをかじりました。トイレは交互に見張りにたって、急いでしました。寝たのは大型飛竜に乗っている間だけで、一緒に床で爆睡しました」

「逃げていたのなら、なぜレファレントでムーと離れたのだ」

「ムーが突然いなくなったんです。場所が場所なんで、回収しないとまずいかなと思って、探しました」

 レファレントというのは都市の名前で、ルブクス大陸最大の歓楽街だ。カジノだけでも大小合わせれば百近い。健全を売りにするカジノもあれば、イカサマOK。魔法OK。という訳のわからないカジノまである。

 夜になれば街には娼婦が溢れ、ガラス窓には下着姿の女が灯りで浮かび上がる。

 酒、たばこ、女、薬のように、よくあるものから、常識では考えられないようなものまで、快楽に結びつくありとあらゆるものが存在する。

 男なら一度は行ってみたい所だが、金がないといけない場所でもある。オレとムーは逃げるために、野生のブルードラゴンに乗り、ムーが酔って、降りた場所がレファレントの近くだった。

 レファレントには、エンドリアに戻るため、乗り合い馬車を探しに入っただけだ。

「それで、ムーは見つかったのか?」

「すぐに見つかりました。10分と離れていなかったと思います」

 スモールウッドさんが不安そうな目で、オレを見ている。

 ムーがとんでもないことをやらかすと、所属している魔法協会の責任が問われる場合もある。

「ムーのアホ、つかまったんです」

「誰に?」

「綺麗なお姉さんと、怖いお兄さんに」

 それだけで、スモールウッドさんは何が起こったのかわかったようだ。

「奴らの目は腐っているのか。人攫いなどやめてしまえ」

 吐き捨てるように言った。

 ムーは、見た目は可愛い少年だ。顔立ちは整っている。大きな澄んだ青い瞳、白い肌、白い髪。出自が歴史ある名家のせいかはわからないが、黙っていれば品もある。

 歓楽街をうろつけば、商品になるからさらってくれと頼んでいるようなものだ。

 綺麗なお姉さんに呼ばれて、路地に入って、怖いお兄さんがいて、つかまりそうになった。

 ムーにしては珍しく考えた。

 このままつかまるのは危ない。だが、建築物密集地帯、魔法をぶっ放すととんでもない被害がでる。しかたなく、チェリードームに入って、オレがくるのを待った。

「あっ」

「何か思い出したか?」

「そういえば、おかしいなと思ったんです。オレがムーを救いに行ったとき、怖そうなお兄さんがいたんですが、オレを見たら、何も言わずに綺麗なお姉さんを連れて逃げたんです」

 オレをウィル・バーカーだと知っていた可能性が高い。

 もし、知らなければ、ムーを手に入れるため、オレに殴りかかってきただろう。それ以外に、ガタいのいい暴力系のお兄さんが、見るからに弱そうなオレから逃げる理由がない。

「あの男性は、オレを知っていて、ムーに会ったことがない人だと思います」

「それだけでは、男を探す手がかりにならない。それに、今回問題なのは、逃げた男ではなく、ウィルが何を見たかだ。ムーがいないとわかってから、ムーに会うまでの間、どこを歩いて、何を見た」

 オレは正直に言った。

「密集した建物の間を走って、たくさんの人とすれ違いました。初めて行った場所ですから、どこを歩いていたのかわかりません。気になるような出来事に会いませんでした」

 特別な物を見た記憶はない。

 記憶。

 オレは閃いた。

「こいつを使うのはどうでしょか?」

 オレはカウンターの下から、白く塗られた木の板を出した。

「それはなんだ?」

 スモールウッドさんが興味を示した。

 オレは実演することにした。

「これは、こう手を乗せて…………」

 手を乗せた場所の真上、半透明な映像が浮かび上がった。顔の筋肉まで硬そうな、ごつい男性の顔だった。

「ムーを誘拐した男です」

 男の顔を見ることができ、スモールウッドさんは喜んでくれると思ったのに、なぜか険しい顔をしている。

「なぜ、報告をしない?」

「報告って、なんの報告ですか?」

 ムー誘拐未遂には、魔法は絡んでいない。だから、魔法協会は関係ない。もし、事件を報告するとすればレファレントの警備隊だ。

 オレが首を傾げていると、隣にいたシュデルが淡々と話し出した。

「報告をすると製作許可申請書を出さなければならないからです。製作許可を取れる品物ではありませんから、出しませんでした」

 報告が必要だったのは、オレが手を乗せている白い板らしい。

「誰が作った?」

「ムー・ペトリが図面を引きました。その時、遊びにいらしたフィリズ・ホルトが簡単だからと作って帰られました」

「大陸法に抵触するとわかっていて作ったのだな?」

「ムーさんはわかっていたので、図面を引いただけです。フィリズさんはわかっていらっしゃいませんでした。ムーさんと僕が席を外した時に、暇だからと、手すさびに作られたみたいです」

「なぜ、壊さなかった」

「便利だからです。店長の説明は『あれだよ、あれ』です。ムーさんは『あれしゅ、あれっしゅ』です。何を指しているのかわかりません。この板に手を乗せていただければ、『あれ』が何か簡単にわかるからです」

 スモールウッドさんの、オレを見る目が冷たい。

「オレ、魔法に関する単語は、覚えていないものが多いんですよ」

 知らないから『あれ』ですませるしかない。時間と心に余裕があるときは、形状とか色とか説明する。

「店長もムーさんも魔法に関する物以外でも『あれ』です。人も物も場所も出来事も、すべて『あれ』で済ませるのです」

 淡々と話すシュデルの背中に、怒りのオーラが見える。

「ムーさんは僕が知る必要がある場合は、わかるように説明してくださいます。ですが、店長は」

 シュデルのいいたいことはわかる。だからといって、オレに正しい説明を希望されても困る。オレとムーは<知識の量>が違うのだ。

「わかった。だが、シュデル。これは大陸法違反だ」

「わかりました。どうぞ、お持ち帰りください。ここで壊されても構いません」

 シュデルが、白い板をスモールウッドさんに差し出した。

「ただし、今後、店長の『あれ』がわからなくて、事件が起きたり、拡大したりしても、僕は知りません」

 受け取ったスモールウッドさんは、複雑な顔をした。

 片手に板を持ったまま、オレの方を向いた。

「ウィル、普段はムーに頭の中を読んでもらっているのか?」

 スモールウッドさん、シュデルの説明で頭が混乱したようだ。

「そんなことしなくても、ムーとは『あれ』で通じます」

 スモールウッドさんは、今度はシュデルの方を向いた。

「店長の言うことは本当です。店長とムーさんは代名詞だけの会話が可能のようです。『あれ』『あっち』『あそこ』などで、意志の疎通が可能です」

 オレとムーが適当な言語で意志疎通するのは、一緒にいるからというより、一緒に命を失いそうになるからだ。

『オレが右に飛んだら、ブラックドラゴンがオレを追うと思うから、左足が浮き上がったところで、そこの地面をムーがピンクファイアボンバーで攻撃して爆風で転倒させよう』などと呑気に打ち合わせをしていたら、ブラックドラゴンに踏みつぶされるか、ブレスで炭になっている。だから、オレの右指をあげて『いくぞ』『オッケーしゅ』で、終わりだ。そのせいで、ドラゴンと一緒に、風で吹き飛ばされたり、燃やされそうになったり、氷漬けにされそうになったりする。結果論として、オレもムーも生きているから、通じた、ということでなっている。

 スモールウッドさんは、白い板をカウンターに置いた。

「私は、これが何かを知らない」

「ありがとうございます」

 シュデルが恭しくお辞儀をした。

「店長、ムーさんが行方不明になってから、再会するまでの間のことを、板に手を置いて思い出してみるのはいかがでしょう。店長にわからなくても、スモールウッドさんならわかるかもしれません」

「やってみるか」

 ムーがいないと気づいたときのことを思い出してみた。レファレントに入って20分経過していた。うまそうな肉の屋台がでていて、腹が鳴って、ムーと顔を見合わせた。表情で、オレもムーも金がないとわかり、2人で肩を落とした。肉の屋台の隣は、怪しげな薬の屋台で、その先は薬草の屋台だった。同じようなのが並んでいて商売になるのだろうかと覚えていた。次が焼き菓子の屋台で、甘い匂いが満ちていた。ムーが盗まないか心配になり、横を見るといなかった。

 ムーを探すか迷ったが、レファレントを吹っ飛ばしたら、世界中の男達から恨みを買う。しかたなく、オレはレファレントの街で、ムーを探し始めた。




「スモールウッドさん、わかりましたか?」

「…………わからん」

 スモールウッドさんが投げやりに言った。

「シュデル、何か気づいたか?」

「店長、いい加減にしてください!」

「何を怒っているんだ?」

「わからないのですか!」

「わかるはずないだろ」

 シュデルがバンとカウンターを叩いた。

「最初の映像で、人が飛んでいました」

「ああ、飛んでいた」

「壁にぶつかって、血塗れになりましたよね」

「屋台のテントに落ちたとき、元気な声で『いてぇー』と、叫んでいた」

「次に変な生き物が、店長に飛びかかってきましたよね?」

「大丈夫だ。かすり傷ひとつ負わなかった」

「あれ、なんですか?」

「なんだろうな。犬と猫とネズミを混ぜた感じだよな」

「疑問に思わなかったのですか?」

「そう言われると、変わった生き物だよな。いつもムーの異次元召喚モンスターを見ているから、気にならなかった」

「そのすぐ後に、3人の男性が店長の前に立ちはだかりましたよね」

「あの3人、何もしなかったぞ」

「追い剥ぎです」

「なんで、追い剥ぎだと思うんだ?」

「音声は聞こえませんが、口の動きでわかりました。お金を要求されていましたよね?」

「そういえば、なんか言っていたな」

「店長、言葉がわからなかったのですね」

「前から言っているだろ。オレはルブクス公用語しかわからない。それにオレが歩いていくと、気持ちよく道をあけてくれたぞ」

「店長の身なりから、巻き上げるのは無理と判断されたのではないでしょうか。店長は、桃海亭の店長なのです。もう少し良い服を着てください」

「そう思うなら、オレに服を買ってくれ」

「余裕ができたら考えます。それよりも、左から大量に転がってきた紫の物は何ですか?」

「何だろうなあ。一瞬で通り過ぎたからよく見てないんだ。外見は毛糸の玉みたいだった。30個くらいあった」

「上空に、光と炎が飛び交っていましたよね?」

「花火のことか?夜にやったら綺麗なのに、昼間やるのはもったいないと思ってみていた」

「あれは魔法です」

「そう言われれば、発色が魔法だな。最近、ムーが続けざまに派手なのをぶちかましていたから、小さすぎて魔法だと気づかなかった」

 シュデルが黙った。

「もう、いいか?」

「いま、考えています」

「私も聞いていいか?」

 スモールウッドさんがオレと目を合わせた。

「いま『ムーが続けざまに派手なのをぶちかました』と言ったな。何があったのかな?」

「オレ、そんなこと言いましたか?」

「ボクしゃんも言っていいだしゅか?」

 奥の扉のところにムーが立っていた。

「ボクしゃん、わかったしゅ」

 そう言って、ムーがニマリと笑った。

「そうか、僕にもわかりました。店長、これはまずいです」

 真顔のシュデルがオレに詰め寄った。

「店長、急いでムーさんと桃海亭から出てください」

「出ろと言われても、まだ行き先が決まっていないんだ。シュデル、安くて良い温泉を知らないか?」

 アーロン隊長から資金はもらった。

 皮袋の重さからすると、庶民向けの温泉なら1週間は楽に泊まれそうだ。

「何を呑気な………あ、そうです。温泉です。温泉に行ってきてください」

 シュデルはスモールウッドさんの方を向いた。

 スモールウッドさんは、状況がわからないという顔をしている。

「スモールウッドさん、お願いがあります。店長とムーさんを、僕がおすすめする温泉に送っていただけますか?」




「温泉、あるのかよ」

「あるしゅ」

 オレとムーは、トボトボと歩いていた。

 向かっているのはレファレント。

 歓楽街の街へ逆戻りだ。

「高いと入れないぞ」

「タダしゅ」

「無料ほど高い物はないんだぞ」

「文句はゾンビと魔法協会に言うしゅ」

 街を取り囲む高い石壁が見えてくる。

 両開きの巨大な鉄製の扉。

 扉を囲むように、派手な彫刻が施されている。裸の男女が絡み合う彫刻が多い。艶めかしいポーズだが、本当にやったら骨折する。

「入りたくないな」

「ボクしゃんもしゅ」

 開いている巨大扉に、男達が吸い込まれるように入っていく。

 門の横に並んでいるのは集団で遊びにくるときに使われる貸し切り馬車と、近隣の街とレファレントの間を往復する乗り合い馬車だ。何十台も並んでいる。

 砂漠の真ん中にあるレファレントは、徒歩ではこられない。いま、歩いているオレ達も、すぐ側に作られた王族貴族御用達の飛竜発着所までは空を飛んできた。

 違和感。

 門に近づくに連れて、それが鮮明になってきた。

 門から10メートルほど前で立ち止まった。

「気づいたか?」

「はいしゅ」

 門に刻まれている『レファレント』の文字。

 確信した。

「帰ってもいいですか?」

 オレとムーを、護衛している魔法協会の戦闘魔術師に聞いた。

 数メートル後を歩いた若い男の二人組が立ち止まった。

 ひとりが、ゆっくりと近づいてきた。

 オレの真後ろで止まると、小声で言った。

「帰ったら殺す」

 護衛に脅された。

「でも、ここ、オレ達が来た『レファレント』じゃないんですよ」

「そうしゅ。ウィルしゃん、門に刻まれた文字が読めなくて『ここ、どこだ~』って、言ったしゅ」

 男が押し殺した声で言った。

「違うというなら、お前達が行ったレファレントに行け」

「そんなこと言われても、無理です」

「話聞いてなかったしゅ?ウィルしゃんが『ここ、どこだ~』だしゅ。ボクしゃん達、迷子だったしゅ」

 逃げ回って、ブルードラゴンに乗って、適当に飛んだのだ。位置など、わかりっこない。

 男は小声だったが、強い口調で言った。

「帰り道から推測しろ」

「無理です」

「無理しゅ」

 オレとムーは断言した。

「レファレントから去るとき馬車に乗っただろう。着いた街と方向から推測しろ」

「オレ達、馬車に乗っていません」

「砂漠を歩いたとでも言うつもりか」

「まさか。そんなことをしたら干からびます。誘拐されそうになったあと、ムーと乗り合い馬車を探して歩いていたら、奇妙な魔法道具を持った集団に追いかけられて、門を抜けて、街道から砂漠に出て、しばらく、砂漠を逃げ回っていました。逃げている最中に、野良サンドウォームを会ったので、背中に乗せてもらって砂漠を抜けました。ご存じのようにここの砂漠は広いですから、どこにあったかなんてわかりません」

 レファレントは砂漠に囲まれている街だ。だから、オレ達はレファレントに行ったと信じていたのだ。

 話していて違和感の正体に気がついた。

 乗り合い馬車だ。ここには十数台並んでいるが、オレ達がついたレファレントには馬車が一台もいなかった。だから、オレとムーは、乗り合い馬車を探しに門の中に入ったのだ。

「ムー・ペトリ。門には何と書いてあった」

「神聖魔法語で<レファレント>しゅ」

「他に気づいたことはないか?」

「彫刻がチビッと違うしゅ」

「少し待て」

 2人組の男のひとりが、数メートル離れた。ノイズのような音が聞こえる。どこかと交信しているらしい。

 それを見ながら、オレは〈見てはいけなかったもの〉を思い出していた。

 犬と猫とネズミを混ぜた生物。

 奇妙なモンスターを頻繁に見るので、オレは特に気にしなかった。ムーとシュデルは、モンスター図鑑にいない生物だと気が付いた。未発見の異次元モンスターという可能性はあるが、現在、異次元モンスターを召喚できるのはムーだけなのだから、ムーが知らなければ異次元モンスターという可能性はゼロに近い。そうなると、この世界の未発見のモンスターと言うことになる。

 だが、違ったのだ。ムーもシュデルも、魔法の知識が豊富だ。だから、気がついた。キメラだと。

 ほ乳類のキメラは、現在は大陸法で禁止されている。昔は自由に行えたそうだ。その結果、多くの魔術師が人間のキメラに手を出した。翼のある人間、鱗のある人間、尻尾のある人間。おしゃれ目的でキメラになった人間もかなりの数がいたらしい。だが、キメラ化の手法が確立して十数年後、人間を含めたほ乳類のキメラ研究が全面禁止となった。理由は2つ。ひとつは、キメラ化した人は、4、5年でほとんどが発狂した。もうひとつは、軍事目的のキメラの研究だ。キメラ研究は人道を外れ、血塗られた道を突き進んだ。

 魔法協会はキメラ化を大陸法で禁止。破った物には重罪をかすこととなった。

 オレが見た<犬と猫とネズミを混ぜた生物>は、高度なキメラ研究で作られたものだそうだ。

 ノイズが止んだ。

 交信していた男が戻ってきた。

 うつむくと、小声で言った。

「予定通り、温泉でくつろいでもらう」

「でも、ここはオレ達が行った<レファレント>じゃないんですよ」

「お前たちが行ったのは、我々が長年探している裏の<レファレント>だと思われる。特殊結界をお前たちがどのように抜けたのかわからないが、ここではないのは神聖文字の<レファレント>の門で間違いない」

 男はうつむいたまま、話を続けた。

「今回、レファレントに来た目的は、ウィル・バーカーに賞金を取り下げさせる為だ。それと、キメラ化を研究をしている者が手がかりを得るためだった。賞金を取り下げることは、表のレファレントでも目的は達せる」

 男が顔を上げた。

「ただし、ここが表の<レファレント>であることから、ミッションをひとつ増やすこととした。いいな」

「減らすのは歓迎ですが、増やすのは…………」

 男は紙に何かを書いた。

「ここに書いてあることを実行しろ。難しくはない」

 オレは渡された紙を読んだ。男の言うとおり、難しくはない。

 だが。

「あのですね」

 話しかけたときには、男の姿が遠ざかっていた。オレ達より先に門をくぐるつもりらしい。

「行くか」

「行くしゅ」

 日はまだ高い。

 オレとムーは、重い足取りで快楽の街の門をくぐった。



「兄ちゃん、どこから来たんだ?」

 温泉でオレの隣に浸かっている中年の男に聞かれた。

 息が、酒臭い。

「エンドリア王国です」

「どこだ、そりゃ」

 ゲラゲラと笑った。

 オレとムーは、レファレントにある公共の温泉に浸かっていた。

 使われているのは、上質の大理石。浴槽の真ん中には等身大の裸婦の像が置かれ、像の持つ壷からは絶えず湯が流れている。5メートル四方の湯船の周りには色とりどりの花が植えられ、甘い香りを放っている。そして、太陽の光が燦々と降り注いでいる。

 見上げれば、青い空。白い雲がプカプカと浮かんでいる。

 露天風呂だ。

 それも街のド真ん中だ。

 タオル一枚で行き交う人々の目にさらされる。無料だが浸かっているのは、オレとムーと隣の酒に酔った中年男だけだ。

「温泉には違いないけどなあ」

「ボクしゃん、天井のある温泉に入りたいしゅ」

「雨が降らなくて良かったよな」

「濡れるから、雨でも同じしゅ」

「そういうなよ」

「そろそろ、吐きそうしゅ」

「風呂にも、のぼせるのかよ」

「ボクしゃん、繊細しゅ」

 オレはため息をついた。

 終わりにしたい。だが、その為にはやることがある。

「そろそろやるぞ」

「おっけーしゅ」

 オレは中央にある裸婦の像のところまで湯船を歩き、像にしがみついた。

 衆目の視線が集まる。

「オレの名前はウィル・バーカーです!」

 風呂に浸かっているムーを指す。

「あれはムー・ペトリです」

 道行く人が足をとめて、オレを見ている。

「キメラ反対!」

 ここまでが最初の予定。

 追加された分を、続けて叫んだ。

「裏のレファレントに、入る方法を今から………」

 裸婦から飛び降りた。

 爆発音。

 湯船を走って逃げているオレの周囲に、粉々になった大理石が降ってくる。

 ムーはすでに湯船から出て、タオル一枚で道を走っている。オレも後を追った。

 後ろでは爆発音が絶えず鳴り響いている。

 オレを狙った誰かだろう。それを魔法協会の戦闘魔術師が迎撃している。

 オレの目的は、オレの命を狙う人間がいなくなること。

 ムーが言っていたが、キメラの詳しい知識がなければ、オレが見た変な生物がキメラだとはわからない。だから、研究者は一般人のオレが見たことよりも、見たことをムーに話すことを恐れたはずだ。ムーに話せば、キメラだとわかり、魔法協会が乗り出す。だから、時間をおかずオレに高額の賞金をかけた。この件はオレが衆目を集め『キメラ反対!』と叫んだことで終わりになる。

 叫ぶ場所にレファレントを選んだのは、見た場所なら『キメラ反対!』がオレを狙う奴らに伝わりやすいからだ。

 オレが『キメラ反対!』を叫んだのだから、ゲーム終了だ。まだ、狙われているのは、賞金が取り下げさげれていないからだろう。

 それと急遽追加された『裏のレファレントに入る方法』を公開されることを恐れた誰かだろう。少し調べれば、オレ達が『裏のレファレントに入る方法』を知らないというのはわかる。

 明日になれば、オレの命を狙う奴はいなくなる、はずだ。

「ウィル・バーカー。門に向かって走れ!」

 戦闘魔術師の声が響いた。

 魔法協会はキメラを作った研究者とその背後を知りたかった。

 オレは、オレとムーの命の保証することを条件に金貨5枚で寄せ餌を引き受けた。

 空気が変わった。

 オレは前を走っているムーに飛びついて、路地に転がり込んだ。

 風が舞った。

 道沿いに密集している建物の壁が、ボロボロと落ちてくるが見えた。悲鳴が断続的に響いている。

「派手すぎるだろ」

 野山ならムーのフライで真上に上昇できるが、レファレントは快楽を売りにする都市。金を使い果たした者が逃げないように、強固な結界で空を覆っているはずだ。

 ムーの魔法で結界をぶち破れないことはないだろうが、破ったら最後、オレもムーも生涯お尋ね者だ。

「ムー、レファレントの地下はどうなっている?」

「遺跡しゅ。空より危険しゅ」

 光が上空で、点滅した。激しい魔法戦になっている。

「市街地でやるなよ」

「歓楽街しゅ」

「そうだよ…………おい、いまなんて言った」

「歓楽街しゅ」

「そいつでいこう」

 オレは建物を手で叩いた。

「ムー、この壁を透明化できないか?」

 歓楽街で、壁が透けて丸見えになれば、パニックが起こるだろう。

「できるしゅ。でも、ダメしゅ」

「なぜだ?」

「ここはレファレントしゅ。お金持ちがいっぱいいるしゅ」

「ダメか」

 金持ちがいっぱいいるなら、王族、貴族、豪商、各地の権力者、などなど、がいる可能性がある。恨みを買うと厄介だ。

「幻覚はどうしゅ?」

「怪我させたら、もっとまずいだろ」

 オレとムーは、再び走り始めた。

 タオル一枚を腰に巻いた格好だが、レファレントは砂漠に囲まれた都市。暑いくらいだ。

「こんなときの異次元召喚しゅ」

「変なのが来たら………来てもいいか」

 現在、街を壊しているのは、オレを狙っている誰かと戦闘魔術師達だ。追加で、多少壊しても問題ない。

 ムーより格上の異次元の生命体や、ムーでも手に負えない獰猛なモンスターは、召喚50回に約1回、確率にしたら2パーセント。

 街を混乱させる目的なら異次元召喚モンスターは最適だ。

「よっし、ティパスを呼べ」

 巨大狼型モンスター、ティパスなら召喚に成功すれば、エンドリアまで乗って帰れる。

「我はムー、我が声にこたえよ」

 走りながら、呼び出しをはじめたムーを小脇に抱えた。

 戦闘区域が拡大しているようで、前後左右、上から横から、音が鳴り響いている。

「我はムー、我が声にこたえよ。ティパス!」

 成功率は20パーセント。

 だから、出現したモンスターがティパスでないことに失望はしなかった。

「なんだ、これ?」

「知らないしゅ」

 ムーが新種、でなく、初めて地上に召喚した異次元モンスターに顔を近づけた。

 三角形の板だ。大きさは1センチ、厚さ5ミリ。色は半透明の白。白濁したガラスに似ている。

「生きているのか?」

「そのはずしゅ」

 いきなりだった。脳内に音が響いた。

<ズサァーーーー>

 砂嵐を音にしたような感じだった。

<ズサァーー………ここは……どこ………ザザァーー>

「レファレントという都市です」

 親切なオレは、声に出して教えてやった。

<……ザザァーー……は………お前は………ズザァー……>

「オレは通りすがりの一般人です」

<……我が名は………トラ……イ……ザザァー……>

「トラさんというんですか」

<ザザァーー……ちが……………>

「オレ達はそろそろ行きますね」

<……ズサァーーー………真理を……伝え……ザザァーー……>

「話を聞いてあげたいんですけど、逃げないと命が危ないんで」

<………我は………>

「お元気で」

 三角のトラさんを残して、オレとムーは走り出した。

 トラさんを召喚した反省をふまえて、自力での脱出を計った。正門にすぐには向かわず。遠回りをして、追跡を巻いた。

 トラさんと離れて5分ほどしたとき、戦闘音が一時止まった。少しして再開。前より激しくなった。それからさらに10分後、オレ達は正門を抜けた。なぜか、レファレントから逃げだそうとする人が通りに溢れ、それに便乗して都市を脱出した。身なりの整った人は少なく、オレのような半裸の人もかなりいた。彼らに紛れて乗り合い馬車に乗って、レファレントから離れた。

 馬車の中では、倒壊する建物の話で持ちきりだった。



「犯人は聞かなくてもわかっている。ムー・ペトリ、あのモンスターを召喚したのは初めてか?」

 オレ達が桃海亭にたどり着いたのは、レファレントを脱出した日の翌日の朝だった。途中までは乗り合い馬車。その先はタオル一枚だけの、半裸のオレ達を乗せてくれる馬車はなく、野生のブルードラゴンに乗ってニダウの近くに移動。歩いて、桃海亭に戻った。

 エンドリア周辺は、タオル一枚で歩くには寒い。靴もない。夜の間歩き詰めだったオレ達は、桃海亭に着いたときには疲れ切っていた。

 そのオレ達を、スモールウッドさんは桃海亭で待ちかまえていた。シャワーを浴びて、服を着て食堂に行くと、テーブルにはスモールウッドさん愛用の胃薬の空瓶が5本並んでいた。

「はいしゅ」

「現在、レファレントがどうなっているのか知っているか?」

「知らないしゅ」

「昨日、お前達が行った表側のレファレントは、壊滅した」

 話の流れからすれば、原因はトラさんだ。でも、あの小さな三角に何かできたとは思えない。

「ムー・ペトリ。お前が召喚した三角形の異次元召喚モンスターは、厚さだけは変えず、徐々に巨大化した。現在、レファレントの地表を覆っている」

 オレの額に冷や汗が浮かんだ。

「わかったようだな」

 地表を覆う。

 つまり、建物と地面の間に、板のような三角モンスターが入り込んだのだ。切り離された衝撃で倒れた建物が、昨日馬車で話題になった『倒壊する建物』だったのだろう。全部が倒れたわけではないだろうが、モンスターがいなくなれば、倒れなかった建物も壊れるかもしれない。上が無事でも、基礎が壊されている建物だから、使用するのは危険すぎる。

「地下に逃げ込んだ人々は、モンスターが覆ったことにより地上の脱出路がふさがれたが、地下遺跡より戦闘魔術師が入り、全員救出した」

 スモールウッドさんは袖から未開封の胃薬の瓶を出すと、封を切って、一気飲みをした。

「レファレントを運営するギルドに賠償しなければならないが、その前に他の件を片づけておく」

 空になった瓶をテーブルに置いた。

「ウィル、賞金1000枚は取り下げられた」

 オレはうなずいた。

「それから、渡すはずの金貨5枚だが、今回の件で怪我をした人々の治療費に当てることにする。いいな」

 オレはうなずいた。

「幸いなことに、軽傷者だけだ。戦闘魔術師が周りに配慮して戦ったのが良かったようだ」

 戦闘魔術師が配慮。

「あの、怪我の原因は何ですか?」

「はがれた壁の破片に当たった者が多かった」

「それなら戦闘魔術師のせいで、オレのせいじゃありません」

「次にキメラを製造した組織の件だ」

 強引に話を切り替えた。

「組織につながる手がかりは、見つけることができなかった。戦闘魔術師たちが、街の崩壊から人々を助けることを優先した為だ」

 戦闘魔術師も、たまには、いいことをする。

「裏のレファレントに関係しているらしき人物を見つけたて追跡したが、混乱時に逃げられてしまった」

 エリートだといばっているのだから、仕事はきちんとして欲しい。

「ここまでが、今回の結果だ。次はレファレント崩壊の賠償金だが」

 スモールウッドさんが、奇妙な笑顔を浮かべた。

 不愉快と、喜びと、怒りと、同時に表現している。

「支払わなくて良いとレファレントを運営しているギルドが言ってきた」

「いいんですか!」

「やったしゅ!」

 オレとムーは、ハイタッチをした。

 極貧に落ちることを覚悟していたから、賠償なしは本当に嬉しい。

「表向きの理由は『ウィル・バーカーとムー・ペトリには関わりたくない。今後、レファレントに入らないことを条件に賠償を求めない』だそうだ」

「レファレントには、入りません。入りたいけれど、壊れていますから入れません。直っても、お金がないから入れません」

 ハイテンションになったオレは気持ちよく答えた。

 スモールウッドさんが、冷えた声で言った。

「私は表向きの理由と言ったのだが」

「裏があるんですか?」

 スモールウッドさんはムーを見た。

「我々はレファレントが莫大な賠償金の請求を取りやめた理由を調べた。彼らの言う『ウィルとムーと関わりたくない』は本音だ。だが、もうひとつあるようだ。ムー、何を見た」

「ほよ、しゅ?」

「この間、表のレファレントで温泉に浸かったな。ウィルが彫像に抱きついた時、お前は何かを見たらしい。それが……………」

 スモールウッドさんが黙った。

 考え込んでいたが数分後、オレを見た。

「これ以上、災害対策室の仕事を増やす必要はないだろう。この件は、これで終わりにする」

「それだと、ムーが賞金首になるんじゃないですか?」

「大丈夫だろう。今回の件で懲りたはずだ。理性があれば、桃海亭に手を出すことはない」

 スモールウッドさんが帰って行った。

 オレは気になって聞いてみた。

「ムー、何を見たんだ?」

「たぶん、しゅ。ウィルしゃんが抱きついていた裸婦像に、何かあったしゅ。見た瞬間、不思議と感じたしゅ」

「何かはわからないのか?」

 ムーが首を横に振った。

「ボクしゃん、他のところを見てたしゅ」

「何を見たんだ?」

 ムーがでかい目を、パチパチさせた。

「ウィルしゃんのタオル、お尻のとこ、破けてたしゅ」




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