草原の風のように~水無月上総~
『笑ホラ2017』企画に参加していただいた水無月上総さんへのギフト小説
風のように通り過ぎていく何台ものマシン。突如、1台のマシンがスピンしてコースアウトした。ドライバーがコクピットから出てきた瞬間、マシンは黒煙を上げ始めた。そして、あっという間に炎に包まれた…。
セダンの助手席から外を眺める。何もない草原がひたすら続いている。
「退屈そうね」
運転席の彼女がボクに問いかけた。ボクは一瞬、彼女の顔を見て再び窓の外に視線を戻した。
「運転してみたら? この道なら…」
「余計なお世話だ!」
彼女の声を打ち消すように、ボクは強い口調で言い放った。
「ごめんなさい…」
彼女が申し訳なさそうに詫びた。
「いや、いいんだ。ボクの方こそすまなかった」
ボクはもう一度彼女の顔を見た。そう…。辛いのはきっとボクより彼女の方だ。
久しぶりに勝てるかも知れない。そう思ったボクに焦りがあったのは確かだ。これが最後のピットイン。タイヤの交換を始める時、彼女が言った。
「ねえ、やっぱり、リアのタイヤを変えた方がいいんじゃないかしら?」
「バカ言うな!」
「でも、今までの走りを見ていてもリアのグリップが不足しているように思うの」
「これだけ調子がいいんだ。今更セッティング変える必要なんかないだろう。レースの前に決めたことだ」
チーフに言われて彼女は黙ってしまった。
「OK! このまま出るぞ」
ボクはそのままコースに戻った。このピットインで順位を下げたがライバルたちは残りの周回で一度はピットインするだろう。で、あれば十分に追いつくことが出来る。そう確信してた。
「このセッティングじゃ、フロントに比べてリアのグリップが不足しているわ」
レース前から彼女が言っていたことだった。しかし、ミーティングの結果彼女の意見は通らなかった。
そして、あの事故が起こった。ボクはレーシングドライバーとしての命を失った。
焦りから来るボクの運転ミスだった。けれど、彼女は自分がもっと強く主張していればよかったと自分を責めた。
「車を止めてくれ。外の空気を吸いたい」
ボクは彼女に車を止めさせて外に出て大きく新っ球をした。爽やかな草原の風がボクを包み込んだ。車から降りて来た彼女にボクは告げた。
「これからは僕が運転しよう」
ボクは事故以来初めてハンドルを握った。そして、車の窓を全開にした。
「風が気持ちいい」
彼女が言った。その時の彼女の顔は自由を取り戻した草原の風の様だった。