真夏の夜に
恋愛物は苦手な部類なんですが、何故か気が向いてしまったので……短編を1つ書いてみました。
何故この時期に夏を舞台にしてしまったのか……何故に。
よければ感想お願いしますm(_ _)m
「生まれ変わっても一緒だよ!!」
そんな声を今になって思い出す。
あれは多分、小学校に入って3回目の夏休み。
親父や叔父さんに手伝ってもらって宿題をこなして、暇になっていた頃だった。
実家の隣はずっと空き家になっていたのだが、両親も知らないうちに新しい住人が越してきていたらしい。俺はそのことをたまたま夜遅くに家を出ていた頃に知った。
俺は友達からサソリ座なる星座を見たことがあるかと聞かれて、正直に「無い」と言ったら笑われて腹が立っていた。そこで物知りの叔父さんに電話してサソリ座の見つけ方など色々教えてもらい、真夜中に見てみようと家を抜け出したのだ。
近くの空き地なら空が開けていて星座が見えやすそうだと思って、隣の空き家の前を通り過ぎようとした時、明かりが見えた。
先にそっちに興味が湧いてしまい、試しにインターホンを押したのだったか。すると中から「はーい」と元気な声が聞こえてきて、扉が開いた。
顔を覗かせたのは、女の子だった。
透き通るような白い肌に、紺色のワンピースの様な服を着ていた。一瞬俺を見て驚いていたが、すぐににっこり笑って「何の用?」と尋ねてきた。
「こっ、こんばんは。あ、あのっ、僕はとなりの柏木なんですか」
俺はその頃の俺に真夜中にお隣さんへ挨拶する馬鹿が居るかよ!!と怒ってやりたいが、幸いその子は笑顔のまま、「それでどうしたの?」と話の先を促してくれた。
「実は、隣にある空き地で、星座を見ようと思ってて。それで歩いていたら、明かりがついているのが見えて」
「ああ、それでね……」
その子は納得したように何度か頷いて、言った。
「私も見に行っていいかな?」
俺はその笑顔にドキッとした。ああ、この子はなんて綺麗な表情をするのだろうと。気がつけば俺とその子は隣の空き地で星座を探していたのだった。
「サソリ座、どこかなー」
「あれかな?あの赤い星」
「あれ?」
「そう、あれ」
その子は遠い空に輝く赤い星を指さした。
俺とその子はしばらく赤い星を眺めていて、それで俺は夢を見ているようだと思っていた。今の俺はその頃に比べだいぶひねくれた性格になったが、それでも女の子と2人で星を眺めるなんて夢の中でしかありえないと考えてしまう。
その後、俺はその子と毎晩星を眺める約束をした。とはいえ、その子が用事があると言った4日後までだ。俺はその子にすっかり好意を抱いていて、親父の書斎から本を引っ張り出して必死に幾つもある星座を覚えようとした。
八月の中頃に会ってから、俺の方からこっそりと家を抜け出していた。星を眺めては、あれが射手座、乙女座、ウミヘビ座……と星座を数えていた。
そして最後の日。俺はあの瞬間を今でも細かに覚えている。
「あれは、サソリ座だね。1番初めに見た星座。あれが昨日見た射手座。そして……きっとあれが土星」
「凄いね。もうそんなに覚えたんだ」
俺はその子に褒められて鼻高々だった。
「でも、今日で最後なんだね」
俺は素直に寂しいと打ち明けた。
「こうやって、一緒に空を見ているの楽しいのに。明日から寂しくなっちゃうよ」
すると、その子は突然泣き出した。
俺は驚いてとても慌てた。必死になってポケットをまさぐり、ティッシュを手渡そうとした。
その子は笑って首を降ると、自分の袖で涙を拭って言った。
「私、もう君とは会えないかもしれない」
「なんで?」
「理由はもうすぐ分かるよ。私が君と会うのは、多分これが最後」
俺は訳が分からずに一緒になって泣いた。
親からはみっともないから人前で泣くなと教わっていたのだが、俺はその子に会えない悲しみが耐えきれなかった。いつも微笑を浮かべて星座を教えてくれる彼女が、あった時からずっと好きだったから。
気がつくと俺は思ったことを全てそのまま話していた。まだ別れたくないし、また会いたいと。すると涙ぐんだままその子は言った。
「私もまた、君に会いたい。私を見てくれた君に、私と星座を見て毎晩楽しそうに笑っていた君に、また会いたい」
だから、と続けて言う。
「君の名前を教えて」
俺は自分の名前を教えた。
「そう、いい名前じゃない」
クスリと笑って彼女は、
「私の名前は――――」
と言った。
「私の名前を私と別れた後で思い出せたなら、その時にまた会えるよ。だからまた会おうよ」
その子が小指を出してきて、俺と彼女は指切りをした。俺は決まり文句を一緒に唱えながら、今までに数えてきた空の星座達が、俺達を見守っているかのように錯覚していた。
そして彼女は、泣き笑いのままで、
「生まれ変わっても一緒だよ!!」
大声で宣言して消えた。
足の先から、霧が薄れていくように消えていった。
後から分かったことだが、隣の家は事故物件のせいでずっと買い手が付かず、もちろん誰も住んでいなかった。そして日付は、はっきりと覚えていないが恐らくは13日から16日頃。
お盆の頃に幽霊は現世に現れる、らしい。
あれから何年か経って、俺は中学生になっていた。そこそこクラスの女子にはモテるし、勉強もついでに入ったサッカー部も上手くいっている。でも、俺はその子のことが忘れられなくて、でも名前はまだ思い出せていない。
俺はきっと、ずっと名前を思い出せないまま生きていくのだろう。ハッピーエンドの物語なんて多いようで結構少ない。俺のこの出会いもまた物語であるのなら、多分もう会えない。
だからと言って、忘れるつもりは無いし会わないつもりも無い。
彼女が生まれ変わった時、俺にはそれが分かる確信がある。
「生まれ変わっても一緒、だもんな」
俺はそう呟いて、日課となった天体観測を、今日も。